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[SPECIAL TALK]「住み続けられるまちづくりを」の実現に向けた「保険会社」と「法律事務所」の挑戦 [SPECIAL TALK]「住み続けられるまちづくりを」の実現に向けた「保険会社」と「法律事務所」の挑戦

保険会社と弁護士事務所。一見、「持続可能な社会への貢献」からは遠い立場に置かれているように思われる2つの組織だが、実はSDGsの主要課題の1つである「住み続けられるまちづくりを」に関連した取り組みを協働で進めている。「住み続けられるまち」には高齢者を含む地域住民が容易に移動できるインフラ整備が必要だが、過疎化が進む地域では暮らしに必要な移動手段をどう確保するかが深刻な課題となっている。政府では課題解決のカギとして自動運転による移動サービスの実用化に向けた論議がなされており、自動運転車の普及時の保険、法律面での課題解決も含め、あいおいニッセイ同和損保とベーカーマッケンジー法律事務所の専門家がそれぞれの見識と思いを語った。

地域における社会的弱者の移動の
自由をいかにして実現するか

国連が掲げるSDGs(Sustainable Development Goals)を含めた社会的課題の中で、社会の構成員誰もが住み続けることのできる環境整備という観点から、関心を寄せている社会的課題はありますか。

弊社では、2017年度からSDGsを念頭に、商品やサービス開発および提供の面から、社会的課題の解決に継続的に取り組んできました。その1つが、交通事故を減らし、 “安全・安心なクルマ社会の実現”の貢献に向けた『テレマティクス技術を活用した自動車保険』の開発で、発売後、多くのお客さまの支持をいただいております。

将来に向けて、社会の構成員誰もが住み続けることができる社会の実現という観点から、地域における生活の質をどのように維持していくのか、とりわけ「高齢者や障がい者といった社会的弱者の方の移動の自由をいかにして確保するのか」という課題が重要だと考えています。

あいおいニッセイ同和損保 商品企画部長 角谷淳志 氏 あいおいニッセイ同和損保 商品企画部長 角谷淳志 氏

現在の公共交通機関では足りないということでしょうか。

弊社の認識では、電車やバスなどの公共交通機関の輸送人員数は減少傾向が続いています(グラフ1)。そのため、今後は、不採算路線からの撤退や運行回数の減少などのサービス水準が低下することにより、地域住民のニーズに十分こたえられない状況になっていくのではないかと懸念しています。

地域公共交通サービスの輸送人員の推移 地域公共交通サービスの輸送人員の推移

そもそも公共交通機関が十二分に整備されているのは、都市に限定されているのではないでしょうか。都市部で過ごしていると、交通の便利さに慣れてしまいます。この便利さは他の地域でも確保されていると思い込みがちですが、郊外の主たる生活の足は、今も昔も個人所有の自動車です。 日本が長寿社会になるにつれ、自分で車を運転することのできない高齢者が増加します。高齢者の子どもの世代は都市で生活する場合が多く、そうなると高齢者は完全に孤立してしまいます。この課題が解決できなければ、誰もが住み続けられるまちづくりを実現することはおよそ不可能です。社会のみんなが等しく豊かな生活を送るという観点から、優先順位の高い課題だと考えています。

SDGsの一項目である「住み続けられるまちづくりを」の具体的課題として、地域での交通手段の確保を位置付けられているわけですね。

SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS:2030年に向けて世界が合意した「持続可能な開発目標」です SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS:2030年に向けて世界が合意した「持続可能な開発目標」です

はい、そのとおりです。

弊社グループでは、2030年に目指す社会像として「レジリエントでサステナブルな社会」を掲げており、社会との共通価値の創造に取り組んでいます。「住み続けられるまちづくりを」を実現するためには、「移動の自由」の確保は重要なファクターです。移動の自由が確保されれば、みんなが前向きで健康な社会を実現できると考えます。加えて、社会交流が増えれば、技術革新の発想が生まれやすい土壌ができるだろうとも捉えています。

冒頭で角谷さんがおっしゃったように、過疎地域の交通手段、特に高齢者や障がい者といった社会的弱者にとっての交通手段が決定的に不足しており、深刻化しています。私自身もその認識を強く持っています。

先日、関東近郊のある地方都市に出張した際、バスは1日2本のみ、タクシーを電話で呼ぼうにも応答しません。スマホのアプリで登録しないと利用できないという状況で、特に高齢者は交通の足をどのように確保しているのだろうかと感じる経験をしました。

ベーカー&マッケンジー法律事務所 弁護士 穂高弥生子 氏 ベーカー&マッケンジー法律事務所 弁護士 穂高弥生子 氏

自動運転車の普及に向けた
保険と法律の課題とは

社会的な課題に対する解決策として、自動運転車についてはどうお考えでしょうか。

自動運転車は、移動手段の確保を直接的に解決できるキーテクノロジーのひとつだと考えています。弊社では、2017年から群馬大学と自動運転に関わる共同研究を始めました。群馬大学が全国で実施する自動運転の実証実験に参画しながら、自動運転の社会実装化を見据えた保険商品の研究に取り組んでいます。今年度は、自動運転車の事故発生時の初期対応のあり方や、事故発生態様による原因分析の研究を進めているところです。

