

エンジン音を魂としてきたフェラーリが、電動化へ踏み出した。2026年9月26日から10月4日まで東京・六本木で開催された「Ferrari Festival Tokyo 2026」で、ブランド初のフルEV「Ferrari Luce(フェラーリ ルーチェ)」が国内で初めて披露された。60超の特許、4基の独立モーター、電動ドライブトレインの物理的な振動を増幅するサウンド――。内燃機関を核に築いてきたブランドは、電動化にどう官能性を宿すのか。フェラーリS.p.A.のCEO、ベネデット・ヴィーニャ氏にその開発思想と技術の核心を聞いた。



フェラーリS.p.A.
CEO
ベネデット・ヴィーニャ 氏
1969年、イタリア・ポテンツァ生まれ。ピサ大学で物理学を専攻し、1995年に半導体大手のSTマイクロエレクトロニクスに入社。2021年9月1日、フェラーリのCEOに就任し、レーシング、スポーツカー、ライフスタイルという跳ね馬の3つの魂すべてにわたる事業を統括する。フェラーリでのこれまでの主な実績として、2022年と2025年の産業計画を策定した。これらの戦略計画は、2030年までのグループの脱炭素化への道筋と、マラネッロの製造インフラの進化も示しており、ICE(内燃機関)、ハイブリッド、フル電動の3つのパワートレインタイプすべてを搭載可能にしたフェラーリの次世代車の生産拠点であり、業界をリードする「e-building」の新設につながった。キャリアを通じて、200件以上の特許を登録している。
創業以来、エンジンという心臓の鼓動とともに伝説を紡いできたフェラーリが、歴史の転換点を迎えている。内燃機関こそがアイデンティティーであった同社にとって、電動化はブランドの魂を問われる最大の壁である。2050年のカーボンニュートラル達成に向けて世界で環境規制が強化されるなか、自動車メーカー各社は電動化を進めている。
その大転換期に跳ね馬が世に放つ初のフルEVが「Ferrari Luce」だ。イタリア語で「光」を意味する。4ドア5人乗りのボディーに4基の独立駆動モーターを搭載し、システム出力は1050馬力(772kW)。ブランド初の5人乗りとして、居住性とユーティリティーを両立させた全く新しいタイプのスポーツカーである。
ヴィーニャ氏はFerrari Luce開発の背景を、環境変化への受け身の対応ではなく、リーダーとしての決断だと語った。フェラーリは電動化の推進を発表して以来、内燃機関、ハイブリッド、電気の3つのパワートレインを並行して提供し続ける方針を繰り返し示してきた。Ferrari Luceは既存モデルを電動に置き換えるものではなく、ラインアップを拡充し、顧客の選択肢を広げる存在だ。
「常に大胆であり続けたい。制限があるとしても可能性を突き詰め、イノベーションを突き進んでいく。私たちにはそれができると考えました」
その言葉通り、Ferrari Luceには60を超える特許技術が投入されている。これらの技術開発においてフェラーリが重視するのは「感情」だとヴィーニャ氏は続けた。
「新しい技術を使っていくことはもちろん重要ですが、その技術をどう解釈してどう表現するのかが大切です。そしてそれをユニークな形で人間の感情に訴え、共感を得る。そこを重視しています」
人々はテクノロジーそのものではなく、そこから得られる体験を購入している。特別な運転体験において引き金を引くのが技術であり、ブランドが紡いできた歴史を最新技術といかに結びつけるか。これがフェラーリの開発の本質である。


では、感情を呼び起こす技術とは何か。ヴィーニャ氏によれば、Ferrari Luceには跳ね馬らしさを突き詰めた技術が5つある。ドライバーが車に乗り込み、走り出し、その音に包まれるまでの流れに沿って見ていくと、それぞれの狙いが浮かび上がる。
体験の起点となるのがキーだ。Corning®社のFusion5® Glass製で、従来と全く異なるミニマルな形状をしている。キーにはE-Ink(電子ペーパー)の双安定ディスプレーが組み込まれ、センターコンソールにドッキングすると、フェラーリの象徴であるイエローがキーからインターフェース全体へ広がり、システムが起動する。
「ドライバーが車に一歩足を踏み入れてキーを置いた瞬間を、運転の始まりの儀式と位置付けて設計しました」と、ヴィーニャ氏はその意図を説明した。

