5Gで加速する
オープン
イノベーション

5GとAIで社会全体が
「レベルアップ」

Japan Innovation Network専務理事
パーソルホールディングス 社外取締役
上智大学 特任教授

西口 尚宏

企業が生き残るため、新事業を生み出すイノベーションの必要性が言われて久しい。どうすれば企業はイノベーションを生み出し続けられるのか。イノベーションを生み出すための組織フレームワーク「イノベーション経営」の提唱者である西口尚宏氏に、オープンイノベーションの現状と5G時代の展望を聞いた。

6年前とは全く違う国になった日本

 今日は、企業を取り巻くイノベーション環境の現状と5G(第5世代移動通信システム)時代に向けた展望をうかがいたいと思っています。

 企業の競争力強化を考えると、5G、そしてAI(人工知能)は、イノベーションの要素すべてに関わってくる技術です。いずれの技術も、社会全体のレベルアップに直結し、ものごとが加速するでしょう。これまで想像できなかった世界を作る上で、高速大容量の通信手段である5Gはカギです。

 例えば、よく言われる例ではありますが、遠隔医療を考えてみましょう。今までは当たり前とされていた前提が崩れるきっかけになります。

 誰でも難しい病気にかかったら名医に診てもらいたいものですが、現実には名医のいる場所に行くのに長時間の移動を伴ったり、病院での診察や治療を待ったりする必要があります。

 その「当たり前」が、5GとAIによって大きく変わるかもしれません。AIの進化によって実現される「ほぼ名医」と、5G通信を介して対話できるようになったらどうでしょう。初期だけでも名医並みの診断を受けられたら、大病の見落としがなくなります。しかも、移動や待つための時間を無駄にすることはありません。遠隔医療自体はずっと言われてきたものですが、現実に起こり得る時代が目の前に来ています。

 10年前には、高精細な映像を使ってコミュニケーションできる環境は限られていました。 今では、スマートフォンのテレビ電話で、多くの人がごく当たり前に使うようになっています。5GもAIも生活に溶け込んだ2030年には、「5Gで何ができる?」「AIってすごいんだってね」と言っていたことを、懐かしく振り返っていることでしょう。

西口 尚宏(にしぐち・なおひろ)

上智大学経済学部卒、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院卒(MBA)。日本長期信用銀行、世界銀行グループ人事局(ワシントンD.C.)、マーサー社(ワールドワイドパートナー)、産業革新機構 執行役員などを経て現職。大企業からイノベーションは興らないという定説を覆す活動に注力。イノベーション経営を推進する経営者のコミュニティ「イノベーション100委員会」を経産省やWiLと共同運営するなど、経営者の役割の重要性と具体的な企業内アクセラレーションプログラムの運営に焦点を当てる。オープンイノベーション活動としてSDGs(持続可能な開発目標)をイノベーションの機会として捉える「SHIP(SDGs Holistic Innovation Platform)」をUNDP(国連開発計画)と共同運営。ISO TC279 委員。

 5G時代には、すべての前提を見直す必要があるということですね。足元のイノベーション環境の変化についても教えてください。西口さんがJapan Innovation Network(JIN)が設立されてから6年が経ちます。その間に日本のイノベーションを起こす環境には変化が起こっていると感じていますか。

 2013年5月に、経済産業省のフロンティア人材研究会でイノベーションを起こすための経営を行う必要がある、との提言を行いました。そこでは、「オペレーションをきちっと効率的に進める経営とは異なる、イノベーションを起こすための経営があり、その両方を行うことが必要で、それを2階建て経営と呼ぶ」と提案しました。研究会の提言を実行する組織として、提言から2カ月あまりの2013年7月にJINを立ち上げました。

 それから6年の間に、イノベーションに関して日本は全く違う国になってきたのではないかと思います。当時は「大企業からのイノベーションは難しいので、スタートアップからイノベーションを起こす」という考えが主流でした。イノベーションのきっかけとなるスタートアップは、変わり者集団であったりマイノリティー的な存在であったりするように捉えられていました。

 ところが2019年時点ではその感覚は大きく変化しています。大企業がイノベーションを起こす努力をすることは当たり前の考えになっていますし、スタートアップも経団連が会員企業に迎え入れるようになるなど傍流からメインストリームへと位置づけが変わってきました。イノベーションは傍流のスタートアップの頑張りだけで起こすことではなく、大企業も国も力を合わせてイノベーションに取り組もうと変化してきているのです。

 日本のイノベーションへの取り組みはどうでしょう。質・量について十分でしょうか。

 JINを立ち上げた2013年ごろに「そうなったらいいね」と思っていたことが起こり、日本は変化してきました。しかし、その変化はまだ十分ではないと感じています。

 イノベーションを推進するには、4個のポイントがあると考えています。1つは「競争力強化」です。現在国連加盟国は197カ国と過去最大ですが、このすべての国が競争力を高めようと思っています。さらに企業も組織も、競争力を高めようとしています。

