
人手不足や技能継承といった課題の解決策として、製造業で注目を集めるフィジカルAI。だが、ロボットを導入しただけで成果につながるわけではない。実際には、データ収集や学習環境の整備、シミュレーションによる検証、本番運用を見据えたインフラ設計など、多くの企業がPoC(概念実証)の段階で壁に直面している。フィジカルAIの実用化には何が必要なのか。フィジカルAI領域で高い実績を持つリョーサン菱洋と、同社のパートナーシップを強化しているデル・テクノロジーズのキーパーソンに話を聞いた。
<この記事でわかること>
・フィジカルAIの導入を阻むのは、理解不足・人材不足・検証環境の不在という3つのハードルである
・フィジカルAIはエッジ・AI学習基盤・シミュレーションの3要素を循環させて実用化する
・Dell AI Factory with NVIDIAは、開発・検証から本番環境への移行まで一貫した環境を提供する
<目次>
・製造業が直面する人手不足・技能継承・従来ロボットの限界 ・製造現場変革の切り札として期待を集めるフィジカルAI ・フィジカルAI導入に立ちはだかる3つのハードル ・フィジカルAIの導入障壁を克服する3つの要素とは ・フィジカルAI実用化のための4つの支援メニュー ・Dell AI Factory with NVIDIAが担う「強固で一貫性のあるインフラ」 ・リョーサン菱洋×デル・テクノロジーズが開くフィジカルAI活用の突破口 ・日本のロボット技術と現場知見を生かすフィジカルAI活用 ・よくある質問
日本の製造現場において、もはや一刻の猶予も許されない喫緊の課題となっている、人手不足と少子高齢化に伴う労働人口の減少。特に「3K(きつい・汚い・危険)」と称される過酷な作業領域での人員の確保は困難を極めており、現場の維持そのものが事業継続上の大きなリスクと化している。
このような人手不足に加え、長年現場を支えてきた熟練技術者の高齢化と退職に伴い、その経験に裏打ちされた「秘伝のタレ」とも言える技能や暗黙知の継承が、途絶える危機にも直面している。
従来の製造現場では、一定の単純反復作業に対して産業用ロボットやFA機器が導入されてきたが、従来型のロボットだけでは作業が完結せず、横で人間が作業を補完しているのが現状なのだ。従来のロボットは事前に厳密なティーチングを必要とし、ワークの個体差や予期せぬ環境変化に対して柔軟に対応することが難しいため、複雑な作業では人間への依存が解消されず、業務の属人化が残る要因となっている。

リョーサン菱洋株式会社
取締役 執行役員 ソリューション営業本部長 兼 第一統括部長
青木 良行 氏
「このような状況下で、製造現場の変革を拓く切り札として大きな期待を集めているのが『フィジカルAI』です」と語るのは、リョーサン菱洋で取締役 執行役員を務める青木 良行氏だ。ちなみに同社は、半導体分野に強みを持つ「リョーサン」と、AIやICTソリューションに強い「菱洋エレクトロ」が2024年に経営統合し、2026年4月に事業会社が合併して発足した企業だ。
これまで話題の中心だった生成AI(LLM)やエージェントAIは、既に実際の活用フェーズへと移行しており、顧客が情報収集を行う段階は過ぎつつある。その一方で現在、企業が最も強い関心を寄せているテーマの1つが、物理世界でロボティクスを自律制御するフィジカルAIなのだという。
「展示会や技術フォーラムにおけるフィジカルAIへの熱気は非常に高く、国際ロボット展(iREX)やヒューマノイドロボットEXPOなどのイベントでは、展示ブースに連日大勢の来場者が押し寄せています。製造業の経営層からR&D(研究開発)部門に至るまで幅広い層が来場しており、単なる省人化にとどまらず、従来ロボットでは不可能だった複雑な作業の代替や自律化に対する関心と期待が、急激に高まっていることを感じています」(青木氏)

