SDGsは、各国が自らの発展だけでなく、国際社会として取り組む人類全体の目標であって、日本も国際貢献を続けている。そんな中で、SDGsの達成のためには、民間企業が持つ資金や技術、ノウハウに対する期待が大きく、それは企業のビジネスチャンスにもなっている。それがよくわかるのが、国内紛争の解決にも道筋をつけつつ、経済成長を加速させている新興国フィリピンだ。

そのフィリピンを今年3月、池上彰さんが訪問した。SDGsの達成にビジネスチャンスを見いだす日本企業2社の取り組みを取材するとともに、平和構築から人々の生活の向上に歩みだそうとするミンダナオ暫定自治政府のムラド首相との対談を行った。第3回ではその内容をリポートする。

マニラの町にきれいで安全な水インフラをつくる
マイニラッド社

2019年3月、マニラでは16百万人の水瓶であるダムの水位が史上最低位に近づきつつありました。甚大な水不足が懸念される中、マニラ首都圏のうち東地区では断水が起きて喫緊の事態に陥っていました。

原因の一つは、水のインフラ整備の遅れ。今回の断水問題では、西地区で上下水道事業を運営しているマイニラッド社が、一時的に東地区に対する給水支援を行っています。マイニラッド社は、マニラ首都圏の上下水道事業が東地区と西地区に分割民営化された際、西地区に位置する17市区において事業を行う権利を、2037年まで付与されています。

マイニラッド社が運営する西地区での上水普及率は2006年に78%、そのうち24時間給水率は僅か32%で水道インフラ整備は十分と言えず、マニラ首都圏の住民は十分な上水サービスを受けられていませんでしたが、2018年には上水普及率は94%、24時間給水率は98%まで改善しています。

マイニラッド社取締役も兼務する丸紅フィリピン会社の平岡雅人さん

コンセッション(事業権の付与)という形で、取水・浄水から送配水、集水・下水処理した水を河川に流すまでのフルサービス事業を、ポルトガル、ブラジル、チリで手がけてきた日本の大手総合商社丸紅は、2013年にマイニラッド社に出資しました。アジアではじめてフィリピンに進出することになった経緯について、マイニラッド社取締役も兼務する丸紅フィリピン会社の平岡雅人さんはこう説明します。

「フィリピンのマニラは、アジアでは珍しくコンセッション制度が早い時期に整備され、当社は1997年の最初の民営化入札にも参加しました。その後も参画の機会をうかがっていましたが、2012年にJICAの協力準備調査(PPPインフラ事業)の活用を契機に、マイニラッド社を調査した結果、2013年に同社に出資することに決めたのです。2017年にはプロジェクトを推進するため、JICAとの間で融資契約を締結しました。」

マイニラッド社プログラムマネジメント部所属(当時)の池田大助さん

マイニラッド社の管轄エリアの水道インフラの最大の課題は漏水。水道管から水を抜きとる盗水も少なくないといいます。

「現在の無収水率(漏水や盗水によって、配水段階で失われる割合。ここでは浄水場出口を基準としたものを指す)は約40%にもなります。下水道普及率も低く、20%弱。マイニラッド社では2027年までに無収水率を20%まで減らし、下水道の普及率を2037年までには100%にする目標を立て、整備に取り組んでいます」と、丸紅からマイニラッド社に出向して技術部門を担当する池田大助さんは話します。

高度な漏水検知技術で無収水率20%を目指す

では、どうやってその野心的な目標を達成するのでしょうか。まずは上水道、無収水率の改善から見ていきましょう。マイニラッド社は『マニラ首都圏西地区上水道無収水対策事業』を進めています。2017年のJICAとの融資契約は、この事業のためのものでした。

「丸紅と横浜ウォーター、丸紅の100%子会社であるポルトガルのAGS社と共同で、AGS社が保有する管路管理システムのパイロット事業に取り組みました。管路に設置したセンサーからのデータを解析し、漏水発生とその場所をリアルタイムで検知し、どの管路をどの順番で修繕するのが最も効率的か優先順位付けを行うというもの。現在、本システムの本格導入をマイニラッド社内で検討しているところです」(池田さん)

シンプルに考えると、すべての上水道管を漏水せず盗水もされない最新のものに交換すれば済むわけですね。ただし、それには膨大なコストがかかります。

「それをしっかり行ったのがかつての日本ですが、それは政府の補助金があったからできたことなのです。マニラ首都圏は事情が異なり、上下水道の料金収入で整備を進める必要があります。また、地域によって水質等の原水事情や地形・地層が異なり、造水・送水のコストが違うという事情もあります。国ごとに規制も異なることから、東京の無収水率3%と同レベルを目指すのがいいのかというとそうではなく、たとえばチリなどでは15%が理想だと言われていますし、ポルトガルでは20%以下を推奨しています」と平岡さん。目指すべき無収水率は、国、そして地域の事情によって異なるわけですね。

様々なツールを使った上水道管の漏水個所の特定作業のデモンストレーション。
上水道管の太さや、埋設されている深さなどによってツールを使い分ける

大統領の号令、「マニラ湾を泳げる海にしよう」

下水道の整備もなかなか深刻な問題です。「世界三大夕日」の名所のひとつとして知られるマニラ湾は、確かに夕日は美しいのですが、近づくと悪臭が鼻をつきます。またフィリピンにはボラカイ島という美しい海と浜辺で知られるリゾート地がありますが、ここも、海水汚染が原因で閉鎖されていた時期がありました。理由は、下水処理施設の不足です。

