超高温・高エネルギーに耐えうる
核融合炉の
材料開発最前線
~ 最先端の材料解析基盤がもたらす、
  多角的かつ迅速なアプローチとは ~
超高温・高エネルギーに耐えうる
核融合炉の
材料開発最前線
~ 最先端の材料解析基盤がもたらす、
  多角的かつ迅速なアプローチとは ~
 脱炭素化とエネルギー安全保障の両立が世界的な課題になっている。その中で、次世代の基幹エネルギーとして期待される核融合発電の実現に向けた研究開発が加速している。今回は、核融合発電の実用化に向けた重要課題である材料開発に焦点を当て、核融合科学研究所が構築した先端的な分析・解析基盤と、そこから生み出される技術や知見が多様な産業・学術分野へともたらす広がりについて、同研究所の時谷教授に話を伺った。

核融合発電の実用化に向けた
重要ポイントは材料開発

 中東情勢の緊迫化や世界的な脱炭素化に向けた流れの中で、日本政府は重点戦略分野の一つとして「核融合」を位置づけている。そして、脱炭素とエネルギーの安定供給を両立させる次世代の基幹エネルギー源として、核融合発電の研究開発を加速させ、2030年代の発電実証を目指している。

 核融合発電の実用化において『材料開発』が大きなカギを握るとされる。核融合炉では猛烈な熱や中性子にさらされる部分など、場所によって材料が使われる環境が大きく異なる。さらに、それぞれの場所で熱や放射線、温度変化や電磁力によって生じる負荷など、複数の厳しい条件に耐えなければならない。そのための多様な材料を開発し、炉全体として成り立たせる必要がある。こうした数々の要因が材料開発を難しくしている。

 例えば、核融合炉の壁表面に使われる「プラズマ対向材料」は、超高温のプラズマからの激しい熱や高エネルギー粒子の照射を受け続ける。その結果、材料内部には原子レベルの微細な損傷が生じるだけでなく、表面の損耗や削られた物質の再堆積、さらには成長した堆積層の剥離といった複雑な現象を引き起こす。こうした過酷な環境に耐えられる材料の開発が必要不可欠だ。その一方、プラズマを強力な磁場で閉じ込める超伝導コイルは、極低温かつ強磁場という厳しい環境で使われる。さらに、巨大な電磁力に耐えながら超伝導状態を安定して維持する、高い構造信頼性も欠かせない。また、炉内で燃料となるトリチウムを生産する「トリチウム増殖ブランケット」の材料開発も重要な課題だ。これらの材料には、これまで人類が十分な実用経験を持たない未踏の極限環境で機能することが求められており、その実現自体が極めて大きな技術的挑戦となっている。

 「核融合炉は、超高温から極低温、さらには強磁場や中性子照射といった多様な極限環境が複雑に重畳する究極の場です。そこで要求される多機能かつ極限的な材料群を包括的に開発・制御することこそが、2030年代の発電実証に向けた最重要課題(最大のカギ)となります」と自然科学研究機構 核融合科学研究所 研究部 プラズマ・複相間輸送ユニット 教授 時谷政行氏は語る。

自然科学研究機構 核融合科学研究所
研究部 プラズマ・
複相間輸送ユニット 教授 博士(工学)
時谷 政行 氏

成否を握るナノスケールでの
損傷形成過程の解析・可視化

 核融合炉では、プラズマに接する材料は数億℃の高温プラズマから極めて大きな熱・粒子負荷を受ける。一方、プラズマを閉じ込める強磁場を生み出す超伝導コイルは、マイナス200℃以下の極低温で使用される。さらに炉内の材料は強力な中性子照射にもさらされる。このような人類が経験したことがない環境の中で、材料に起きていることを理解するためには、原子・ナノレベルからのアプローチが必要になる。

 例えば、核融合炉の壁表面材料が高温プラズマにさらされると、高エネルギー粒子の衝突によって、材料を構成する原子の並びに微小な欠陥が生じる。こうした損傷は最初のうちは目に見えないほど小さいが、照射が続くことで少しずつ蓄積・成長し、やがて材料全体の劣化につながっていく。

