モバイルを使ったショッピングの普及などによって、ビジネスモデルの変革を迫られる百貨店業界。そうした中、日本を代表する老舗の1社である三越伊勢丹ホールディングスは、デジタルを活用した顧客体験の変革に挑んでいる。
「デジタルトランスフォーメーションは、グループの経営戦略を支える柱の1つです。グループのビジネスをITで支援する三越伊勢丹システム・ソリューションズ(以下、IMS)にとって、最新のお客さまニーズにこたえるデジタル活用のあり方を検討することは、とても重要なテーマとなっています」とIMSの北川 竜也氏は話す。
もちろん、三越伊勢丹ホールディングスはデジタルの会社を目指しているわけではない。強みの軸は、あくまで歴史と伝統を持つ店舗にある。いつ来ても「また利用したい」と思ってもらえる体験を提供する。デジタルは、その仕掛けをつくるための1つの手法だと位置づけている。
どんなデジタルの仕掛けが必要かを知るには、日々、顧客と接する店舗販売員の声が欠かせない。そこでIMSは、顧客向け新サービスの開発に新しい手法を採り入れた。それが「スクラム」である。
スクラムとは、現場のビジネス部門と開発部門が協働し、チーム型で取り組む開発手法。プロジェクトの継続的なプロセス改善に責任を持つ「スクラムマスター」、プロジェクトのROI(費用対効果)の最大化に責任を持つ「プロダクトオーナー」など、各人の役割を明確にし、文字通りスクラムを組んで開発を進める。
このスクラムの実装を支援したのがKDDIだ。「KDDIは2013年からスクラムによる内製を進めており、知見やノウハウを豊富に持っています。自らが苦労した経験を基に、私たちの変革をリードするパートナーになってくれると考えました」と北川氏は述べる。
スクラムでの開発に着手するに当たり、はじめに、三越伊勢丹ホールディングスのビジョンや目指すプロダクトのあり方をチーム全員で徹底的に話し合い、全員が納得した上で、変革を実現するプロダクトバックログ(やるべき仕事のリスト)を策定していった。また、スクラムの実践に当たっては、店頭での接客経験を有するメンバーをプロダクトオーナーに配置。このメンバーが橋渡し役となって、店舗の意見や要望を吸い上げる形とした。
「ただ店舗の意見や要望をそのまま吸い上げれば優れたサービスを作れるかというと、そんなことはありません。常にユーザーの視点を持ち、ビジネス的なインパクトを考慮しながら、やるべき仕事に優先順位をつけることが重要です。その意味で、プロダクトオーナーには現場の課題の本質を見極める洞察力が求められます。スクラムのカギを握る役目といえるでしょう」とKDDIの和田 圭介氏は説明する。
実際、スクラムは現場と開発部門の意見のせめぎ合いの場でもある。さまざまな要望を取りまとめ、両者の落としどころを見つけるには十分な経験値が必要だ。そのためKDDIは、開発の場にも立ち会いながら、フォローやサポートを行った。
加えて、開発予算や承認の取り方、作ったサービスを税法上どう管理し、どう運用するべきかといった、資料や文献ではなかなか得られないノウハウも“伝授”しながら、最終的な自走化に向けて支援を行ったという。
IMSがスクラム開発を導入して約1年。現在は5名前後の全8チーム体制で、スクラムによるサービス開発を進行中だ。
成果の1つが、先ごろリリースしたスマートフォン用アプリである。顧客は、スマートフォンを利用して店頭イベントや接客対応サービスの事前予約が行える。「今後は段階的にではありますが、自分に合った欲しい情報や特典を受け取ることができるようになるほか、店舗を訪れる際に自分の好みや希望に応じた接客、提案を受けることが可能になります」(北川氏)。ほかにもスクラムで開発した複数のサービスのリリースが控えているといい、これにより三越伊勢丹を利用する顧客の利便性は大きく向上するだろう。
KDDIとの共創によって、デジタル時代にフィットした開発体制を短期間で確立したIMS。「新たなスクラムチームの立ち上げも予定しています。また今後は、この文化を全社に浸透させていきたい。KDDIには引き続き、きめ細かなサポートを期待しています」と北川氏は最後に語った。