「ボラカイ島では、観光客の増加により十分な下水処理施設をもたないホテルや飲食店などの施設が増え汚水が直接海に流れ込むことから、大腸菌の含有率がかなり高くなっていました。マニラ湾は、下水普及率の低さによる生活排水の流入だけでなく、飲食の汚水や家畜のし尿も流れ込むことから、さらにひどい状況です。ドゥテルテ大統領は遅くとも7年以内に人が泳げる状態にしたいと言っています。マイニラッド社では下水普及率を向上させるプロジェクトを推進し、環境問題に関わる啓蒙活動を通じてマニラに住む人々を巻き込みながら、きれいな海を取り戻すための努力を続けています」と、平岡さんは話します。

思い返せば、日本の東京湾も汚染されていた時期がありました。実は、現在のマニラの下水道の普及率は、1970年代の東京のそれとほぼ同じなのだそうです。東京湾が現在の状態になるまでに時間がかかったように、マニラ湾がきれいになるまでには時間が必要でしょう。

大切なのは地域住民とのコミュニケーション

現在マイニラッド社は、JICAの円借款による「環境開発事業」を活用して、下水処理施設の建設を進めていますが、高い目標を達成するために乗り越えなくてはならない課題は数多くあります。

そのうちの一つが、お金。インフラ整備のための資金の大部分を、水の利用者(消費者)から徴収する上下水道料金でまかなっているため、設備の操業効率を上げながら、消費者に納得してもらえる料金を、監督機関と相談しながら決めていかなくてはなりません。

こうした事業を進める上で大事なのは「お互いをリスペクトする気持ち」と平岡さんは言います。

「フィリピンに限った話ではありませんが、消費者、そして監督機関としっかりコミュニケーションを図っていくことが非常に重要と考えています。上下水道料金については、当社の事業体を含めた3者が納得することが必要です。監督官庁は無収水率などで高い目標を歓迎しますが、そのためには料金を上げる必要があり、消費者は容易に受け入れてはくれません。お互いの立場を理解して歩み寄ることですね」

マイニラッド社財務部所属の倉田滋彦さん

このためマイニラッド社では、消費者であるマニラに住む人々と積極的に交流しています。そのひとつが、衛生的な水環境の啓発。マイニラッド社財務部で上下水道設備の建設に必要な資金調達を行う傍ら、そうした地域衛生活動をサポートしているのが、丸紅から出向している倉田滋彦さんです。

「水回りが不衛生だと蚊が発生して、デング熱などの重い感染症を引き起こしやすいのです。主に貧困層の人たちが住むエリアを回り、生活環境を整えることの大切さを伝えています」

マイニラッド社の取り組みは、SDGsの17の目標のうちの主に6番「安全な水とトイレをみんなに」を達成しようとするものです。丸紅では、社を挙げてSDGsに取り組んでおり、同社の「サステナブル・デベロップメント・レポート」にもマイニラッド社の取り組みを記載しています。また、上水がきれいになり下水が適切に処理されるようになれば、生活環境の質が高まるため、そこで暮らす人の健康状態は確実によくなります。水ビジネスの展開は、目標の3番『すべての人に健康と福祉を』にも貢献するのですね。

マイニラッド社のみなさんは今日もマニラの水インフラの整備に取り組んでいる

JICAが支援する社会インフラ事業
メトロマニラ立体交差、マニラの都市環境と経済発展に貢献

17の市町からなるマニラ首都圏では、1990年から2015年の25年間で人口が795万人から1288万人へと約1.6倍に増加しました。この人口増にあわせて5つの環状道路を整備するなどの対応がなされてきましたが、西にマニラ湾、東に山岳地帯という地理的制限があるうえ、経済成長に伴う自動車の増加もあって交通渋滞は解消されず、これが経済活動に莫大な損失を与えています。1日あたり24億ペソ(約60億円)という現在の交通費用(交通に起因する社会的損失)が、何もしなければ2030年には60億ペソ(約150億円)にまで膨らんでしまうという試算は、YouTubeなどを通じて、住民にも広く告知されています。

この深刻な交通渋滞の解決のため、JICAはさまざまな形で支援を行ってきました。たとえば、マニラで最も交通量の多いエドサ通り(環状4号線)と、アヤラ通りが交わる立体交差は、JICAの支援によって2000年に完成しました。こうした取り組みは、SDGsの11番の目標「住み続けられるまちづくりを」に貢献するものです。

エドサ通りにJICAの支援によって完成した立体交差

「エドサ通りの交通量は2015年に一日当たり約24万台にまで膨らみ、これは東京都心の環七通り・環八通りといった主要道路の交通量に比較しても4~5倍に匹敵する水準です。立体交差が建設されたものの、予想以上に自動車の数が増えているので、最近はその効果を実感できにくくなってきました」とJICAフィリピン事務所の柴田渥史駐在員は話す。

道路交通への依存度を下げるため、鉄道の整備も進んでいます。マニラ首都圏地下鉄や南北通勤鉄道等の整備には円借款が活用されており、工事には三井住友建設や清水建設などが関わる予定です。また基幹通りであるエドサ通りを走るMRT3号線の抜本的な修繕には住友商事や三菱重工が参画しており、市民の期待が高まっています。質の高いインフラを途上国に提供することは、日本企業にとって大きなビジネスチャンスなのです。

鉄道網が整理され、定刻運行が定着すればモーダルシフトが進み、道路の渋滞が解消するかというと、それでもなおフィリピンの経済成長のスピードには追いつかず、車の流入量は増えていくだろうと予想されています。今後は、ハード面の整備だけでなく、交通管制の仕組みを整える、鉄道沿線に住宅街を開発するなど、多面的な対策が重要になってくるでしょう。

フィリピンで腎臓病を患う人たちに低たんぱく米を届ける 
バイオテックジャパン