渡辺真理さんがJALの多くのキーパーソンに話をうかがってきた本連載も、いよいよ最終回。最後は、前回に引き続き、JAL 運航本部 パイロットの荻政二氏と片桐潔志氏に登場いただき、JALのパイロット訓練が実際にどのように変わったのかをうかがった。また、運航の安全を最終的に背負う機長たちが、自ら取り組む新たな施策についても聞いた。

新しい基準に合わせて訓練方法も大きく改革

日本航空株式会社
運航本部 運航訓練審査企画部 定期訓練室
室長 777機長
(兼)777訓練室 飛行訓練教官
荻 政二

渡辺:前回、評価の基準が大きく変わったということをうかがいましたが、訓練方法も変わったのでしょうか。まず、従来の評価方法から教えていただけますか。

荻:訓練における評価は、すべて教官に任されていました。特にノンテクニカルスキル部分に関しては、簡単に言うと「機長らしさ」という漠然としたイメージを求めていました。

日本航空株式会社
運航本部 運航訓練審査企画部 定期訓練室
室長 777機長
(兼)777訓練室 飛行訓練教官
荻 政二

渡辺:なるほど。

荻:そのため、各教官が考える機長像がそれぞれあって、それに対してどうかという見方をされていました。学ぶ方からすると、すごく厳しい教官もいれば、優しい教官もいたし、評価すらしてくれない教官もいました。しかし、それは仕方がないことでした。なぜなら、基準が明確でなかったからです。

片桐:副操縦士はいろいろな機長と仕事をしますが、それぞれの機長の言うことが異なるわけです。もちろんそれぞれが機長としてフライトを任されている人たちなのですが、十人十色で重視する価値も違う、昔はそれでいいと言われていました。ただ、例えば「安全とは」といった漠然とした命題に対する考えをそれぞれの機長が違う言葉で語ると、副操縦士は迷ってしまいます。副操縦士は、10年ぐらいの間、さまざまな機長とフライトをしますが、そのたびに違った道場に弟子入りしているようなものなのですね。10年間の修業時代に異なる道場を渡り歩き、さまざまな価値観に触れる中で自分の「道」を創り上げていく、という感じでした。その創り上げてきた自分なりの「道」を、いよいよ機長になるときに4人の師範機長に見ていただいて、4枚のお墨付きをもらうと機長になれる、つまり自分の道場を開くことを許される、という感じでした。このやり方は決して悪いものではなく、良いところもたくさんあるのですが、少なくともこれでは運航品質が一定にはなりません。また副操縦士を修業者と捉えると、チーム形成が難しくなります。

荻:そこで、今まで自分なりの「機長らしさ」という基準で評価していた教官に、みんなで共有する新しい基準で評価するようお願いしました。ただ、あまりに変化が大きく、当初は現場の教官から大反対されることもありました。しかし、何カ月間も教官のミーティング会場を回って、その必要性やどう進めるのかを説いて、徐々に理解してもらえるようになっていきました。

日本航空株式会社
運航本部 乗員サポート部
調査役機長
片桐 潔志

日本航空株式会社
運航本部 乗員サポート部
調査役機長
片桐 潔志

渡辺:まさに、大改革ですね。私は1967年生まれで、同世代に野球界の野茂英雄さん、サッカー界の三浦知良さん、バレーの大林素子さんといったすごい方々がいらっしゃるんです。その世代のアスリートは、根性論といったそれまでの日本の壁を打ち崩すように海外に活躍の場を求め、国内では桑田真澄さんが、もっと科学的なトレーニングがあるはずと理論を探求されました。日本の法律でも1947年に施行された教育基本法は、ほぼ60年を経て2006年に全面改正されています。物事には潮目って、あるのですね。従来、重視されてきた根性や努力はベースとして必要ですが、同時にテクノロジーや情報にキャッチアップしていかなければ、どの領域でも成り立たなくなっているのは事実。安全性が第一となる業務では尚のことですよね。JALでは、それぞれのキャプテンがご自分なりのアプローチで、タイミングを逸さずに力を集結されてガラッと変わったわけですね。

片桐:そういうことです。潮目と言えば、実は偶然にもパイロットの訓練・審査について世界の基準となるICAOの要件が大改正されたのも2006年なのです。つまりその年に、現代のパイロットに求められる能力やそれに必要な訓練・審査が世界的に舵を切られたのです。しかし当時のJALはその変化についていくことができないばかりか、ほとんどの人がその大改正すら知らなかったのは恥ずかしい限りです。そのように立ち遅れていた当時のJALの訓練は、もっぱら「操縦」と「判断」でした。今で言うノンテクニカルスキルについても語られてはいましたが、先ほどからお話ししているようにそれぞれの人により内容がバラバラでした。ノンテクニカルスキルという言葉すらなかったですから。

