ICT立国で「誰ひとり取り残さない教育」に挑む
さくら社

小学生が楽しく学べるソフトウエアを自分で開発したい――。そんな思いから、もとは教師だった横山験也さんが2009年に設立したのが、教育専門の出版社・さくら社です。日本国内ではこれまでに延べ約17万人の小学生が、同社のソフトで学習してきました。そして今、東部アフリカのルワンダの小学生たちも、同社のソフトで算数を学び始めています。

さくら社の算数学習ソフトで学ぶルワンダの子どもたち

ルワンダへ目を向けるきっかけとなったのは、2013年に別の企業がケニアで行ったJICAの事業。理科教師の授業能力向上と学習環境の向上を目的とした案件化調査を行っていた教育開発コンサルタントのアイリンク社からのコンタクトでした。

ケニアでの理科の授業は、先生たちにも生徒たちにも大好評。ところが帰りがけには必ず、どこの学校でも「楽しく学べる算数の教材はないか」と聞かれます。そこでアイリンク社がそうした教材を探したところ、児童を夢中にさせるソフトを制作しているさくら社にたどりついたのです。特別支援学級の担任から教師をスタートした横山さんの細やかな工夫が目に留まったのでした。

ルワンダで小学生向けの算数教材ビジネスをスタートさせたさくら社の横山験也さん

「日本では少子化が進み、学習教材の国内市場は今後縮小してくことが予想されます。アイリンク社さんからお声がかかり、海外進出を本格的に検討することにしました。東南アジアなどにはすでに教科書会社さんが進出していたので、アフリカでスタートするのがいいのではないかと考えたのです」と、横山さんは経緯を話します。

とはいえ、海外ビジネスを独力で開くのは至難の業。JICAの中小企業・SDGsビジネス支援事業に応募しますが、結果は不採択。ケニアではなく、ルワンダで再チャレンジしてもやっぱり不採択。都合3回、振られ続けてしまいます。

ルワンダの教育現場の実態を目の当たりに

どうすれば採択されるのだろう。横山さんは、JICAの勧めもあり、ルワンダで現地視察を行うことにしました。

さくら社で営業責任者を務める町田真理子さん

「行ったこともない国での事業計画では、説得力が足りなかったのでしょう。本気度を計られたのかもしれません」と、さくら社の営業責任者、町田真理子さんは振り返ります。

初めて訪れたルワンダの小学校で横山さんたちが見たのは、暗算を満足にできない子どもたちでした。

「3たす4を計算するにも、棒や丸を3つ描いて、それから4つ描いて、1から数えて7と答えを出している。足し算ではなく、数えているだけなのです。数の概念は理解しているのに、活用できないのはもったいない、これは教え方の問題だと思いました」と、横山さん。

ルワンダの子どもたちに、自社の算数教材を届けたい――その思いを強くした横山さんは、JICAの中小企業・SDGsビジネス海外展開支援事業に再び応募し、「初等算数教育へのICT活用による教育の質向上を目的とした案件化調査」(中小企業支援型、2016年4月~2017年4月)として採択されました。

ルワンダの算数塾でのテストマーケティングの様子。子どもたちが積極的に授業に参加している

案件化調査の結果は良好で、これに続き、「初等算数教育へのICT活用による教育の質向上を目的とした普及・実証事業」も採択され、2018年10月からルワンダ教育局と組んで公立小学校に向けた新たな挑戦が始まりました。

横山さんはソフトのルワンダ語化、そしてLinux対応に着手します。というのも、ルワンダの公立小学校には、マサチューセッツ工科大学の教授らが主導して進めた「One Laptop Per Child(ひとりの子どもに1台のラップトップを)」という運動によって、約25万台のノートPCが配布されているのですが、このPCのOSがLinuxだったからです。また、取り寄せたルワンダの教科書を参考に日本で使われていたソフトをカスタマイズしていきました。

「同じ算数でも、表現の方法が異なります。そこはルワンダのやり方を尊重しなくては、先生たちの自負心やプライドを傷つけてしまいます。基本はルワンダ式、そこに少し、味付けをしました」

さくら社の算数ソフトはインタラクティブな操作で楽しく学べるのが特徴。10進法を学ぶパート(上の写真)ではゴリラのイラストを使い、ルワンダの子どもたちが親しみやすいように工夫されている。不等式を学ぶパート(下の写真)では、左右の数をタッチパネル(ゲージ)で増減させると、魚の口に見立てた不等号の向きが変わる仕組み

こうして横山さんがコツコツと開発を続けた教材がルワンダの小学校に届けられました。

ルワンダの小学校の授業は先生が一方的に教えるスタイルが主流ですが、さくら社のソフトはインタラクティブ。子どもたちがマウスを使って自分で操作したり、先生がワイヤレスマウスで画面を動かしたりすると、一気に教室が活気づきます。

パソコンと算数ソフトを使ったインタラクティブな授業で教室は一気に活気づく

学習効果も上々。「1週間の集中講義の前後で、同じテストの正答率が12.6%から64.3%に上昇したケースもありました」と、町田さんは報告します。

2017年4月に終了した案件化調査に続いて、「初等算数教育へのICT活用による教育の質向上を目的とした普及・実証事業」も採択され、2018年10月から新たな挑戦が始まっています。

「算数を学ぶ楽しさ」を世界に広げる

横山さんは、JICAのプロジェクトに参加するメリットをこう語ります。

「JICAのプロジェクトと聞くと、ルワンダの政府関係者はとても協力してくれます。教育局の中にオフィスまで用意してくれました。これは当社単独ではできないことで、JICAの長年の活動の賜であると感謝しています。また、私たちは小さな企業ですが、JICAのメンバーに加わったような気持ちになり、日本を代表してビジネスを行うという自覚も芽生えました」

「質の高い教育をみんなに」はSDGsの4番目の目標ですが、横山さんはそうした目標が“誰一人取り残さない”という理念の下に掲げられていることに感銘を受けたといいます。

「私の教師時代のテーマがまさに、学習の遅れている子をどうやって取り残さないか、でした。ついてこられない子も、飽きさせずに、繰り返し教えれば、できるようになります。当社のソフトが途上国にいる教育環境に恵まれない子どもたちのお役に立てればという思いで事業に取り組んでいきます」

ルワンダで子どもたちを夢中にさせた横山さんの算数教材。アフリカの多くの子どもたちがこのソフトを心待ちにしていることでしょう。

次回の連載第5回では、JICAと日本企業が連携し、世界各国で展開している SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」の実現に向けた取り組みを紹介します。