このように関心が急速に高まる一方で、実際の現場導入を検討する企業の前には、極めて高いハードルが立ちはだかる。特に多くの企業が共通して直面するハードルは、大きく3つあるという。
1つ目は「そもそもフィジカルAIとは何か」「従来のロボットと何が違うのか」といった概念の理解不足や、「何から手をつければよいのか分からない」という導入アプローチの混迷だ。海外企業のデモ動画のようなスムーズな動作を期待するものの、現時点の実機はまだ動きにぎこちなさがあり、自社工程への適用イメージが描きづらいのだ。
2つ目は、社内における専門人材および技術ノウハウの不足である。フィジカルAIの実装には従来のロボット制御技術だけでなく、強化学習やVLA(Vision-Language-Action)モデル、さらにはNVIDIA Isaac™ ROSやNVIDIA Isaac Sim™、NVIDIA Omniverse™といった馴染みのないシミュレーション環境を扱うための、高度なスキルが求められる。しかしこれらの知見を持つ技術者は少なく、人材育成の遅れが大きな足かせとなっている。
そして3つ目が、開発・検証環境の不在である。ロボットに複雑な動作を学習させるためには、データ作成や実機での試行錯誤が必要となるが、社内に実証環境や検証ラボを持たない企業は、初期開発の段階で壁に突き当たってしまう。
リョーサン菱洋株式会社
ソリューション営業本部 第一統括部 営業第一部 部長
音川 健治 氏
「さらに深刻な問題として『本番運用を見据えた全体基盤が設計されないまま、ロボット本体やアプリだけを先行導入してしまう』という、構造的課題も存在します」と指摘するのは、リョーサン菱洋の音川 健治氏だ。多くの企業では、単なる機能検証やノウハウ蓄積自体が目的化してしまい、PoC(概念実証)の段階で停滞してしまう「PoC倒れ」に陥っているのだという。
「右から左へ物を動かすだけでも『ロボットの手が思い通りに動かない』といった初期の苦戦に加え、実際のプロダクション環境でデータを継続的に再学習させる仕組みや、システム全体のロードマップが欠落していることが、実用化を阻む本質的な要因となっているのです」(音川氏)

このようなフィジカルAIの導入障壁を克服するためには、人材や運用体制だけでなく、フィジカルAIそのものを支える技術基盤を理解することも重要になる。
「まず意識していただきたいことは、NVIDIAのCEOも提唱するように、フィジカルAIのアーキテクチャは大きく『エッジ』『AI学習基盤』『シミュレーション・デジタルツイン』という、3つの要素によって構成されていることです」(青木氏)
第1の要素である「エッジ(Edge)」は、ロボットの体内や現場装置に直接搭載され、現場でリアルタイムに推論して指示を出す「脳みそ」の役割を果たす。物理環境のセンサー情報を瞬時に処理し、遅延なく高精度な動作制御を実行するために、必要不可欠なコンポーネントだ。
第2の要素である「AI学習基盤」は、エッジで動作するAIモデルを生成・更新するための大規模な計算基盤である。VLAモデルや強化学習モデルなど、複雑な行動パターンを学習させるためには、強力な処理能力を持つサーバー・ストレージ基盤が要求される。
そして第3の要素である「シミュレーション・デジタルツイン」は、フィジカルAIにおいて重要な役割を担う。言語系や画像系のAIとは異なり、物理世界におけるロボットでは学習に必要なデータが十分に存在しない。実際のロボットで何百回も試行錯誤を行うには莫大な時間と手作業の負荷がかかるため、現実空間を模した3Dシミュレーション環境(デジタルツイン)を構築し、そこで生成した膨大な合成データを活用して、学習を進めるアプローチが不可欠なのだ。
「ここで重要なのは、これら3つの要素は個別に存在するのではないということです。シミュレーション空間で大量生成されたデータでモデルを学習させ、それをエッジにデプロイしてロボットを動かし、現場のデータを再び学習基盤へフィードバックするという、『学習・推論・改善のサイクル』として機能させることで、初めて実用的なフィジカルAIシステムが完成するのです」(音川氏)