そこで、ノンテクニカルスキルの知見を持つ人を社内で探すためにその分野の担当組織の機長に尋ねたところ、前回お話したノンテクニカルスキルの専門家の地上職を紹介されました。その人に会う前は「パイロットでもない人にわかるはずがない」と懐疑的だったのですが、みごとに良い方向に期待を裏切られました。その人はさきほどお話しした2006年のICAOの大改正のことを詳しく知っていて、私に日本の外の世界のことを語ってくれました。初対面で少し話しただけなのにもかかわらず、「これはいける!」と思いました。そして早速テキストを書いてもらうよう頼みました。「私がテクニカルスキルのテキストを書くから、あなたはノンテクニカルスキルのテキストを書いてくれ」と無茶な相談を。その人に半年かけて130ページの教材を作ってもらって、その内容を訓練に盛り込みました。

2011年にこのテキストを特に周知もせず社内のイントラネットに載せたところ、今ではパイロットの間のバイブルのようになり、すべての教官はノンテクニカルスキルの用語を駆使して指導できるようになりました。逆に言うと、その言葉を使えなければ指導ができないように変わったのです。ちなみに、そのノンテクニカルスキルの教材の執筆者は今回の私たちの対談に陪席している人なのですが、写真や名前が出るとヘッドハンティングで引き抜かれる企業リスクがあるので、この対談にはいなかったことにしてください!(笑)。

コントロールによる指導から気づきを与えるファシリテートへ

渡辺:そうなると、教官になる方々も前とは変わってきたということですか。

荻:訓練方法や言葉が整理されたので、それを使えないと教官としての仕事ができなくなりました。当然昔から優秀な教官はいて、その方が教えることで伸びた人たちもたくさんいたはずです。ただ、言葉が整理されていなかったので、そのノウハウが共有されなかった面があったと思います。そうした貴重なノウハウを含め、用語や定義を整理することで「共通言語」になったのです。一つ一つの言葉が定義されているので、その言葉を共有すると誤解なく意味も共有できる、ということです。教官がそれらの言葉を正しく使用することで、訓練効果が一気にあがりました。

渡辺:訓練が変わったことに対して、パイロットの皆さんの反応はいかがですか。

荻:私の耳に入っている限りでは、よくなったと評価してもらっています。これまでの教官は、直接教えることを主にしていました。「ここはこうするんだ」とか、「ここができていない」という指摘をして、それをできるようにしましょうという考え方です。それに対して今は、本人が「こうして良かった」「こうしたら良かった」と気づくようにファシリテートするような教え方に変わりつつあります。訓練を受ける側は、教官にこうしなさいと言われたらその場では「はい」と言いますが、必ずしも訓練効果があるかというとそうではありません。わかったふりをする人も当然いるわけです。しかし、自分で気づくとそれが経験となって次の時に役立ちます。

渡辺:おっしゃる通り、教える側からすると「こうしなさい」と言う方が楽かもしれませんが、教わる側が自分自身で気づき、獲得したものではないと、いざという時に役立ちませんよね。パイロットの方々は緊急時にはコンマ数秒で判断し、行動して人命を守る職務。より一層、判断力も技術力もご自分の一部にしておく必要があるのですね。

片桐:そうですね。とはいえ、非常に難しいところもあります。「こうしろ」「ああしろ」と言うのにも一理あって、実運航ではそうしないと危ないこともあるのです。未熟な人にいろんな経験をさせようとして許容範囲を超えてしまうと、お客さまの安全を保てないので、どうしても「こうしろ」「ああしろ」となる。そういう部分はあります。そのため、従来の教官は、どうしても相手をコントロールしようとしがちでした。するとコントロールされた相手は教官への依存性が高まり、自発性がなくなってしまいます。常に教官の顔色をうかがうようになる、ということです。

コントロールする方もその方が楽です。それをどこまで手を放して、自主性を高めながらやりたいことをやらせるか。そして、失敗をしてもその中から糧を見つけてもらうということが大きな課題だったのです。そのためには、シミュレーターがどうしても必要です。従来のシミュレーター訓練では、エンジンが故障したらどう操縦するといった昔ながらのテクニカル訓練ばかりをやっていたのですが、それをやめ、シナリオ化して困難な道のりをどんどん与え、テクニカルスキルもノンテクニカルスキルも駆使してチームとしてどう乗り越えていくか、というような内容に変えていきました。

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