MODE×JR東日本で挑む安全プラットフォーム

工事エリアの状況をリアルタイムに可視化
鉄道工事の安全性と生産性の両立を目指す

駅改良工事などにおける安全対策の一環として、現場データの活用を支援するシリコンバレー発スタートアップのMODE(モード)は自社のセンシング技術を生かした「鉄道工事現場情報可視化プラットフォーム」を構築し、JR東日本と共同で実証実験を行っている。作業員や車両の位置をタブレット端末のマップ上にタイムリーに表示するこの仕組みは、現場の安全管理にどのような効果をもたらすのか。駅改良工事の現場で行われた試行導入で得られた成果を紹介したい。

「究極の安全」を追求する
JR東日本のモビリティ事業

 鉄道を中心とする「モビリティ事業」と、流通・不動産・ホテル・Suicaなどの「生活ソリューション事業」によって、すべての人の心豊かな生活の実現を目指すJR東日本グループ。MODEは、両事業の融合と連携によるシナジー創出を目指す同グループに対し、テクノロジーによる新たな社会的価値の提供を目指している。

 JR東日本のモビリティ事業では、「安全」をすべての基盤とし、経営のトッププライオリティにおきながら、利用者へ「安心」と「感動」をお届けするために日々線路や駅の維持管理、改良に関する工事を行っている。首都圏での保線や駅改良工事などは通常、旅客営業に影響しないよう終電から始発までの夜間の3~4時間で作業が行われ、大規模な現場では1000人を超える作業員が従事することもある。

 鉄道工事では利用者の安全確保はもちろんのこと、従事する作業員の安全を確保するため、工事に際しては列車が進入しないよう「線路閉鎖(線閉)」の手続きがとられる。しかし、線閉の着手状況は現場で一目で分かるものではないため、伝達の不徹底や勘違いなどにより、線閉手続き前に大型建設機械を搭載した軌陸車(軌道と一般道路の両方を走行できる特殊車両)や作業員が線路内に立ち入ってしまう事象が起こり得る。
大型建設機械や軌陸車
 「工事の責任者は、工事着手時に誤って線路内に立ち入らないように管理するほか、工事終了時には作業員が全員立ち退いたか、軌陸車や工事に使った設備がきちんと撤収されたかを確認します。しかし、人の注意力には限界があり、見落としのリスクがあるため、確認に大きな労力を割いているのが現状です。当社では『安全』を経営のトッププライオリティに位置付けており、『究極の安全』を追求していくには、ICTを活用して工事現場の状況を可視化することが必要だと感じていました」とJR東日本の増田 友昭氏は語る。
東日本旅客鉄道株式会社 建設工事部 企画ユニット(鉄道工事マネジメント推進プロジェクト) 増田 友昭氏
東日本旅客鉄道株式会社
建設工事部
企画ユニット
(鉄道工事マネジメント推進プロジェクト)

増田 友昭

 そのための有力な手段が作業員や軌陸車などの位置をセンサーで把握することだが、鉄道工事の環境は多様で現場ごとに機器の設置要件が異なり、その都度可視化する仕組みを一から構築したのではコストが膨大なものとなる。

 「そこで注目したのが、あらゆるセンサーデータを統合して一元管理することができる、MODEの現場データ統合ソリューションBizStack(ビズスタック)でした」と話すのはJR東日本の大島 里紗氏だ。
東日本旅客鉄道株式会社 建設工事部 企画ユニット(鉄道工事マネジメント推進プロジェクト) 大島 里紗氏
東日本旅客鉄道株式会社
建設工事部 企画ユニット
(鉄道工事マネジメント推進プロジェクト)

大島 里紗

 鉄道現場のDXを推進するJR東日本は、グループ内外から最先端の技術を取り入れるオープンイノベーションに積極的だ。その取り組みの1つ、外部のベンチャー企業と共に実証実験を行うアクセラレーションプログラム「JR東日本スタートアッププログラム」に、MODEがパートナーの1社として採択された。以来、MODEはJR東日本と共に、2021年度から首都圏の駅改良工事などの現場で、GPSトラッカーやビーコンセンサーなどを用いた測位を試みてきた。

 「何度かの実証実験を通じ、当社のIoT技術を活用すれば安全管理を強力に支援する仕組みを構築できると確信しました」とMODEの村岡 正和氏は語る。
MODE, Inc. テックエキスパートマネージャー 村岡 正和氏
MODE, Inc.
テックエキスパートマネージャー

村岡 正和

 その実現に向け、BizStackをベースにおよそ2年の期間をかけて開発したのが、工事エリア内の作業員や軌陸車の位置情報などをマップ上にタイムリーに表示する「鉄道工事現場情報可視化プラットフォーム」である。

現場への試行導入で
安全対策としての有効性を実証

 鉄道工事での本格的な運用に先立ち、2024年秋から2025年1月にかけて駅改良工事を行う首都圏の2つの工事現場で、「鉄道工事現場情報可視化プラットフォーム」の試行実験が実施された。

 「この2箇所を選んだのは、センシングの対象となる軌陸車が多数使われる工事現場だからです。また、大部分が屋内にある駅と大部分が屋外にある駅の2駅を選定しており、衛星測位環境が異なります。そのような両駅で運用することで、システムに汎用性があるかどうかを検証する目的もありました」(増田氏)

