日経ビジネス50周年 トップが語る変革期の経営戦略 感染症から人々の「命」を守り85年ワクチンの開発と製造に尽力する

BIKENグループ 一般財団法人阪大微生物病研究会 理事長 山西 弘一 氏

BIKENグループ 一般財団法人阪大微生物病研究会 理事長 山西 弘一 氏

1967年大阪大学医学部卒。研究者として麻しんワクチンやムンプスワクチン、水痘ワクチンなどの開発に携わる。大阪大学医学部長、医薬基盤研究所理事長を歴任し、2013年から現職。

大学発ベンチャーとして1934年に設立

様々な感染症を予防するワクチンを接種することが、私たち日本人にとっては当たり前の時代になって久しい。1948年に施行された予防接種法を皮切りに法整備とワクチン開発が進み、日本人は多くの感染症から身を守ることができるようになった。そんな時代の到来に大きく寄与したのが、国内有数のワクチンメーカー「BIKEN」だ。

BIKENは1930年代、感染症対策が喫緊の課題だった時代に誕生した。創設に尽力したのは、当時大阪医科大学(現大阪大学医学部)の細菌学者だった谷口腆二(てんじ)博士と実業家の山口玄洞(げんどう)氏。谷口博士は当時、こんな思いを抱いていたという。

「日本国民を感染症から守るためには、海外からの西の門戸である大阪にも研究機関が必要だ」

谷口博士の考えに共感を示したのが山口氏。洋反物商として財を成した山口氏が多額の資金援助を行ったことで、1934年、「阪大微生物病研究会」(現一般財団法人阪大微生物病研究会、以下、BIKEN財団)を設立した。感染症に関する基礎研究を研究所(現大阪大学微生物病研究所)が行い、その応用研究とワクチンなどの製造・検査・供給をBIKEN財団が担った。今で言う“大学発ベンチャー”は当時、類を見ない画期的な試みだった。

BIKENは以来、日本におけるワクチン開発のパイオニアとして、多くの国産第1号のワクチンを開発。大阪大学医学部を卒業後、研究者として長くウイルス研究、ワクチン開発に携わってきた山西弘一理事長はBIKENの精神についてこう話す。

「“ワクチンメーカー”と言うと民間企業を連想しやすいかもしれませんが、私たちは一般財団法人として、日本の公衆衛生への貢献を第一に考えています。昔は世界各国で感染症により多くの人が亡くなり、国力が衰退しました。裏を返せば、感染症を予防できるワクチンは一人ひとりの命を守り、引いては国を守るもの。そんな公益性の高いワクチンの開発、製造をBIKENは担ってきました」

組織変革で開発と製造に注力

世界中に甚大な被害を及ぼした天然痘は、ワクチンの普及により、1980年に世界保健機関(WHO)が世界根絶宣言をするに至り、ポリオも根絶まであと一歩に迫っている。その一方で、過去には見られなかった新興感染症や、再流行の兆しを見せている再興感染症の脅威に人類がさらされ続けていることも事実だ。

BIKENは今なお高まり続けるワクチン供給のニーズに応えるべく、2017年に田辺三菱製薬株式会社との合弁会社「株式会社BIKEN」を設立。同社は、BIKENが持つワクチン製造技術に田辺三菱製薬の生産システムや管理手法などを融合させることで、生産基盤の強化を図っている。現在は、BIKEN財団が研究開発と販売を行うのに対し、株式会社BIKENがワクチンの製造に注力するという構造だ。合弁会社の設立からまだ2年足らずだが、山西理事長は手応えを感じているという。

「田辺三菱製薬という歴史のある企業の目が入ることで、生産から品質管理に至るプロセスのブラッシュアップを図られていることが大きな効果として挙げられます。やはり客観的な視点が加わることは重要です。これらの工程のIT化を進めており、業務の効率化と生産性の向上への取り組みが加速しています。今後もさらに人的交流を深めて田辺三菱製薬のノウハウを吸収し、将来的には日本の枠内にとどまらず、海外市場を開拓しさらに成長していきたいと考えています」

2011年には、新たな拠点が設けられた。BIKENはこれまで香川県観音寺市八幡町に拠点を構えていたが、高まるワクチン需要に応えるために同市内の瀬戸町に「瀬戸センター」を開設。約16.5万㎡の広大な敷地に、製造棟、品質管理棟などの施設が並び、生産の2拠点化確立を目指して整備が進んでいる。

BIKENグループ/開発加速・製造委託増加→製造:株式会社BIKEN/安定供給・コスト競争力強化→販売(国内・海外):販売会社→BIKEN財団/シェア拡大・ワクチン事業収益増→研究開発 好循環

2017年にBIKEN財団は田辺三菱製薬との合弁会社「株式会社BIKEN」を操業開始。BIKEN財団の製造技術を基軸に、生産基盤の強化を目指す

ニーズの高いワクチンで社会を支える

BIKENがこれまでに開発してきたワクチンの中で国内外に大きなインパクトを与えたのが、麻しんワクチンと水痘ワクチンだ。

1970年に日本で承認された麻しんワクチンは、後に定期接種化され、2015年にWHOによって認定された日本国内での麻しん排除に大きく貢献。海外に向けては、国連児童基金(ユニセフ)への輸出、ブラジルやインドネシアへの技術指導を通じ、世界的な予防にも寄与してきた。