 2番目は「起業家精神=アントレプレナーシップ」です。競争力を高めるためには、起業家精神が必要だということは、ほぼすべての国の人々が口にしています。

 3番目が「SDGs(持続可能な開発目標)」です。起業家精神をどこに使うかといったとき、小さな変化ではなく、社会のシステムチェンジのような世の中に変化を起こす大目標に向かう人が増えています。社会的インパクトがある変化に対して、人々の意識もお金も向かい始めています。

 4番目がイノベーション・マネジメント・システム(IMS)の国際標準としてISO(国際標準化機構)で標準化が進められている「ISO 56000シリーズ」です。2019年夏にも産業史上初のイノベーション経営の国際標準が発行される予定です。既存の組織でイノベーションを起こすには、従来の効率を重視するようなマネジメント手法とは異なるマネジメントシステムが必要です。

 ISO 56000シリーズでは、イノベーション・マネジメント・システムのフレームワークを提示し、詳細を解説する構成になっています。フレームワークで重要なのは、機会を見つけてバリューを出すまでの5個のステージを示して、その間で「行ったり来たり」のプロセスが必要であることを明記した点です。目標に向かって一直線に進むのではなく、ノンリニアなプロセスが不可欠であることを示しました。解説部分では、リーダーシップや組織ごとのコンテキストなど、具体的な必要事項が書かれています。

 イノベーション・マネジメント・システムを国際標準としてまとめたことで、イノベーションの共通言語としてISOの標準が使えるようになります。すなわち、イノベーションにおけるコラボレーションがしやすくなり、競争力強化につながるのです。

 ここまでお話ししてきた4個のポイントは、1つの輪に描くことができます。ぐるっと回ることで競争力が高まる上向きのスパイラルができるのです。そうした動きは、まだ日本では十分ではないと感じています。一方で、ISOの国際標準に従ってイノベーション・マネジメントをすることで、SDGsの共通フレームワークを利用でき、そのフレームワークをアントレプレナーが活用して競争力強化につながるといった、逆向きに輪を回る効果もあります。ISOによる国際標準によって両方向のスパイラルの動きが起こることにも期待しています。

ゴールは「競争力強化」と
言い切るべし

 イノベーションのゴールは何に設定すると良いと考えていますか。

 日本の企業の課題は、ゴール設定が曖昧なことだと思います。大企業の変革のためとか、若者の活性化や応援のためといったお題目を掲げることは多いと思いますが、目的と手段が混ざってしまっている印象です。4個のポイントとして説明したように、すべての国や企業が競争力強化を目指しています。ですから、イノベーションの目的は「競争力強化」に設定することが妥当です。「オープンイノベーションは何のためですか?」と問われたときに、「競争力強化のためです」と言い切れば、話はすっきりします。

 オープンイノベーションも企業家精神の発揮も、SDGsのターゲットの達成も、すべて競争力強化を目的であると再定義することが必要だと感じています。

 SDGsの取り組みについてうかがいます。SDGsは2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2016年から2030年までの国際目標です。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され、日本でも国を挙げてSDGsに対する取り組みを推進しています。実際のところ、企業の取り組みは十分進んでいると感じていますか。

 SDGsの目標を達成するということは、新しい社会や経済のルールを書くことと同義です。社会運営の仕組みやビジネスの仕組みを生み出すのですから、競争力強化のリーダーになる必要があります。日本で常に弱い点は国際的なリーダーシップではないでしょうか。素晴らしいフォロワーだけれど、主導権を握るのが上手ではありません。

 SDGsには、17のゴール、169のターゲットがあります。これらを達成義務だと思うか、チャンスだと思うかが今後にとって大きな違いになるでしょう。2016年から、私はチャンスだと言い続けています。解決の主導権を握ることは競争力強化につながるのです。

 SDGsのターゲットの項目では、計測可能な目標を掲げています。例えば「食品廃棄物を半減させる」といったものです。こうした目標に対して、日本から具体的なソリューションやプロダクトを提供して効果が上がれば、各国はそのソリューションやプロダクトを使いたいと思うでしょう。そうした取り組みが、SDGsを通じて国際的なリーダーになることにつながるのです。

 SDGsの達成に向けて、国連としても具体的な解決策を求めています。そこでは、継続した取り組みから目標達成に貢献し、同時に民間がしっかり儲けられることが必要になります。民間側に儲けが出ないと、目標達成に向けた活動が継続できないからです。そうした意識は、まだ日本の企業には浸透していないと思います。

 もう1つお話しすると、日本の企業のSDGsの取り組みの多くは、既存の活動にSDGsのロゴを貼り付けたようなものだと感じています。しかし、求められているのは具体的なターゲットの達成であり、株主総会でのアリバイ作りではありません。SDGsの目標達成を新しい事業機会として捉え、他の国を巻き込みながら圧倒的な取り組みを実践する必要があると認識してもらいたいです。この点、最近経済産業省が出した「SDGs経営ガイダンス」は参考になります。