 作業員と軌陸車にトラッカーを装備し、作業中に刻々と移り変わる位置を追跡してマップ上に表示。併せて、レーザー光を照射してつくる仮想の壁を侵入した物体を検知する既設のレーザーバリアによる侵入検知情報とともに、軌陸車の制限灯状態に連動した警告表示やアラート一覧を表示することで、工事の管理者が現場全体の状態を一元的に監視できるようにした。
マップに表示されたイメージ画面
 作業員と軌陸車の位置を正確に把握するために採用されたのが、測位誤差をリアルタイムに補正しセンチメートル級の精度を実現するRTK-GNSS(高精度衛星測位システム)デバイスだ。粉塵や気温差、様々な設備との干渉による影響が生じやすく、装着した作業員が端末を鉄骨などにぶつける恐れもある鉄道工事現場では、センサーデバイスのような精密なデジタル機器を活用することが難しい。

 そこで村岡氏は、数種類のRTK-GNSSデバイスをMODE社内のラボでJR東日本と一緒に検証し、鉄道工事現場での使用に耐えるものを選定。それを作業員が携行しやすい形状にアレンジするとともに、取得したデータをBizStackでダイレクトに取り込めるようにすることをメーカーに依頼した。「プラットフォーマーである私たちの使命は、要件やニーズにフレキシブルに対応し、最適な機器を中立の立場で選定できる点にあります」と村岡氏は述べる。
RTK-GNSSデバイス
 試行導入では作業員と軌陸車の位置のみならず、線閉の着手状況や走行する電車に電力を供給する「き電」の停止状況も表示。線閉の着手ができていないときに作業員や軌陸車が線路に立ち入った場合にアラートを発報する機能も組み込まれ、その正確性と迅速性も検証された。

 「モニタリングしたい項目や盛り込みたい機能は工事現場ごとに様々なので、各現場の要件に応じてカスタマイズできることが重要です。『鉄道工事現場情報可視化プラットフォーム』はその柔軟性を備えていることから、多くの工事現場に適用できる可能性が感じられました」と大島氏は振り返る。

安全管理体制の
「質」と「効率」の向上に貢献

 この試行導入では、屋外での位置情報精度が概ね1m以内であることや、線閉手続きがされていない線路へ作業員や軌陸車が立ち入ると数秒以内にアラートが発報されることが確認された。

 「このような成果を得られたのは、私たちが鉄道工事の現場に深くかかわり、施工関係者と同じ視点に立つよう努めたことが成果につながったと考えています」と村岡氏は振り返る。

 それまで鉄道工事に関する知識がまったくなかった村岡氏は、工事関係者と専門用語で会話ができるレベルにまで自己研鑽。その上で夜間工事の現場に頻繁に足を運び、工事の責任者などと密にコミュニケーションを図ることでニーズを引き出し、現場作業に支障のないセンシング機器や各種デバイスの実装方法を練り上げていった。

 MODEが提供するIoT技術は、安全管理の品質向上に加え、作業効率性の向上という点でもJR東日本から期待を寄せられている。近年は鉄道建設工事でも人手不足が深刻化し、限られた人員で確実に工事を推進することが求められるようになっているからだ。

 軌陸車の線路内への入場や工事終了後の撤収に際しては、ゼネコンの工事管理者などが立ち会い、安全確認を行うことが規則で定められており、軌陸車の進入口まで直接出向いて確認する必要がある。今回の試行実験では、こうした一連の確認作業を遠隔で行える可能性を探ってきた。一定の成果は得られたものの、本導入に向けてはクリアすべきハードルがまだまだ残っている。今後、センシング技術の信頼性が十分に高まり、安全確保に支障がないことが実証されれば、離れた場所からのモニタリングで確認が済むようルールが変更されることも考えられる。

 このように遠隔モニタリングで安全を確認する作業が効率化されれば、工事管理者などが別の仕事に時間を割けるようになり、業務生産性が向上する。その結果として工期の短縮につなげられれば、「鉄道工事現場情報可視化プラットフォーム」の有用性はますます大きなものとなっていくはずだ。

 さらに村岡氏は、「今後飛躍的に進化するAIの活用によっても、人による安全確認をサポートすることができます。私たちはそうした技術の進化も積極的に提案していくつもりです」と意気込みを口にする。

鉄道工事の枠を超え、
あらゆる現場の安全と効率を支える基盤へ

 作業員と重機の位置や稼働状況に関するすべてのセンサーデータを時系列に録画する機能を備えているのも、「鉄道工事現場情報可視化プラットフォーム」の特長だ。軌陸車が線路内に誤って立ち入ったといった状況が万一起きた際、その原因を突き止めるのは容易ではないが、録画データがあれば、例えば「軌陸車を監視する誘導員が本来の位置にいなかった」「軌陸車の安全装置がオフになっていた」といった要因を明らかにできる。そうすれば、同じ事象を繰り返さないための効果的な改善策を講じられるようになる。

 今後は駅改良工事だけではなく線路などのメンテナンス工事にも本プラットフォームの活用範囲を広げていきたいと村岡氏。その実現に向け、どの工事のどんな要素をどのようなセンサーやIoT技術で可視化すれば効率的に安全管理ができるかを整理する必要がある。

 また、鉄道工事現場がますます人手不足に悩まされるようになれば、可視化が求められる項目はさらに増えていくことも考えられる。安全管理に直結する現場のニーズに即応できるようにするためにも、両社の協力体制や信頼関係を大切にしていきたいと村岡氏は話す。

 このプラットフォームは鉄道に限らず、陸運や海運など人や設備の位置や状態を可視化したい工事現場に広く応用できるはずで、JR東日本とMODEの技術とノウハウを掛け合わせることで新たなビジネススキームを生み出せる可能性もある。両社の連携体制は、将来的に新たな社会的価値を共創することにつながるかもしれない。

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