フィリピンで腎臓病を患う人たちに低たんぱく米を届ける
バイオテックジャパン

米どころである新潟県阿賀野市に本社を置くバイオテックジャパンは、低たんぱく米の製造販売で国内トップシェアを誇る会社です。社長を務める江川清貞さんが1994年に設立しました。低たんぱく米とは、主に腎臓に疾患を抱える人向けに開発された食品。たんぱく質の含有量が通常の米よりも抑えられているため、腎臓への負担が少ないという利点があります。同社は、植物性乳酸菌のはたらきに注目、それまでにはない味のよい低たんぱく米を開発し、売り上げを大きく伸ばしました。

「会社の設立当初から、植物性乳酸菌による発酵によって、食品に付加価値をつけることを考えていました。たとえばお漬物は、乳酸菌による発酵で野菜がおいしくなりますよね。いろいろ試行錯誤した結果、低たんぱく米を開発することにしました。乳酸菌でたんぱく質を除去しながら、味をよくすることができると考えたのです」と、江川さんは経緯を話します。思惑通り、同社の低たんぱく米は、そのおいしさが受けて日本国内でのシェアを順調に拡大していきました。

バイオテックジャパンがマニラ近郊に開設したオフィス

販売を始めてから10年ほど経ったころ、江川さんは国内市場が飽和しつつあると感じ、海外展開を考え始めます。まず、注目したのがフィリピンでした。

「進出するならアジア、それもフィリピンだと思いました。フィリピン人の英語はわかりやすく、私でも意思疎通ができると思ったからです。現地の人達と直接コミュニケーションをとれることが第一ですから。それにフィリピン人はお米が大好き。調査でフィリピンにきて、残りの人生をかけて事業を展開するならフィリピンだと思いました。リサーチの結果、糖尿病も増えていて、人口の約10%がり患することがわかり、当社の低たんぱく米がそうした方々の健康のために貢献できると思いました」と江川さんは同国を選んだ理由を明かします。

初めての海外進出に悪戦苦闘

ともあれ、江川さんにとって海外市場を開拓するのはこれが初めて。2014年、右も左も分からないままフィリピンに乗り込み、奮闘を始めます。

「海外進出の鉄則は、現地で優れたビジネスパートナーを見つけることといいますよね。ですからフィリピンで事業を始めるぞと決めてから、つてはなかったですが、飛込みで行政・研究機関・現地企業をたくさん回りました。10社じゃとてもきかないくらいですよ。」と、江川さんは苦労の日々を振り返ります。

バイオテックジャパンの江川清貞社長。2015年にフィリピンにマンションを購入し、夫人とともに移住した

フィリピンのビジネス慣習に合わせるため、生活パターンも一変しました。日本では最近あまり見られなくなってきましたが、フィリピンではパートナーになりそうなビジネスオーナーとのミーティングの後、ゴルフに行き、さらにその後は接待というコースがまだ多いとか。どこまでもつき合ってはじめて信用してもらえるという商慣習なのでしょう。

「腹を据えて、フィリピンでビジネスをやるというところを見せないと相手にしてもらえません。5年くらいで日本に帰ってしまうビジネスマン同様、腰掛け程度に見られてしまうのです」(江川さん)

こうして1年ほど、独自にパートナーとしてPhilRiceを見つけるも、江川さんはなかなか突破口を見つけられずにいました。そんなとき、江川さんは国際協力機構(JICA)に中小企業海外展開支援事業という制度があることを知ります。独自にリサーチしている間、常に現地の情報が信頼できるかどうか不安だった江川さんは、JICAの情報の精度が高く、サポートも手厚いことから、支援事業に応募することにしました。

江川さんは言います。「JICAの審査プロセス自体がビジネスプランの構築に非常に役立ちました。事業計画書を提出し、それに対するコメントが戻ってというやり取りを繰り返すたびにターゲット(市場)が明確になっていきました。1年間のリサーチでビジネスのツボは自分なりにわかっていましたので、審査プロセスのなかで手ごたえを感じるようになりました」

こうしてバイオテックがフィリピンで行う腎臓病患者向けの低たんぱく米の普及・実証事業は、2014年にJICAの支援事業に採択され(期間は2016年1月から2年間)、2015年4月には現地法人を設立、事業は一気に加速していくことになります。

国立の研究機関と連携して低たんぱく米をローカライズ

フィリピンでの低たんぱく米の開発に本格的に着手した当初、日本との違いを感じることも多かったようです。

「一番違うのは、米です。当社が日本で培ってきた技術は短粒米、ジャポニカと呼ばれる米に適しているのですが、こちらの米は長粒米で、それを乳酸菌で除たんぱくしようとすると、ぼろぼろになってしまうんです。それが最大のハードルでした」(江川さん)

