50年の戦乱を経て、バンサモロ暫定自治政府が発足
平和を構築するために何が求められるのか

対談
バンサモロ暫定自治政府首相、
モロ・イスラム解放戦線議長 ムラド・イブラヒム氏
×
池上 彰

フィリピンが今後も経済発展を続けるうえで重要な鍵を握るのが、ミンダナオ島の平和構築といわれています。この地域では1970年以降、自治を求めるイスラム系住民を中心としたグループとフィリピン政府との間で武力紛争が繰り返されてきました。しかし、2014年に「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)と政府の間で和平合意に至ると、2018年7月にバンサモロ基本法が成立し、2019年1月と2月に行われた住民投票の結果、ミンダナオに新たな自治政府が2022年に設立されることになりました。

JICAは和平合意に至る前から、自治政府が発足することを念頭に置いてさまざまな支援を続けてきました。MILFや関連組織と連携しながら、行政能力の向上や開発計画の策定、地場産業の育成など、平和構築に向けた取り組みを粘り強く後押ししてきたといいます。

2019年3月、マニラにおいて、MILF議長でもあるムラド・イブラヒム暫定自治政府首相と、池上彰さんの対談が実現しました。和平までの歩みとこれから、それを支えるJICAの貢献について聞きました。

池上 自治政府を求める戦いは1970年のモロ民族解放戦線(MNLF)の蜂起で始まりました。以降、戦いは50年近くに及んだことになります。その目的は何だったのでしょうか。

ムラド 自主独立を勝ち取ることです。我々はフィリピンからの独立を目指していたというよりも、自分たちの暮らす地域を自分たちで統治をしていくことを求めて、長く戦ってきました。私自身も1968年にフィリピン政府による虐殺キャンペーンが始まったことを受けて、まだMNLFという名前のなかった頃から活動に加わり、1972年にMNLFに参加しました。私自身は子供のころはエンジニアになりたいと考え、大学でも土木工学を学んでいましたが、この戦いに加わることは義務だと考えました

ミンダナオ暫定自治政府首相に就任したモロ・イスラム解放戦線議長 ムラド・イブラヒム氏

池上 ただ、これまで、自治を求める人たちは一枚岩ではありませんでしたね。一緒に戦ってきた仲間の中にはもっと過激な要求をする人たちもいました。それによってグループの分裂も起きています。

ムラド MNLFは1976年に当時のマルコス政権と、トリポリ合意と呼ばれる和平合意に達していますが、その和平合意の内容が十分に履行されなかったことから、1977年に再び紛争状態に突入しました。そこでグループの分裂が起きています。そのうちのひとつが私が今率いているMILFで、1982年に活動を本格化しました。トリポリ合意後も、数々の和平交渉、そして和平合意がありました。しかし、どれもやはり十分に履行されず、その都度、グループが分化してきましたし、その中には過激なグループもあります。

しかし今年の1月と2月に行われた住民投票では、90%以上の人が自治政府の設立に賛成しています。これからは、住民に支持される自治政府を実現していくことが重要だと考えています。

和平合意のため、交渉のドアは常に開けていた

池上 今回の和平への道のりには、日本政府による仲介もありました。2011年8月には日本の外務省のセッティングにより、成田空港近くのホテルで、ムラドさんと、日本に極秘来日したアキノ大統領(当時)の対話が持たれたのです。MILFとフィリピン政府のトップ会談は初めてで、ムラドさんもこのときに初めてアキノ大統領と対話されたわけですね。

ムラド あの成田会談は、今回の暫定自治政府誕生に至る道程において、大きなマイルストーンとなるものでした。その後の交渉を前進させ、よりよい成果の起点になったと考えています。日本政府、そして日本国民のみなさまの支援に非常に感謝しています。

池上 長い戦いの間、最も辛かったことは何ですか。

ムラド 多くの方が亡くなったことです。特に、1972年に当時のマルコス大統領が戒厳令を敷いたときには、戦闘が激化し、3年間で一般市民も含めた10万人以上の方が亡くなりました。

池上 一時期は自分たちを標的にしてきたフィリピン政府に対して、憎しみの気持ちはありませんか。

ムラド 私自身にはもうありません。これまで我々は我々の正義のために戦ってきました。そして、今回の和平合意には、過去にフィリピン政府が行ってきた不正義を償うプログラムの提供が含まれています。まだ憎しみを抱いている人がいるとすれば、そうしたプロセスを通じて過去の傷を癒やしていくことになるでしょう。

JICAはミンダナオ紛争影響地域において、農業や畜産などの地場産業振興や
インフラ整備、人材育成を支援している

池上 今も世界各地でさまざまな紛争が起きています。そうした紛争を解決するために一番大事なことは何だと思いますか。

ムラド 私にアドバイスできることがあるとすれば、戦いながらも、常に交渉のドアはオープンにしておくべきだということです。我々はそれを閉ざさなかったことが、今日につながっていると思っています。

平和のカギは貧困をなくすこと、それが最大のチャレンジ

池上 今後、正式な自治政府発足に向けて、そしてそれから先は、どんなことをしていかなくてはなりませんか。

ムラド イスラム教徒の多く住むミンダナオ島のバンサモロ地域は、これまでの紛争のせいで、フィリピンの中でも開発が遅れ、最も貧困率が高い地域になってしまっています。こうした地域で暮らす人々は、新しい自治政府に対して大きな期待を寄せていますが、その期待の中には、平和の定着だけでなく、経済的な発展も含まれます。そうした期待にどうやって応えていくのか、それがこれからの最大のチャレンジだと考えています。

池上 SDGsでは目標の1番に「貧困をなくそう」、16番に「平和と公正をすべての人に」という目標を掲げていますが、まさにその目標達成に向けての挑戦が始まる、ということだと思います。そしてこの目標はSDGsの基本理念の通り“誰一人として取り残さない”ように達成されなくてはなりません。そのために、具体的にはどのような取り組みを進めていきますか。

ムラド 4つの重点分野に焦点を当てています。1つは教育。長年の紛争により教育の機会を失われた人たち、特に若い世代の方たちに教育の機会を与えたいです。2つめは、保健医療サービス。自治政府の領域には島も多いので、遠隔地の人たちにも医療アクセスを届けることが重要です。3つめがそのほかの社会インフラで、たとえば水、電気などのインフラです。そして4つめは、農村地域のための、農業の生産性向上と農作物を市場につなげるための戦略です。

2018年3月、ミンダナオ島ダトゥパグラス市で行われた市場アクセス道路(Farm to Market Road)の引渡式典。この道路建設は、日本政府からの無償資金協力で実施された。式典にはマギンダナオ州知事やダトゥパグラス市長、日本大使館公使、JICAフィリピン事務所長などが出席

池上 まさに平和というプラットフォーム上で豊かになるため、4番の「質の高い教育をみんなに」、3番の「すべての人に健康と福祉を」、9番の「産業と技術革新の基盤をつくろう」という目標に向かって挑戦していくわけですね。やるべきことが山積しています。なぜ暫定自治政府設立直後のたいへんご多忙の中、今日はこのインタビューに応じてくれたのですか。

ムラド 日本政府、JICA、そして日本国民への感謝の気持ちを示したかったからです。これは、私が暫定自治政府の首相に就任して以降、海外メディアから初めて受けるインタビューです。今後も、日本政府やJICAには、特にインフラ整備の分野での支援を期待しています。JICAからはすでに調査チームを派遣してもらっていますが、ぜひこうした支援を継続してほしいと思っています。

次回、連載第4回ではアフリカにおけるSDGsの実現とビジネスの開発の両立に奮闘する日本企業を池上彰さんがリポートします。