京都集約戦略で店舗数半減も売上高1.5倍
洋菓子メーカー・ロマンライフの
成長支える働き方改革

写真:堀勝志古

京都市のロマンライフは「京都北山マールブランシュ」のブランドで洋菓子を製造・販売する。2000年の初頭から東京をはじめ全国の百貨店に進出し、店舗数を増やしてきた。だが、37店舗まで増えた08年頃、経営方針を180度転換。河内誠社長は店舗を京都府内に限定する戦略を決意する。18年に京都府外の最後の1店を閉鎖し、10年間かけて京都集約型モデルが完成し店舗数は08年の半分以下となった。それでも売上高は08年の約40億円から60億円超と1.5倍に成長している。一見すると規模や地域の縮小だとネガティブに捉えられるこの戦略の裏にはどんな思いがあったのか。また京都集約によって生まれた成果について、河内社長に聞いた。

ロマンライフは1951年に河内社長の父親が京都府で開いた喫茶店から始まった。82年から洋菓子の製造・販売を始めている。

現在は「京都北山マールブランシュ」のブランドで展開する洋菓子店と、鶏料理や鉄板焼きを提供する飲食店も経営する。洋菓子では、2007年に売り出した地元京都の宇治抹茶を使った焼き菓子、お濃茶ラングドシャ「茶の菓(ちゃのか)」がヒットし、同社の看板商品となっている。

「京都には和菓子の老舗企業はたくさんあるが、洋菓子で京都をテーマにお菓子作りをしている会社は少ない。当社の抹茶は契約している自社農園で栽培し、クオリティには絶対的な自信を持っている。パッケージ一つ取っても、紙素材から色合いなどすべて京都の伝統文化に基づいてデザインしている」と河内誠社長は胸を張る。

「マールブランシュ」ブランドの看板商品、お濃茶ラングドシャ「茶の菓」。 京都土産の定番として観光客や出張者を中心に大人気となっている。 抹茶を契約農家から仕入れるこだわりが品質を高めている

全国の百貨店に進出し売り上げ拡大した2000年代

地元で人気のマールブランシュに目をつけた百貨店から、出店依頼が舞い込むようになったのは01年頃。地方企業にとっては憧れの存在である東京・銀座にある松屋銀座からも声がかかった。ロマンライフは「成長」を経営戦略のテーマに掲げて店舗展開を進め、08年には全国37店舗にまで拡大した。

百貨店の洋菓子フロアには、数十店舗の洋菓子店が並ぶ。もちろん商品は違うものの、似通ったスタイルの店構えと商品構成の中で、他社との差異化を図り売り上げを伸ばさなければならない。京都では人気のマールブランシュも、京都以外の消費者の知名度は低い。同業他社との激戦のなかで、次第に遠隔地のスタッフは疲弊していったという。

「遠隔地の店舗の店長やスタッフは孤独です。ロマンライフの本社よりも百貨店の担当者とのコミュニケーションが密になり、彼らが実質的な上司になります。そのような環境では、当然、会社への帰属意識も薄くなる。私もできるだけ現場に通っていたが、1人で戦わせてしまっていることに心が痛んだ。自分の目が行き届く京都府内に比べると、遠隔地のスタッフは離職率も高かった」と河内社長は話す。

河内社長が各地の百貨店に店舗視察に行くと、スタッフに元気がなく、明らかに疲弊の色が見られるようになった。スタッフのモチベーションが下がるとともに、業績も振るわなくなった。

――このまま全国に出店を続けていいのだろうか。

拡大へと突き進んできた河内社長に迷いが生じる。もともと長く続く会社が少ない菓子業界で、このまま百貨店内の競争に巻き込まれ、従業員が疲弊していては、ブランドを守り続けられないのではないかという危機感が生まれた。一方で、長く続いているブランドとして、三重・伊勢の赤福、北海道の六花亭など、地域に根差している企業の存在に気が付いた。

「ブランドが続かなければ、社員もお客様も不幸になる。このまま突き進んだ先に、明るい未来を見いだせなかった。それならば、しっかり継続できる地域ブランドに戻そう」と08年に河内社長は京都限定戦略を決意した。

完全撤退まで10年かけて黒字店舗もすべて閉めた

東京の老舗百貨店への出店は、社員にとって誇りになっていた側面もある。河内社長にとっては悩んだ末の決断だったが、経営幹部は全員反対した。加えて、創業者の妻である河内社長の母親は猛反対する。

「銀座の百貨店なんて、もう二度と出せないかもしれないのに、撤退とは何事や。絶対やめたらあかん」

東京からの撤退は、田舎ブランドに落ちていくような、ネガティブな印象があったのだろう。それでも、「決断する前に徹底的に迷って悩んだ。だから決めたあとには反対に遭っても中止しようとは考えなかった」と粘り強く説得を続けた。

百貨店側との交渉も難航した。内装費を百貨店側が負担している店舗は減価償却の期間がある。また、百貨店側のスタッフがマールブランシュの制服を着て働いている店舗もあった。そういった店舗は、経営的な側面から言えば、ロマンライフは設備投資の回収リスクも、人件費をはじめとした固定費負担もない。売れる分だけ商品を卸すだけで一定の利益が見込める。経営上のリスクが皆無な中、百貨店側も、担当している社員も最後まで反対した。

マールブランシュに愛着を持ってくれていた百貨店のスタッフたちの中には、「なぜ売り上げが上がっているのに、閉店するのか」と涙を流す人もいた。フロアの中で最も売り上げを上げていた百貨店には抜けないでくれと泣きつかれもした。

閉店すると、従業員たちの働く場所がなくなる。「よかったら京都に来て一緒に働かないか」と河内社長は撤退するすべての店舗で声をかけたが、ほとんどの従業員は現地で採用していたため、大半が退職したという。

「それぞれの土地で暮らし働いてきた人が、いきなり京都に来ることは難しいだろう。どうしても当社で働きたいと思えるほどの関係性も、遠隔地の社員たちとは築けていなかった。浪花節になるが、スタッフと食事をして礼を尽くしてお別れした」と河内社長は苦い経験を振り返った。

現在展開するマールブランシュの店舗は、羽田空港と成田空港内の免税エリアを除き、すべて京都市内に集約し、全13店舗を展開。国内は京都府内に限定する方針だが、将来的に機会があれば海外には出店したいと考えている。

次ページでは、ロマンライフの好調な業績を支えるもう1本の柱、働き方改革の実例を紹介する。

1982年に洋菓子製造を始めた店(京都北山本店)。他にもジェイアール京都伊勢丹や京都高島屋など、京都府内の主要な百貨店にも出店している

▲Page Top

記事一覧