5Gで変わる
ものづくり

ものづくり大国ニッポンは
課題山積、
5Gの徹底活用に活路

エンライト
伊藤 元昭

 日本はものづくり大国を自認し、高品質・高性能を誇る日本製の工業製品の価値は、世界中の人々にも認められてきた。ただし、これは過去の話になりつつある。従来の仕事ぶりのままでは、日本の製造業は強さを維持できない。

 これまで日本のものづくりの強みは、経験豊富な技術者の知見や技能に支えられた「現場力」、さらには技術者同士の密なコミュニケーションに支えられた「擦り合わせ」などをキーワードとして語られることが多かった。ところが現在、こうした属人的な力だけに頼っていては競争力を維持することが困難になってきた。強みを維持・強化していくには、属人的スキルだけに頼るものづくりを見直し、ICTを有効活用することによって、継続的に強みを蓄積・発揮できる開発・生産システムの構築が不可欠になりそうだ。とくに、製造業の基礎体力を大幅に底上げする可能性を秘める5G(第5世代移動通信システム)の活用は、競争力の維持・強化の最重要テーマとなることだろう。

複合的課題を抱える日本の製造業

 日本の製造業は、以下のような大きく3つの課題を複合的に抱えている(図1)。

異分野技術複合型商品

消費者ニーズの多様化

少子高齢化

図1 日本の製造業が抱える3つの課題
写真:Adobe Stock

 1つ目の課題は、新たな製品の開発において、業界や技術分野の枠を超えた知見や技能が必要になっているものの、その対応で後手に回っていること。例えば、次世代車の開発では人工知能(AI)やパワー半導体の使いこなしが、成否の鍵を握るようになった。これまでの自動車業界、とくに日本の自動車業界は既存のクルマの機能や構造に最適化したサプライチェーンを長い年月をかけて構築してきた。その結果が、鉄の結束で結ばれる系列企業グループだった。しかし、次世代車では系列企業が保有していない技術が開発の争点になる。必要な技術が手元にないだけでなく、系列企業が強い技術が不要になりつつある。

 人材の流動性が低い日本では、求められる技術力と保有している技術力に不整合が生じている。同様の課題は、自動車業界だけでなく、家電機器、OA機器、産業機器、さらには食品や医薬品、素材などあらゆる業界で顕在化している。競争力を維持するには、他業界の知恵を柔軟に取り入れて新商品を開発・生産できる体制が求められる。こうした業界横断的な共創を円滑に進めるためには、扱う情報の本質を分かりやすく示すことができるICTシステムの活用が効果的になってきている。

 2つ目の課題は、市場のグローバル化やネット社会の拡大に端を発する消費者の嗜好の多様化への対応が不十分なことである。成長著しい新興国市場では、先進国市場とは異質のニーズを持つ膨大な消費者を抱える。もちろん、新興国市場のニーズに合致した日本製品もあるが、それにも増して世界市場では通用しない製品の方が多くなっている。携帯電話や家電製品などはその最たる例であろう。また、ネット利用が進んだことで、消費者としては潜在的ニーズに合った製品を探し出しやすくなった。これによって、大量生産された画一的商品をみんなそろって購入する消費形態から、多様な商品群の中から求める商品を選んで購入する形態へと変わってきている。

 こうした市場の変化に対応するには、世界の消費者の動きを迅速かつ詳細に把握し、製品の開発・生産に反映させることができる体制が欠かせない。日本では、市場の情報収集は“営業の足”で稼ぐものという意識が強く、市場データの客観的分析結果は参考程度の扱いになることが多い。しかし、こうした手法では、現在のグローバルでダイナミックな市場の動きを把握できない。さらに、市場の変化に合わせた商品の開発指針の洞察や、市況に呼応した生産ラインの稼働条件調整を人頼りで進めていたのでは、タイムリーな対応は不可能だ。大量で複雑な情報の処理に長けたICTシステムの活用が必須になる。

 3つ目の課題は、少子高齢化が進んでいることによる人手不足への対応が、驚くほど進んでいないことである。どこの工場にも、この人でなければ動かせない機械、この人でなければこなせない工程といったものがある。同様に“職場の大先生”に頼る仕事の蔓延は、開発現場でも見られる。作業効率や得られる結果の価値を求めるあまり、エースエンジニアに仕事が集中している職場は多いのではないか。

 こうした大黒柱となる人材は、製造企業の宝ではある。しかし、永遠の存在ではない。とくに、頼れる作業員やエンジニアが次々と退職し、なおかつ後継者が少なく、しかも短期的な結果を求めるあまりその少数の後継者の育成に目が向いていない状況では、継続的な企業競争力の維持など望むべくもない。こうした状況を根本的に打開するには、企業競争力の源泉となる知見や技能を、人ではなくICTシステムに移管していく必要がある。しかし、現状では、多くの日本企業、とくに人材不足に悩んでいる中小企業で、ICTシステムの導入は進んでいない。