そこで頼ったのが、JICAが技術協力のカウンターパートとして長年にわたり関係を構築していたフィリピン国立稲研究所(PhilRice)でした。PhilRiceはバイオテックジャパンの求めに応じて、乳酸発酵に適したフィリピン米を選び出します。そこから、たんぱくを除去しても形状が崩れず、味のよいものを選び出しました。また、日本米を食べ慣れた富裕層はねばりけのある米飯を、そうでない人はパラパラした米飯を好む傾向があることから、ねばりけの調整にも工夫を重ねました。

フィリピンの工場では、現地の一流大学を卒業したスタッフが開発に取り組んでいる

次のステップは、その低たんぱく米をどうやって、腎臓病のフィリピンの人においしく食べてもらうのかです。今度は、国立食品栄養研究所(FNRI)の扉を叩き、低たんぱく食事療法を評価してもらうと同時に、低たんぱく米を使った食事療法のガイドラインとレシピを作りました。そこまでJICAの事業として足場を固める一方で、江川さんはまずは、低たんぱく米ではない米の販売をフィリピンで始めます。

なぜ、せっかく開発した低たんぱく米を後回しにしたのでしょうか。

「『低たんぱく米とは何か』という説明がどうしても必要になりますから、普及するまでに時間がかかるのです。そこで、パックを開ければ電子レンジで温めなくてもすぐに食べられる米『RICE to Go』、カロリーを30%カットした『GOHAN Lite』という商品を市場に投入し、売り上げを立てることにしました。どちらも乳酸発酵に適性の高い米で開発しました」と江川さん。本丸の低たんぱく米の市場を投入する準備を整える一方、販路開拓を着々と進めていきました。

フィリピン有数の財閥、ユーチェンコと業務提携

GOHAN Liteなど普及型の商品で実績を積んだバイオテックジャパンは、ついに2016年、低たんぱく米「ECHIGO」の販売を始めます。この商品を流通させる段階で、江川さんはJICAの底力を見ることになります。

「フィリピン有数の財閥であるユーチェンコグループから、昨年(2018年)、出資を受けることができました。当社のような小さな会社がユーチェンコの出資を受けられた理由は、JICAのプロジェクトを手がけていることで信用力が高まったからに他なりません。フィリピンでは、JICAという名称が、日本の大手企業よりもよく知られています。特に、高い地位にある人ほどJICAをよく知っています」という江川さんは、JICAの協力に感謝しているといいます。

ユーチェンコの出資を受け、今年の9月、フィリピン北部にある米どころタルラック州で、低たんぱく米「ECHIGO」の量産工場の建設に着手します。販売部門、配送システム、食品倉庫の3つの機能を兼ね備えた現地の物流会社とも提携。苦節5年、バイオテックジャパンのフィリピンでの低たんぱく米ビジネスはいよいよ本格始動することになりそうです。

フィリピンで販売されているお米のパック商品。左奥から、パックを開ければ電子レンジで温めなくてもすぐに食べられる「RICE to Go」、電子レンジで温めて食べる「Insta RICE」、カロリーを30%カットした「GOHAN Lite』、低たんぱく米の「ECHIGO」

「将来は、得意の乳酸菌の技術を使い、田んぼの土壌改良に取り組み、おいしい米作りにも挑戦したいと思っています。田んぼに水を流すときに乳酸菌を点滴のようにぽたぽたと流すと土壌菌の組成が変わるんですよ。そうすると、とても根が強く張るようになり、照りの強い夏でも水をしっかり吸えるし、強風が吹いても倒れくい。そうして米の生産性を高めるとともに、加工品も手がけたいと思っています」という江川さん。目標は、生産から加工まで、お米の一大バリューチェーンを築くことといいます。

バイオテックジャパンの取り組みは、SDGsの3番の目標「すべての人に健康と福祉を」に貢献するものです。また、タルラックの工場が稼働し、地域の農家から安定して米を買い付けるようになれば、1番「貧困層をなくそう」にも役立つと考えられます。江川さんは当初からSDGsを意識したわけではないとのことですが、フィリピンに貢献したいとの思いから、同社の取り組みが結果的に、SDGsの1番や3番に合致したわけです。これからはSDGsに向き合う意思を表明することが、現地パートナーと良い関係を築いていくうえで有効にはたらくのではないでしょうか。

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