「設備点検とその改善のために新たなシステムやサービスを導入したいが、コストがかかるのでは――」。そのような悩みを抱えるプラントや工場は多いはずだ。国内最大手の総合バルブメーカーであるキッツは、安価で、かつ短期間で導入可能なバルブ監視のためのIoTソリューションを開発。低コストで高付加価値な機能が充実したソラコムの通信サービスを活用し、顧客ニーズにかなう画期的な“発明品”を生み出した。
1951年に設立し、今年で75周年を迎えるキッツ。国内最大手で、世界でもトップ10に入る総合バルブメーカーである。石油化学、水処理、各種製造業など、社会インフラや産業のあらゆる分野で用いられるバルブを製造・販売しており、制御する流体の特性に応じて、高温や高圧に耐えるもの、腐食性の高い流体に対応するもの、大口径のものなど、多種多様なバリエーションを提供できるのが強みだ。
そのキッツが2022年2月にリリースしたのが、バルブトラブルの未然防止ソリューション「KISMOS」(Kitz Smart MOnitoring System、キスモス)である。
「バルブの製造・販売という『モノ売り』の枠を超え、『コト売り』にチャレンジした画期的なソリューションです。多くのお客さまが抱えている課題に耳を傾け、何とか解決できないかとデザイン思考でサービス内容を設計しました」
そう語るのは、「KISMOS」の企画・開発に携わり、現在はグループ会社であるキッツ エンジニアリング サービスで事業本部 スマートメンテナンス推進グループのグループ長を務める西澤 勲氏だ。

株式会社キッツ エンジニアリング サービス
事業本部 スマートメンテナンス推進グループ グループ長
西澤 勲 氏
バルブを使用するプラントや工場などが抱える課題は大きく分けて2つある。1つは、過酷な環境で使われるバルブに発生する不具合(動作不良や内部リークなど)。もう1つは、監視やメンテナンス時期を適切に判断できる人材の不足である。日本のプラントや工場には、高度経済成長期から稼働し続けている設備が多く、定期点検やメンテナンスなどの保全業務は欠かせないが、人材不足の影響により、十分な対応が難しくなっているのが現状である。
「たった1個のバルブに不具合が発生しただけで生産が止まってしまうこともあります。点検や保全を徹底し、バルブを常に正常に作動するように保つことは非常に重要です。人手が足りないのであれば、AIやIoTなどのテクノロジーで代替できないか? そのような発想は以前からありましたが、2019年秋から具体的なサービスの実証実験が始まりました」と西澤氏は開発の経緯を振り返る。

キッツが提供するバルブトラブルの未然防止ソリューション「KISMOS」は、バルブに後付けしたIoTセンサーによって、バルブの開閉動作時の状態(角速度)をモニタリング・取得する。取得したデータはセルラー通信を介してクラウドに送信される。クラウド上に蓄積されたデータをAIが分析、異常の兆候を検知する仕組みだ。導入企業はWeb端末を通じて、いつでも、どこからでも最新状況を確認できる。さらに、キッツが日々の監視や診断を実施し、異常があれば導入企業へ直接連絡をする体制も整えている

センサーが収集したバルブの動作状況のデータは、動作時間を横軸、動作状況(角速度)を縦軸とするチャートで確認できる。問題がないバルブの動作は時間が経過してもほぼ一定だが、異常が生じると波形が大きく変わる。「KISMOS」に搭載されたAIは、さまざまな波形の変化を機械学習しており、そのパターンに応じてアラートを発報する
「KISMOS」の大きな特徴は、「明日から始められるバルブトラブルの未然防止ソリューション」をコンセプトにしていることだ。
人手が足りないのなら、1個1個のバルブにセンサーを取り付け、そこから送られてくる動作状況のデータを遠隔監視できるようにすれば良い。いわゆるIoTの活用である。
ここまでは多くのプラントや工場も考えることであろう。しかし、センサーを取り付けるには電源の確保や通信ケーブルの敷設が必要なので、稼働させるのに多額のコストと時間がかかるのが大きな課題となる。
そこで西澤氏は、「KISMOS」の開発にあたって「導入・運用コストを徹底的に抑えること」「大掛かりな工事が要らず、バルブに端末を取り付けるだけで明日からでも使えること」にとことんこだわった。
「電源を確保しなくても動くようにするため、すべてのセンサーに屋内でも発電可能な低照度ソーラー発電用のパネルを搭載しました。通信に関しては、ケーブルを敷設しなくてもデータが送れるように、当初からセルラー通信の採用を想定していました」(西澤氏)
ひとまずプロトタイプの端末を作り、協力してくれた顧客企業の工場で実証実験を重ねた。その結果、ソーラー発電でセンサーは問題なく作動し、セルラー通信でも障害なくデータが送られてくることが確認できた。
次の課題は通信コストだ。技術検証フェーズを超えて事業として成立させるためには、このコストがサービス原価に大きく影響してくる。
「プロトタイプでは、複数のセンサーからデータを集めてクラウドに送るゲートウェイの通信用に大手キャリアのSIMを採用しました。事業化に向けては、通信コストだけでなく開発や運用を含む費用全体を下げられる工夫ができる仕組みが不可欠だと考え、他の選択肢を検討しました」と西澤氏は振り返る。
そして西澤氏が出会ったのが、IoT化を支援する低コスト・高付加価値な通信サービスやソリューションを提供するソラコムであった。
ソラコムは、「IoTの“つなぐ”を簡単に」を使命に、世の中や産業のIoT化を支援する多彩な通信サービスや関連サービスを提供しているテクノロジー企業だ。
「どんな会社でも手軽にIoTを使えるようにするために、極力コストを抑え、すぐに導入できる通信サービスやソリューションを提供しています。導入の敷居を下げ、IoTの普及を促すことで社会やお客さまの課題を解決したいという想いは、『KISMOS』を開発された西澤さんをはじめとするキッツの皆さんの想いと共通しています」
そう語るのは、ソラコムのサービスを広く紹介し、それを使った業務変革やサービス変革の方法を多くの企業に提案している同社エバンジェリストの松下享平氏である。

