歴史探訪グループに継承される「三方よし」の精神

昨今、目覚ましい躍進を見せる伊藤忠グループ。
グループ各社には、160年前に創業した
初代・伊藤忠兵衛による近江商人の
「三方よし」の精神が今も色濃く息づいている。
160年の時を超えて、初代の精神は
如何に継承されてきたのか――。
伊藤忠グループの一体感を生む
精神の秘密に迫る。

伊藤忠躍進の背景に
創業者の精神あり

伊藤忠商事の創業は、安政5(1858)年、初代・伊藤忠兵衛が滋賀県豊郷村で麻布の持ち下り商を始めたことに遡る。以来、同社は、三菱や三井といった財閥系に並ぶ商社にまで成長を遂げてきた。そして、2015年度にはついに業界ナンバーワンの座にも就いている。

こうした好調の背景にあるのが、忠兵衛の商いに対する哲学と精神だ。忠兵衛は信心深い人物で、商いを通じた社会貢献を提唱していた。その精神は「三方よし」という言葉によく言い表されている。

三方よしとは、忠兵衛の出身地である近江の商人たちの経営哲学で、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という考え方を表したもの。売り手と買い手とがウィンウィンになる関係を目指しながら、かつ商人は仕事をする地域のためにも貢献するべきという考えである。これは、現代CSR(企業の社会的責任)の源流とも言うべき精神で、忠兵衛は、160年も前に実践していたのだ。

また、忠兵衛は「地主の足跡は田畑の肥料となる」を座右の銘に掲げ、今で言う現場主義を唱えた他、「仕事」「仲間」「地域」の三つに惚れよとした「三惚れ主義」、稼がせてもらった土地が将来的に発展するように貢献すべきとする「陰徳善事」など、今に通用する多くの教訓も残している。

初代 伊藤忠兵衛
(1842-1903)
15歳の時に麻布の「持ち下り」商いを始め、明治5(1872)年に大阪で呉服太物商「紅忠」を創立。店の純利益を本家・店積立・店員に均等に配分する「利益三分主義」や会議制度の導入など、経営における革新性と慈悲の心は、今に色濃く受け継がれている。
初代の意思を引き継ぐ二代目忠兵衛が定めた「遺訓五箇条」。ここにある価値観が伊藤忠グループの礎となり、その精神が現在の経営陣にも脈々と受け継がれている。

「三方よし」の理念を継承し
さらなる発展を期す

伊藤忠商事は、創業者のDNAを社員全員に共有するため、2003年から創業地である近江(滋賀県)での研修を始めた。初代が暮らした豊郷を訪問し、創業者ゆかりの地をめぐることでその精神を各自の五感で感じてもらうというものだった。

現在では、忠兵衛が三方よしの精神を最初に実践した者だという誇りをグループ全体の求心力にすべく、この創業地訪問は伊藤忠グループ内の経営者から新入社員まで参加が広がっている。

創業地訪問の研修は、初代・忠兵衛の甥である古川鉄治郎が私財の7割を投じて建てた陰徳善事の象徴とも言える豊郷小学校の訪問に始まる。

そして、初代が生活していた頃の姿を残す旧邸(伊藤忠兵衛記念館)で往時の質素倹約と創意工夫の精神を学び、初代の石碑が建つ「くれなゐ園」などを訪ねた後、再び旧邸の仏間に参加者が集まって振り返りを行うという。

そこでは、参加者全員が研修の感想を発表し合い、全員で初代の精神を共有する。一日の間に行われるこの研修を通して、自分たちが伊藤忠グループの一員であり、伊藤忠グループの歴史をつなぐ一員であることを実感するのだ。

めまぐるしくビジネスの環境が変化する今も、創業時の精神は、伊藤忠グループに脈々と受け継がれている。

伊藤忠兵衛記念館の前に並ぶグループ各社の新入社員。研修では、豊郷と同じく湖東商人発祥の地であり、白壁と船板塀の商人屋敷が当時のまま残された五個荘を訪れ、近江商人の質素な食事なども体験する。忠兵衛をはじめ、江戸末期から明治時代にかけて繊維業の基礎を築いた湖東商人だったが、勤勉、倹約、正直、堅実の心を常に持ち続けていたと言う。
研修後、伊藤忠兵衛記念館の一室で参加者一人ひとりが創業者ゆかりの地をめぐった感想を述べている様子。創業者の理念を参加者全員が一人ひとり自らにつなげる貴重な瞬間である。

創業者の理念を体得することで
伊藤忠グループは進化し続ける