このような「実用的なフィジカルAIシステム」を実現するため、企画から導入・運用までを一気通貫で伴走支援するのが、リョーサン菱洋のソリューションプログラム「RYOYO RYOSAN AI Techmate Program for Digital Twin」だ。同社はNVIDIAの一次代理店として、目まぐるしく変化する最新技術情報をいち早く把握しており、その技術的優位性を生かして企業のデジタルツインやフィジカルAI導入を支援しているのである。
このプログラムは、大きく4つの主要メニューで構成されている。
社内で推進できる人材の育成を起点に、技術選定から検証、実装までを支援する
1つ目は「人材育成」だ。AI技術者が不足する顧客向けに、トレーニングプログラムを提供する。さらに「フィジカルAI入門パッケージ(入門パッケージA/B)」を提供し、簡易アームやテレオペレーションツール、NVIDIA® Jetson AGX Thor™、NVIDIA Isaac Simなどを活用した、小規模・短期間での実機・シミュレーション体験を通じて、データ収集から学習・推論・実機動作の一連の流れを内製化できる人材を育成する。
リョーサン菱洋が提供するフィジカルAI入門パッケージ。実機とデジタルツインを活用し、データ収集から学習、推論、動作検証までのプロセスを実践的に学べる
リョーサン菱洋の配信スタジオ。セミナーやウェビナーを通じて、フィジカルAIやデジタルツインに関する最新技術の情報発信や人材育成支援を行っている
2つ目が「コンサルティング」だ。いきなり技術選定から入るのではなく、「期待駆動型AI設計」に基づき、経営層・現場・IT部門の間で「AIに何を期待するのか」の合意形成を行う。明確なゴール設定や、そのために必要な要素の定義を行い、成功へのロードマップを共に描き出すわけだ。
3つ目が「パートナーマッチング(Techmate制度)」。3DシミュレーションソフトベンダーやSIer、ロボティクス/CAE/生成AIなどのパートナーなど、30社以上が参加するエコシステムから、顧客の課題に応じた最適な実装パートナーを紹介・連携する。
そして最後の4つ目が「開発支援・検証(Test Lab)」だ。同社の検証エリアや3階ショールームを活用し、GPU開発・検証環境(Test Lab)を2週間無償で提供しているのだ。精密な手作業を代替するハンドモデルや、自作のテレオペレーションロボットなどの実機も備えており、初期投資を決断する前に実地で精度や効果を確認できる。
「当社は単にツールを提供するだけではなく、熟練工のノウハウや『秘伝のタレ』をオンプレミス・ローカル環境で手元管理しながら、企業が自走してAIを継続運用できる内製化体制の構築を支援しているのです」(青木氏)
リョーサン菱洋のTest Labでロボットに動作データを学習させる様子。フィジカルAIでは、実機による検証とシミュレーションを組み合わせながらモデルを高度化していく

フィジカルAIを単なる概念検証で終わらせず、実際の工場ラインや事業基盤へスケールアップさせるためには、もう1つ不可欠な要素がある。それは「強固で一貫性のある」インフラプラットフォームだ。ここで重要な役割を果たすのが、デル・テクノロジーズが提唱・提供する「Dell AI Factory with NVIDIA」である。
デル・テクノロジーズ株式会社
インフラストラクチャー・ソリューションズ SE統括本部
AIプラットフォーム ソリューションズ
AI Elite | CTO Ambassador
増月 孝信 氏
「Dell AI Factory with NVIDIAは、単体のサーバーやストレージといった製品の個別提供にとどまらず、AIワークロードに必要な計算・ストレージ・ネットワーク・ソフトウエアを全体システムとして統合し、データセンターからエッジまで一貫した環境を提供するエンド・ツー・エンドのプラットフォームです」というのは、デル・テクノロジーズの増月 孝信氏だ。本番運用への移行において、Dell AI Factory with NVIDIAは高い「拡張性」と「一貫した運用管理性」を提供すると説明する。
「モジュラーアーキテクチャを採用しているため、スモールスタートから段階的なスケーリングが容易な点も、大きな特徴です。さらに、OT(運用技術)とITのシームレスな連携、データパイプラインの自動化、エンタープライズレベルのAIセキュリティーなども、フルスタックでサポートしています」(増月氏)
また、AIを本番運用へ移行するには、計算能力だけでなく、工場や業務システムなどに蓄積されたデータをAIで利用可能な状態に整えるデータ基盤も欠かせない。そこで重要になるのが、デル・テクノロジーズの「Dell AI Data Platform」だ。Dell AI Data Platformは、構造化・非構造化データの取り込み、処理、検索、分析、オーケストレーションを支援し、AIに適したデータを準備・活用するためのオープンかつモジュラーな基盤である。Dell AI Factory with NVIDIAにおけるデータ基盤として、Dell Pro Precision with GB10(以下、GB10)で検証したAIモデルやアプリケーションを、PowerEdgeサーバーを用いた本番環境へ展開する際のデータ準備と運用を支える。
この統合インフラを支える製品群の中で、導入初期のAI開発・検証やPoCを進めるためのテスト環境として位置付けられているのがGB10だ。これは、開発者やデータサイエンティストがモデルやAIアプリケーションをローカルで試し、実機動作を検証するためのコンパクトなAIアプライアンスである。まずはGB10でモデルやワークロードの有効性を確認し、運用要件が固まった段階で、NVIDIA GPUを搭載したDell PowerEdgeサーバーを中心とする本番環境へ移行する、という段階的な導入を可能にする。
本番環境では、PowerEdgeサーバーを中核に、PowerScaleなどのストレージ、ネットワーク、AIソフトウエアを組み合わせ、ワークロードの規模や求められる性能、可用性に応じたAI基盤を構築できる。GB10で検証したモデルやアプリケーションをPowerEdgeサーバーへ展開することで、エッジからデータセンター、クラウドまで、ワークロードの要件に応じた段階的かつ一貫した環境を実現し、フィジカルAIの本番実装を支えるという。