 このようなミクロな変化が、より大きなスケールの現象へと発展する例の一つが、プラズマと炉壁の相互作用(PWI)によって生じる材料の損耗と再堆積だ。高温プラズマによって壁表面から削り取られた材料の一部は、炉内の別の場所に移動し、不純物を巻き込みながら再び堆積して層(共堆積層)を形成する。この「共堆積層」が成長して数マイクロメートルほどの厚みになると、熱や機械的な力に耐えられず、剥がれることがある。

 剥がれた物質がダストとなってプラズマに入り込むと、高温プラズマが急激に冷却されて安定した状態を維持できなくなり、炉の運転停止につながる可能性がある。つまり、原子・ナノレベルで始まるごく小さな損傷や材料の移動が積み重なり、最終的には数メートル規模の核融合炉全体の運転を左右することとなる。

 「このマルチスケールの物理現象を正確に捉え、制御するためには、ナノスケールでの損傷の形成プロセスを高速に解析・可視化するアプローチが欠かせません。これを当研究所では『ナノスケールのプロファイリング(ナノ・プロファイリング)』と名付けています」(時谷氏)。

高品質なデータを取得できる
統合的な解析基盤(プラットフォーム)を構築

 従来の電子顕微鏡観察においては、数十ナノメートルの極薄膜を切り出す透過型電子顕微鏡(TEM)用の高度な試料作製など、膨大な時間と労力を要する「職人的」な工程が大きな課題であった。そのため、研究者が装置の操作に忙殺され、得られたデータの蓄積・分類、未知の物理現象の解釈といった本質的な研究に十分に時間を割くことができなかった。

 2030年代の発電実証に向けた世界的な競争の中、日本における研究開発を遅滞なく加速させるためには、こうした状況を見直し、試料作製から観察・分析までのワークフローを劇的に高速化・自動化し、高い再現性で高品質なデータを取得できる統合的な解析プラットフォームの構築が不可欠であった。

 こうした要請に応えるべく、核融合科学研究所が立ち上げた材料解析の共同利用基盤が「フュージョンエネルギー・ナノプラットフォーム」である。同プラットフォームは、フェムト秒レーザーマルチプラズマFIB/SEM「Thermo Scientific™ Helios™ 5 Laser Hydra」を核とし、原子レベルの解析を行うS/TEM「Thermo Scientific™ Talos™ F200X G2」などの最新装置群を連携させたものである。例えば、Helios 5 Laser Hydraでは、高速レーザー加工に加え、材料の種類や特性に応じて4種類のプラズマイオン(Xe、Ar、O、N)を使い分けることができるマルチプラズマビームを備えている。これにより、幅広い材料を効率的に加工しながら、極薄試料や観察断面を迅速かつ高精度に作製できる。

 「同プラットフォームによって、高品質な観察データの蓄積が飛躍的に進むことになり、同時に、多くの研究者がより迅速に物理現象の解釈へと至ることが可能となります」と時谷氏は語る。

フェムト秒レーザーマルチプラズマFIB/SEM
「Helios 5 Laser Hydra」
透過型電子顕微鏡(S/TEM)
「Talos F200X G2」

大学共同利用機関として、
構築したプラットフォームを広く開放

 Talos F200X G2の大きな特長は、材料内部の微細な構造を高速かつ高い分解能で観察できることに加え、どこにどの元素が存在しているかを詳しく分析できる点にある。これにより、材料内部で起きているわずかな構造変化や元素分布の違いを原子レベルで精密かつ迅速に捉えることが可能になる。

 これらの性能向上と観察ワークフローの効率化で、装置操作に伴う心理的・時間的負担が劇的に緩和された。その結果、研究者は得られた高品質なデータの蓄積・分類や不明な物理現象の解釈という本質的な考察に、より多くの時間を注げるようになった。

 一方、Helios 5 Laser Hydraは、搭載されたフェムト秒レーザーを柔軟に制御することで、従来の集束イオンビーム(FIB)装置と比べて体積換算で1万倍程度の高速加工を実現している。加えて、レーザー加工後にプラズマFIBで表面を効率的にクリーニングできるため、これらを組み合わせることで、三次元構造解析や三次元結晶構造解析(3D-EBSD)、三次元元素分析(3D-EDS)を、高感度かつ高速に実施できる。

 大学共同利用機関である核融合科学研究所には、構築したプラットフォームを全国の大学や研究機関へ広く開放し、共同研究を先導する使命がある。同時に、この最先端の解析基盤を広く産業界(民間企業)へも開放しており、民間企業との共同研究等を通じて核融合研究で培われた先端技術の技術移転を強力に推進している。

