5Gで変わる
メディア

注目は「マルチモーダル」
表現はさらにリッチに

HEART CATCH代表取締役
西村 真里子

 通信と放送といった伝送手段が高度化するにつれ、それを使ってやり取りされる表現はよりリッチになってきた。5G(第5世代移動通信システム)が広がる2020年代にメディアとエンターテインメントはどのように進化するのか。メディアやエンターテインメントの動向に詳しい西村真里子氏に話を聞いた。

5Gによって実現される
「場所に縛られない人生」

 西村さんが得意とするメディア、エンターテインメント領域に限らず、5G(第5世代移動通信システム)への期待感を教えていただけますか?

 5Gが広がる2020年代には、私たちの生活ががらりと変わりそうな気がします。端的に言うと「場所に縛られない人生」でしょうか。大きなデータも瞬時に手に入り、相手が遠くにいてもミーティングが可能となる。今でもできることはありますが、すべてがストレスなく実現される世界です。

 現在、デジタルトランスフォーメーション(DX)の掛け声の下、多くの組織がITによる事業の変革に取り組んでいます。DXによりビジネスが大きく変革すれば、データはユーザーにとってもっと使いやすくなるでしょう。

 身近なところでは、個人の医療データがあります。自分が居住している場所とは違うところで病気になったとき、過去の診断データを活用してその場所で診察してもらったり、あるいはかかりつけ医とテレビ会議で対話できたりしたらどうでしょう。診察を受けるために居住地に帰らないといけない状態と比べたら、圧倒的に自由度が広がります。

 実際、大阪大学医学部附属病院、三井住友銀行、日本総合研究所などは医療データを個人に返し、個人が自分の意思で活用できるような取り組み、実証実験を行っていたり、沖縄のブルーブックスという医療情報システム開発企業が、沖縄県内の医療情報や臨床研究情報などを一元管理するシステム「DiNIS(ディーニス)」の構築を進めているといった話が聞こえてきました。静岡県にも同様の動きがあると聞いています。

西村 真里子(にしむら・まりこ)

国際基督教大学卒。日本アイ・ビー・エムでITエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、アドビ システムズでフィールドマーケティングマネージャー、バスキュールでプロデューサーを経て2014年にHEART CATCH設立。ビジネス・クリエイティブ・テクノロジーをつなぐ“分野を越境するプロデューサー”として自社、スタートアップ、企業、官公庁プロジェクトを生み出している。
J-Startupサポート企業、Art Thinking Improbable Workshop Executive Producer 、内閣府第1回日本オープンイノベーション大賞専門委員会委員、経産省第4次産業革命クリエイティブ研究会委員、武蔵野美術大学大学院クリエイティブイノベーション学科研究室非常勤講師

 別の例では「HoloEyes」のような医療VR(仮想現実)があります。現時点では教育研修用として使われているようですが、いずれ遠隔からの医療行為ができるようになることが期待されています。

 教育もまた、場所を選ばなくなるでしょう。現在、特定のキャンパスを持たずに世界7都市に移り住みながら学ぶミネルバ大学が注目を集めています。学生は、サンフランシスコを皮切りに、ソウル、ハイデラバード、ベルリン、ブエノスアイレス、ロンドン、台北と4年間で世界7都市に移り住み、オンラインで授業を受講します。現在は、ごく一部の学生だけの取り組みですが、こうした「場所にとらわれない教育」は2020年代を通じて拡大していくでしょう。

 医療や教育の話題を挙げましたが、「場所に縛られない人生」の兆しが、いろんなところで出てきていると感じています。

 西村さんは世界中のイベントに参加されていて、既に場所に縛られずに生活されているように感じていたのですが(笑)、さらに先を見据えているのですね。さて、ご専門のメディア領域ではどのような変化が起こると思われますか?

 注目しているのは、複数の手段を使ってコミュニケーションする「マルチモーダル・インターフェース」です。現在のVRは主に視覚と聴覚を使っていますが、触覚や嗅覚など様々な情報を包括的に活用することで、さらに表現への没入感が高められます。

 現在、動画投稿を生業とするYouTuber、さらにはYouTuberとして動画投稿するCG(コンピューターグラフィックス)のキャラクター「VTuber(ブイチューバー)」が人気を集めています。これからは、五感を活用したエンターテインメントの表現者が出てくるのではないでしょうか。

 嗅覚の領域では、既に大手では資生堂やソニー、スタートアップ企業ではコードミーといった企業が新しい事業に取り組んでいます。触覚領域では、Telexistenceが遠隔で触った感覚を手元で再現できる技術を開発しており、ロボットなどへの応用を図っています。アカデミアでは、東京大学の廣瀬通孝教授が、映像と音を組み合わせることで錯覚を与えるマルチモーダルの研究に取り組んでいます。雪道の映像に「ギュッ、ギュッ」という音を重ねることで、実際に新雪の上を歩いているかのような感覚を提供します。

 これらの取り組みの延長に、今までにはないエンターテインメントが登場することを期待します。

 五感の活用は面白いですね。先ほど挙げられた医療分野と触覚とか、相性が良さそうです。

 はい、触れたときの感覚が伝わるようになると、遠隔診断は大きく進歩すると思います。

 メディアの進化ということで期待しているのが「車内エンタメ」です。5G時代には自動運転が実現されると思いますが、自動運転が実現されると車内はエンタメ空間になります。CES 2019では、独Audiと米Disney Games and InteractiveがVR技術を用いた車内エンタメのデモを実演しました。クルマの同乗者が感じる重力加速度と映像が連動した体験を提供するものでした。こうした取り組みには、新しいエンターテインメントの可能性を感じます。

 イスラエルのスタートアップ企業Gauzyは、車窓をディスプレイにできる技術を持っています。透過率を上下させられる技術を持っていて、普段は透明の窓として使い、透過率を下げることで映像を映しやすくする、といったことができるようになります。車内のように閉じられた空間だからこそ、配信できるコンテンツがありそうです。

 別のエンターテインメントの可能性として、面的な展開があります。例えば、映画館に映画を見に行く体験を拡大し、その移動時間まで含めた体験を一連のサービスとして提供するという考えです。アニメ映画を見て感動した後、帰りの自動運転車の中で同じキャラクターが登場するゲームを楽しむといった、これまでは別々に提供されていたものをつなぎ合わせたサービスが登場するのではないでしょうか。

 こうした一連のサービスを提供するには異業種の連携が必要です。先ほどのAudiとDisneyのように、これまでは距離があった企業同士が結びつきながら新しい付加価値を拡大していくのだと思います。