「Dell AI Factory with NVIDIAは、これまで分断されがちだったOTとITの一体化に、大きな貢献を果たすと評価しています」と青木氏。また、導入初期のテスト環境となるGB10から、本番環境を担うPowerEdgeサーバーまで、段階に応じた製品・基盤を組み合わせられることも、導入初期から本番運用の自律化まで一貫して伴走する上で、重要な意味を持っていると指摘する。
リョーサン菱洋ではこのようなDell AI Factory with NVIDIAのメリットに着目し、デル・テクノロジーズとのパートナーシップを2026年4月から本格的に強化している。
前身の1社だった菱洋エレクトロは、以前からOEMビジネスを中心にデル・テクノロジーズとは長年の付き合いがあったが、それまで社内で分かれていた「NVIDIA担当部隊」と「サーバー/ストレージなどのSI部隊」を完全統合し、エッジからサーバー、ストレージ、データセンター/クラウドに至るAIインフラ全体の統合提案が可能な体制を整備。これにより、デル・テクノロジーズ製品に対する見積依頼や引き合いが増加し、実質的な協業・パートナーシップが大きく加速した。
「OT領域や現場ロボティクスにおいて深いノウハウを持つリョーサン菱洋とのパートナーシップ強化は、日本の製造企業のAI活用を後押しできると考えています」と増月氏。また青木氏も「Test Labで各種デル・テクノロジーズ製品をお使いいただくことで、初期投資のリスクを抑えながら短期間で手応えを得ることができ、本番運用に向けた長期的な見通しも立てやすくなるため、PoC倒れを防ぎやすくなると考えています」という。
2026年11月13日に開催されるDell Technologies Forum 2026で展示予定のフィジカルAI対応ロボット。人手不足や技能継承といった製造業の課題解決に向け、ロボティクスとAIを組み合わせた活用が期待されている

日本のフィジカルAI活用は、欧米や中国に比べて遅れをとっているといわれているが、日本には世界に誇れる優れたロボットメーカーが存在し、現場の貴重な知見も膨大に蓄積されている。これらを最大限に生かすことができれば、生産性の飛躍的な向上が可能になるだろう。
リョーサン菱洋とデル・テクノロジーズの取り組みは、その実現に向けた1つのアプローチとして注目されそうだ。

フィジカルAIとは、AIが物理世界でセンサー情報をもとに認識・判断し、ロボットなどを自律的に制御して動作させる技術のことである。画像や文章などを扱うデジタル空間のAIとは異なり、現実世界で自律的に行動する点が特徴。製造業では、人手不足や技能継承といった課題の解決手段として期待されている。
PoC倒れとは、機能検証やノウハウの蓄積自体が目的化し、PoC(概念実証)の段階で停滞して本番運用に進めなくなる状態のことである。その背景には、本番運用を見据えた全体基盤が設計されないまま、ロボット本体やアプリだけを先行導入してしまうといった、構造的な課題がある。
フィジカルAIを支える3つの要素は、「エッジ」「AI学習基盤」「シミュレーション・デジタルツイン」である。
エッジはロボットや現場装置に搭載されてリアルタイムに推論する頭脳、AI学習基盤はAIモデルを生成・更新する大規模な計算基盤、シミュレーション・デジタルツインは学習用の合成データを生成する3D環境を指す。これらを「学習・推論・改善のサイクル」として機能させることで、実用的なフィジカルAIシステムが完成する。
関連リンクRelated Links