1986年に承認されたBIKENの乾燥弱毒生水痘ワクチンに使用されている弱毒生水痘ウイルス(岡株)は、WHOから水痘生ワクチンの製造に適した唯一の株とされている。国内では2014年に定期接種化され、2016年には50歳以上の帯状疱疹への予防目的での使用も認められた。

ドレスタイプ(右):茶色い革靴の見た目、ウォーキングタイプ(左):黒い革靴の見た目

ワクチン研究・開発と、生産・供給を担うバイオ・スペシャリティ・ファーマとして、独自のバイオ技術による高品質のワクチンと臨床検査サービスを提供

現在、BIKENが製造しているワクチンは11品目。「社会に求められるワクチンを作りたい」と言う山西理事長の思いを反映し、水ぼうそうやインフルエンザといった日本人にとって身近な病気を予防するワクチンを作り続けている。

山西理事長は今後の展望をこう語る。

「社会に求められる新しいワクチンを作りたい思いは常にあります。まず一つが、インフルエンザに対するワクチンです。より予防効果の高いワクチンの開発を進めています。また、日本の人口のおよそ3割を占める高齢者に向けたワクチンのニーズも高くなっています。そうした中、水痘ワクチンが国内で初めて50歳以上の方に対する帯状疱疹の予防の適応を取得しました。高齢者がかかりやすい感染症の予防に効果のあるワクチンは、高齢化が進む日本に大きく貢献できると考えています。今後も、どんなワクチンが求められているかという視点を持って開発・製造に取り組み続けていきます」

BIKENが産み出した国産第1号※ワクチン一覧 
									1963:経口生ポリオワクチン国産第1号承認(旧日本ポリオ研究所)
									1970:乾燥弱毒生麻しんワクチン国産第1号承認
									1975:乾燥弱毒生風しんワクチン国産第1号承認
									1986:乾燥弱毒生水痘ワクチン国産第1号承認
									2005:乾燥弱毒生麻しん風しん混合ワクチン国産第1号承認
									2009:乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン国産第1号承認
									2012:沈降精製百日せきジフテリア破傷風不活化ポリオ混合ワクチン国産第1号承認
									※同日に承認・上市された他社製品がある場合を含みます。

日本のワクチン開発のパイオニアとして、多くの 「国産第1号」のワクチンを開発。現在は11品目のワクチンを製造・供給している

研究者育成にも取り組みグローバル展開も計画

ニーズの高いワクチンの開発・製造とともに、BIKENが使命感を持って取り組んでいるのが次世代の育成だ。BIKEN創設の祖・谷口博士の「一年の計在植米、十年の計在植木、百年の計在植人」の志を受け継ぎ、長期的な視座に立った研究者育成への取り組みを行っている。

その一環として2014年に設立したのが、「BIKEN次世代ワクチン開発研究センター」。「10年以上先の次世代ワクチン開発」をテーマに、自由な発想から独創的・革新的なワクチン開発を行う機関として立ち上げた。現在、公募により選ばれた研究者が大阪大学特任教員として各プロジェクトをけん引している。

1962年から続く「谷口奨学金制度」もBIKENの研究者育成事業を代表する取り組みであり、これまでに600人以上の若手研究者に奨学金を交付してきた。また、「医学の発展には基礎研究が重要」との考えから、ワクチン開発に特化せず、広くバイオ領域の基礎研究に取り組む研究者を支援しようと、大阪大学をはじめとする各研究機関への寄付も行っている。

山西理事長が将来的なビジョンとして目論んでいるのが、海外展開だ。BIKENが開発した水痘ワクチンは2014年に国内で定期接種化された。今後はより多くの人を水痘から守るために水痘ワクチンの輸出を視野に入れた事業展開を検討しており、またインフルエンザワクチン原液を海外諸国へ供給する計画もあるという。

「ワクチンは国を守るものであり、守る対象の国を日本を軸に広げていきたい。“ワクチンは公共の財”という考えを礎に、積極的に海外へのアプローチを図る構えです」

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大阪医科大学(当時)の若き細菌学者であった谷口 腆二博士(前列左から3人目)。谷口博士の、感染症を予防したい思いは綿々と受け継がれている

医療の世界は今、治療から予防へパラダイムシフトを図りつつある。日本人の罹患率・死亡率ともに高い胃がんは主因であるピロリ菌を除菌することで予防できるようになり、同じように日本人がかかりやすい大腸がんも定期的な内視鏡検査とポリープ切除によって予防と早期発見が可能になった。山西理事長も時代の変化を念頭に、ワクチンの可能性に思いを馳せる。

「ワクチンは今のところ感染症を予防するものですが、生活習慣病やがんなど、感染症以外の国民病を防ぐワクチンが開発されればさらに多くの人の役に立てるでしょう。病気の予防は治療に比べて経済効率の面でも優れており、予防を推進して医療費を下げられれば経済的に国を守ることにもつながります。今後はそんな自由な発想に基づいたワクチン開発が求められるように思います」

BIKEN ロゴ
一般財団法人 阪大微生物病研究会

〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-1 大阪大学内
https://www.biken.or.jp/