「見える化」から「最適化」「自動化」「自律化」へ

 日本と同じく世界が認めるものづくり大国であるドイツは、自国の製造業を取り巻くビジネス環境と時代の変化を敏感に察知し、次世代の製造業の姿を指し示すコンセプト「Industry 4.0(第4次産業革命)」を提唱。業界や企業の枠を超えて、市場が求める製品をタイムリーに作り出す仕組みの構築を推し進めている。そこでは、IoT(もののインターネット)やAIをフル活用し、市場と開発・生産現場をリアルタイムでネットワーク接続することで、市況やニーズの変化に応じて柔軟かつ適切な開発・生産フローを構築できる仕組み作りが目標となっている。そして今やIndustry 4.0は、ドイツのみならず世界中の製造企業が取り組む大きな潮流となった。

 Industry 4.0の取り組みは、製品を開発し、生産する活動に関わる作業から、属人的要素を徐々に減らしていく技術へと発展している。おおむね、開発・生産活動の「見える化」から始まり、工程内と工程間の「最適化」「自動化」「自律化」の順にICTの利用目的を高度化する方向へと発展しつつある(図2)。

図2 Industry 4.0の高度化の方向性
写真:Adobe Stock

 見える化では、開発で扱う市場動向、要求項目、設計データ、シミュレーション・データといった情報、生産で扱う生産工程、加工・組立の条件、装置の稼働状況、部品・材料の在庫、品質管理などの情報を一元管理し、各部門の業務に役立てようとするものだ。より正確で有益な情報を得るには、設計データのようなデジタル化された情報を豊富に取得するだけでなく、IoTを活用して、工場の実際の動きをリアルタイムで把握できる仕組みが必要になってくる。さらに、膨大なデータの中から価値ある情報を効率的、かつ分かりやすく抽出するためのAIなどの活用も欠かせない。

 近年では、工場内に置いた工作機や組立装置、産業用ロボットなどの挙動を丸ごとコンピュータ・モデル化し、リアルタイムで稼働状況を見える化したり、実機を使うことなく新しい生産条件への適合性を検証できるようになった。ドイツのSiemensや米General Electricなどがシステム化して、提供している「デジタルツイン」と呼ぶ技術である。生産計画に沿って稼働させ続けた際に装置が故障する時期を、コンピュータ・モデルを検証して予見し、先回りして対処できるようにもなった。

 最適化とは、見える化した開発・生産活動の様子を基に、何らかの意思決定をする際のヒントや解の選択肢をICTシステムから得ることを目的としたものだ。例えば、富士通と富士通研究所は、「OPTEMILIS」と呼ぶ、生産条件の異なる多品種を同じラインで生産する際の最適な生産指示を迅速に計算できるシステムを開発している。これは、生産する品種それぞれを、工場内のどの装置をどのタイミングで利用すれば工場全体の生産効率が上がるのか、生産所要時間やコストなどを全体最適化するシステムである。工場の生産状況は刻々と変化し続けるため、最適な生産条件を維持し続けることは人間では難しい。システムで導き出した最適解を参考にして、作業を進めれば、多品種混流生産ラインのような管理が難しい生産現場の効率を劇的に高めることができる。

 自動化とは、最適化した条件に基づいて、工場内の装置を自動的に動かしてしまうことを狙ったものだ。産業用ロボットの大手メーカーであるファナックは、「FIELD system」と呼ぶ製造業向け情報プラットフォームを提供している。このシステムは、工場内の工作機械や産業用ロボットに作業の様子をチェックするカメラや各種センサーを搭載し、様々な稼働データを収集。これをAIで解析して最適な加工条件を導き出し、現場の装置にフィードバックする。これによって工場全体の生産性向上を図る。

 自律化とは、自動化をさらに推し進めて、状況の変化に対して柔軟に対処できるようにすることを狙ったものだ。例えば、研削機などを使っていると、工具が破損してマシンを停止せざるを得ない突発的事態が起きる。さらに、ライン内に人手で行う作業があると、どうしても作業効率にブレが生じ、計画通りに進まなくなる。また、突然、特急で生産する必要がある製品が割り込まれ、生産計画が乱れる場合もある。こうした変化に対処するには、ICTの性能を高めて、見える化、最適化、自動化の一連の流れをごく短時間で行う必要が出てくる。先に挙げたファナックのFIELD systemでは、現場の異常を検知し、工場全体の生産性が落ちてしまわないように、制御する産業用ロボットの近隣に情報処理用コンピュータを置いて、自律的に対処できるようにしている。