株式会社ソラコム
エバンジェリスト 事業開発マネージャー
松下享平 氏
ソラコムは、IoT導入の障壁の一つとなっている通信コストを抑えられる「SORACOM IoT SIM」というIoT向けのデータ通信SIMを提供している。1枚から申し込みが可能で、低コストで利用でき、簡単にIoT通信システムを構築できるのが大きな特徴だ。
その上、「SORACOM IoT SIM」はSIMを調達しても、利用開始するまでは料金が発生しない仕組みになっている。西澤氏はコストの低さだけでなく、その柔軟性にも魅力を感じて「KISMOS」に採用する通信サービスを「SORACOM IoT SIM」に決めたという。
「お客さまが明日から『KISMOS』を使えるようにするには、あらかじめ一定量のSIMを在庫として確保しておかなければなりません。仮に調達した時点で料金が発生すると、その分のコストは当社が負担しなければなりませんが、利用を開始するまで料金が発生しないのなら、安心して調達することができます。我々にとっても、早く『KISMOS』を利用したいお客さまにとっても、非常にありがたい課金方法だと思います」と西澤氏は評価する。
キッツは「KISMOS」の開発にあたって、「SORACOM IoT SIM」以外に、2つのSORACOMサービスを採用している。1つは、センサーからのデータをクラウドサービスに直接転送するクラウドリソースアダプターの「SORACOM Funnel」。もう1つは、IoTデバイスを必要なときだけ安全に遠隔操作できるオンデマンドリモートアクセスの「SORACOM Napter」だ。
とくに後者は、設置したセンサーが問題なく稼働しているかどうかを遠隔地から監視し、設定を調整するために不可欠なソリューションとして役立っているという。
実は、西澤氏は当初、このリモートアクセスの仕組みをいちから開発する予定だった。ところが、開発に1000万円以上もの費用がかかると知り、もっと安上がりな方法はないかと探したところ、ソラコムから「SORACOM Napter」を紹介されたという。
「1回線当たりの利用料が月額たったの330円。使わない月は無料という料金体系に驚かされました。これなら、我々のサービス料金も抑えることができると判断し、迷うことなく採用しました」(西澤氏)
このように、通信サービスだけでなく、IoTを事業の基礎にするための必要な各種ソリューションを豊富に用意しているのもソラコムの魅力だ。
「ソラコムは、IoT活用に取り組む多くのお客さまと日ごろから密接にコミュニケーションを重ね、さまざまな課題を伺っています。それを一つひとつ解決するため、着実にソリューションの幅を広げています」と松下氏は語る。
ソラコムの技術も採り入れて開発された「KISMOS」は、2024年と比較して2025年においては契約数が倍増するほど人気を博している。初期投資が無料のサブスクリプション(月額定額制)サービスとしたことも、急速な契約拡大に結びついているようだ。
「当社はバルブを代理店経由で販売しているため、従来はお客さまと直接接する機会が限られており、例えば何か問題が発生した際やお困りごとへの対応など、接点は限られた場面にとどまっていました。しかし『KISMOS』は、その性質上、担当者が直接お客さまとやり取りする機会が多く、お客さまとの対話を通じて得られた声を、新たな製品・サービスの開発や改良に反映できるようになりました。また、新製品をご紹介する機会も増え、これが当社の新たな強みとなっています。『モノ売り』から『コト売り』への挑戦が着実に実を結びつつあることは、会社としても非常に意義深いことです。これからも新しいことに果敢にチャレンジしていきたいと思います」(西澤氏)
現在「KISMOS」はセンサーからSIMを搭載したゲートウェイを経由してデータを通信させているが、いずれは各センサーにSIMを搭載し、データを直接クラウドに送れるようにすることも検討している。ソラコムはそうした“組み込みIoT”の技術にも長けているので、西澤氏は実現に向けての支援を期待しているという。
「『コト売り』でお客さまと継続的につながれば、そこから次の『モノ売り』の機会が生まれていきます。モノ売りも、コト売りも。そのような好循環を巻き起こすため、ソラコムは人と人をつなげ、お客さまとつながるツールでもあるIoTの普及を支援していきます」(松下氏)