保険会社が自動運転の研究に関わる意義はどのようなものとお考えですか。

自動運転車が普及・定着し、先ほどの社会的課題の解決手段となるためには、当然、技術的な課題が漏れなく解決されることが最も重要です。それと同時に、万が一の事故時も保険でしっかり対応できるという環境整備が必須不可欠であると弊社では考えています。

というのも、どんなに優れた自動運転車でも、自動運転車と一般車両の混在期に自動車事故が発生することは避けられないからです。その際、ドライバーがいない無人運転車でもスムーズに初期対応ができること、迅速に保険金をお支払いできることが保険の役割です。この役割を果たしていくことが住民の安心感につながり、ひいては地域における移動手段確保の実現に資すると考えています。

加えて、地域住民にとって、ドライバーのいない自動運転車を利用することや、自動運転車と一般車両が混在して走行する状況はまだまだ想像しにくいと思われます。現在、全国各地で自動運転車の導入に向けた実証実験が行われていますが、技術的な検証もさることながら、地域住民の理解を得るという一面もあるのではないでしょうか。

自動運転のメリット 交通事故の低減 渋滞の緩和 環境負荷の低減 高齢者の移動支援 自動運転のメリット 交通事故の低減 渋滞の緩和 環境負荷の低減 高齢者の移動支援

自動運転車の普及という観点から、法律面ではどのような課題がありますか。

課題は多数あるのですが、保険との関係でいえば、自動運転車で事故が発生した場合の責任の分担について、法的な枠組みが必ずしも明らかではないという問題点があると捉えています。

例えば、レベル3まででは自動運転車で事故が発生した場合に運転者の責任範囲をどのように確定するのか、またレベル4以降は保険会社が製造者責任をどのように追及していくのかが大きな課題となります。私どもの法律事務所では、こういった問題点について世界各国がどのような法制度を敷きつつあるのかを調査しており、グローバルサーベイを実施して情報発信しています。

自動運転車の事故については法的な責任論を突き詰めることなく、保険ですべて対応しようとしている国もあります。いずれにしろ、こういった問題点が不明確なままでは、自動運転車向けの保険開発にも支障があるのではないかと思います。

自動運転レベルの定義 [人が主体]レベル0:運転支援なし、レベル1:運転支援(自動ブレーキなど)、レベル2:運転支援(部分的な自動運転)、[システムが主体]レベル3:高度自動運転(条件付き)、レベル4:完全自動運転(限定地域)、レベル5:完全自動運転 自動運転レベルの定義 [人が主体]レベル0:運転支援なし、レベル1:運転支援(自動ブレーキなど)、レベル2:運転支援(部分的な自動運転)、[システムが主体]レベル3:高度自動運転(条件付き)、レベル4:完全自動運転(限定地域)、レベル5:完全自動運転

角谷さんはどうお考えですか。

保険商品開発の前提として、「リスクや責任をどう公平に配分するのか」という論点が整理されていることが望ましいのは間違いありません。自動運転に関わる政府の検討動向を注視していますが、穂高先生が触れられたサーベイは、弊社の保険商品開発の参考にさせていただく素材になると考えています。

ベーカー&マッケンジー法律事務所 弁護士 井上 朗 氏 ベーカー&マッケンジー法律事務所 弁護士 井上 朗 氏

お二人の今後の課題はどのようなものでしょうか。

自動運転車の技術進化は日進月歩です。地域における自動運転車を活用した移動サービスも、当初は低速運転・定ルートのものから、徐々に実現態様が拡大していくと想定しています。弊社はこれまでに『テレマティクス技術を活用した自動車保険』で得た知見・ノウハウを活かすとともに、技術進展の状況を踏まえつつ、社会実装を下支えする保険商品の開発を進めていくことで、地域の活性化につながるように尽力していきたいと考えています。

地域への「自動運転サービス」提供イメージ 地域への「自動運転サービス」提供イメージ

自動運転社会の到来には、コネクテッドカーやライドシェア、電動化など、いわゆるCASE※のすべての面が同時に発展する必要があります。また、新しいモビリティの発展のためには、日本国内の動向や規制だけを見るのでは不十分で、世界中で何が行われているか、何が起ころうとしているのかを注視する必要があります。私どもの法律事務所では、日本、ドイツ、アメリカといった自動車先進国において自動車産業へのサービスを専門としている弁護士を中心としたグローバルレベルでのFuture Mobility Groupという組織を持ち、新しいモビリティを実現するための法的課題について研究するとともに、世界中のクライアントに助言を提供しています。また、世界経済フォーラム等のグローバル組織にも人材を派遣し、新しいモビリティ創設のためのプラットフォームの創出について、法律の側面から研究を行っています。このようなグローバルネットワークを利用して、世界規模で新しいモビリティの創出・発展に必要な法的課題を提示・解決し、誰もが住み続けられるまちづくりに向けて社会貢献を果たしていきたいと思っています。
※CASEは、Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared & Services(カーシェアリングとサービス/シェアリングのみを指す場合もある)、Electric(電気自動車)の頭文字をとった造語

新しいモビリティ 新しいモビリティ

本日はありがとうございました。

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