 今後は、日本の核融合研究やマテリアルサイエンスの学術的な中核を担うだけでなく、そこで得られた最先端の解析知見を広く社会へ還元し、産業イノベーションをも牽引する「共創のハブ」としての役割を果たすことが大いに期待されている。

核融合発の材料研究成果、
自動車、半導体、製鉄など
異分野との共創で広がる可能性

 核融合発電の実現に向けては、炉内の極限環境に耐えうる多種多様な材料や機器を開発しなければならない。

 その代表例が「ダイバータ」と呼ばれる機器だ。ダイバータは、核融合炉の中で発生する非常に大きな熱や粒子を受け止め、炉が安定して運転するために欠かせない役割を担う。

 「ダイバータ受熱機器には、一般的な産業界で用いられる除熱機器と比較して桁違いとなる、1㎡あたり10〜20MWもの超高熱流束を処理する性能が求められます。同受熱機器構造を製造するための接合技術は極めて高度であり、その開発においては、接合部の健全性を電子顕微鏡によりナノレベルで詳細に評価・制御することで、ようやく実用に耐えうる高強度な接合界面を実現できたという確かな経緯があります。この開発現場で培われた『ナノ・プロファイリング』の手法や知見は、同様の材料課題を抱える産業界や異分野の研究へも、広く役立てることができます」(時谷氏)。

 こうした技術の応用可能性を背景に、核融合材料研究で培われた知見を異分野へ展開する動きも進んでおり、すでに一部では具体的な共同研究や技術検討が始動している。具体的には、自動車のトランスミッションギアや半導体製造装置における重要部材の損耗メカニズム解明、製鉄分野における高度な構造材料開発、精密機器用熱電子エミッタの性能向上など、その対象は極めて幅広い。

 「対象となる産業分野や材料が異なっていても、材料の劣化や損耗、接合プロセスの根底には共通の物理現象が存在します」と時谷氏は語る。「この『共通の物理』を軸に捉えることで、核融合という最も過酷な極限環境下で磨き上げられた材料解析の手法は、異分野における現用材料の健全性評価から、次世代の新規材料開発の指針にいたるまで、産業・学術の両面で極めて高い汎用性を発揮します。この手法が、分野の枠を超えて、さまざまな産業における技術革新や、学術研究のさらなる発展を力強く後押しする鍵になると考えています」(時谷氏)。

異分野の研究者や産業界と
一緒になって
材料開発の
ブレークスルーを実現する

 政府は日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長ではない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する大型研究プログラムとして、ムーンショット型研究開発制度を打ち出している。その中で具体的な10のムーンショット目標が決定されており、10番目(目標10)が「フュージョンエネルギーの多面的な活用」である。

 「縦串で核融合を基本的な柱にしながら、横串を通して異分野との連携をしっかり行うようにと国が後押ししています。TalosやHeliosは、まさにムーンショット目標10でも活躍が期待されている主要装置であり、すでに多方面から『分析に使いたい』というお声をいただいています。今後、さまざまな産業や学術分野へと活用がさらに広がっていくことは確実です」(時谷氏)。

 同研究所が進める材料解析のアプローチは、単なる核融合炉開発の要素技術に留まらず、学術界や産業界の境界を越えて多様な研究者が集う、分野横断型のイノベーションプラットフォームとして機能している。さらに将来的には、本プラットフォームで蓄積された膨大な解析データを有効に活用するため、先端インフォマティクスとの連携も視野に入れている。人間による深い考察とデジタル技術が融合することで、研究開発スピードをさらに加速させる中長期的な構想が描かれている。

 「今、異分野の研究者や産業界が抱えている複雑な材料開発の課題であっても、このナノ・プロファイリングの手法を用いれば、解決への道筋が見えてくるはずです。ですから、異分野の学術研究者はもとより、産業界の技術者も含めた多様なプレイヤーに核融合の世界へ参入していただき、分野の垣根を越えた歴史的なブレークスルーを、このプラットフォームから共に実現していきたいと考えています」と時谷氏は強調する。

お問い合わせ先
サーモフィッシャーサイエンティフィックジャパングループ
https://www.thermofisher.com