フェラーリ初のフルEV
「Ferrari Luce(フェラーリ ルーチェ)」
乗り込んだドライバーが最初に触れるインターフェースも、タッチスクリーンを必要最低限に抑え、物理スイッチの触覚を重視した。最も重要なコマンドとフィードバックの表示はドライバーの目の前に配置され、精密に加工されたトグルスイッチやダイヤルが、多層構造のOLEDディスプレーと組み合わされている。運転中の視線移動を減らし、触る喜びをかき立てる造りで、機能性と直感性、そして運転のスリルを一つの操作体系にまとめ上げた。
走り出せば、その質を左右するのが車体の軽さだ。EVの多くはバッテリーの重量がかさむが、Ferrari Luceの車両重量は2,260kgと、1,000cv超の出力を持つ5人乗りEVとしては軽い部類に入る。約70%リサイクルアルミニウムによるシャシー、F1由来のハルバッハ配列ローターを用いた高回転モーター、800Vの高エネルギー密度バッテリー、床面への構造的なバッテリー統合、フェラーリ史上最大の一体成形中空鋳造によるリアサブフレームといった、専用設計のEVアーキテクチャーによって実現した。
その走りにドライバー自身の意思を反映させるのが、「トルクシフトエンゲージメント」である。右側のパドルでパワーの出方を、左側のパドルで減速の強さを、それぞれ5段階で切り替えられる。変速機を持たないEVでありながら、加速と減速を自らの手で段階的に操る手応えが、ドライバーを運転へと没入させる。さらに前後アクスルにはそれぞれトルクベクタリング機能が備わり、走行状況に応じて左右輪のトルクを瞬時に最適化することで、大柄なボディーに俊敏で自然なハンドリングを与えている。
そして、走りの高揚を最も直接的に伝えるのが、フェラーリの運転体験に欠かせないサウンドだ。Ferrari Luceは人工的なエンジン音を再生しない。アクスル内で生じる電気機械的な振動を捉えて増幅し、固有のサウンドとして車内外に響かせる。市街地では静かに、ワインディングロードでは走りに応じて力強く、走行モードに合わせて音が変化する。同社が長年大切にしてきた「本物の音」の哲学をそのまま体現するシステムである。


Ferrari Luceのボディーは、貝殻を思わせるガラス張りのキャビンから前後へ切れ目なくつながる滑らかな曲線が印象的だ。先述したキーやインターフェースを含むデザインは、元Appleのジョニー・アイブ氏とマーク・ニューソン氏が率いるクリエイティブ集団「LoveFrom」と共同で開発した。ヴィーニャ氏は、こうした外部との協業の意義を強調した。
「フェラーリは業界のリーダーであり続けることを目指しますし、お客様をこれからも継続して喜ばせ続けたいと考えています。そのためには、フェラーリの中だけでなく、外部とのイノベーションも非常に重要です」
その言葉を裏付けるように、同社はこの約8カ月で600件以上のNDA(秘密保持契約)を締結したという(2026年9月現在)。今後は大学や研究機関、サプライヤーなど外部との技術開発も進め、特許も取得していく考えだ。外部に開かれた姿勢の根底にあるものを、ヴィーニャ氏はこう語った。
「美しいものやユニークなものの創造は、オープンマインドでなければ成し遂げられません。自分の周りの物事から、人から、あらゆる所から学び続けることが大切です。そして心を重視し、人とのつながりを保ち続け、共感性を持つこと。これが新しいイノベーションにつながっていくのだと思います」
テクノロジーを単なる効率化の手段ではなく、人間の感情を揺さぶる「体験の引き金」へと昇華させる。伝統と革新の狭間でフルEVの未来を切り開く跳ね馬の挑戦は、これからのデジタル社会における「モノづくりの本質」を問いかけている。




2026年9月26日から10月4日までの9日間、東京・六本木の東京ミッドタウンで「Ferrari Festival Tokyo 2026」が開催された。フェラーリの歴史と進化を物語る17台が集結し、招待客向けにはFerrari Luceのプライベートプレビューや、スペシャリストが素材やカラーを案内するパーソナライゼーション体験、試乗も用意された。
ミッドタウン入口には、ル・マン24時間レースを3連覇したハイパーカー「499P」、2026年シーズンを戦うF1マシン「SF-26」、最新スーパーカー「F80」が柵もなく並んだ。開幕前日から観光客や家族連れ、昼休みの会社員が足を止めてカメラを向け、車両の前に置かれたテーブルで食事をしながら眺める人の姿もあった。F40やEnzo Ferrariといった歴代の名車や現行モデルは、入場を管理した事前予約制のガーデンエリアに展示された。
開幕に先立ち、ヴィーニャ氏は日本への感謝を述べたうえで、「日本に来ると完璧を求める国民性を感じ、それがフェラーリと非常にマッチする。日本は人がつくっている国であり、そこにフェラーリとの共通項がある」と日本開催の意義を語った。モータースポーツで磨いた技術を次代のEVへと向けるフェラーリの挑戦は、今後のモビリティー開発の行方を占う試金石となる。

F40やEnzo Ferrariといった歴代の名車や
現行モデルがガーデンエリアに展示された
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