「食足世平」の創業者理念を貫く新たなBCPを構築

日清食品ホールディングス

CAO 清藤 勝彦氏、総務部 リスクマネジメント室 髙橋 正和氏

日清食品ホールディングスは、東日本大震災をはじめ、度重なる災害支援を重ねてきた経験から、本格的なBCP(事業継続計画)策定に取り組んできた。2016年にはリスクマネジメント室を設置し、それまでのBCPの根本的な見直しに着手。災害時に同社が果たすべき社会的使命が強く反映された新たなBCPを作り上げた。同社がなぜこのような独自のBCPを策定するに至ったのか。その経緯について話を聞いた。

BCPの重要性を痛感した東日本大震災

髙橋 正和氏
日清食品ホールディングス 総務部 リスクマネジメント室 髙橋 正和氏

日清食品と聞いて、真っ先に浮かぶのが『カップヌードル』をはじめとする即席めんではないだろうか。お湯だけの簡便な調理で、長期保存が可能。いついかなるときでも温かく慣れ親しんだ味の食事を取ることができるため、有事の際の非常食としても高く評価されてきた。

被災地に即席めんを届けること。それは同社として最大の使命感を持って取り組んできたことである。その根底に流れているのは創業者・安藤百福氏が遺した言葉「食足世平」――すなわち「食が足りてこそ世の中が平和になる」という思いにある。創業以来、同社はこの精神を経営理念の屋台骨として守り継いできた。阪神・淡路大震災では100万食、東日本大震災では200万食を被災地に送り、給湯機能を持つキッチンカーはいくつもの避難所を訪れて温かいラーメンを被災者に届けた。

しかし、東日本大震災では、想定外の事態に直面することとなった。『日清のどん兵衛』の具材の一つ、かまぼこの製造元である福島県の協力企業が被災し、供給が一時的にストップしてしまったのだ。かまぼこなしで『日清のどん兵衛』の生産を続けるか、それとも生産を休止するか――結果的にトップの判断によって、かまぼこなしで『日清のどん兵衛』の生産は続けられた。総務部 リスクマネジメント室の髙橋正和氏はこう語る。

「自社工場が全国4カ所に分散していたことから、生産に支障が出ることは基本的にないだろうと当時は考えていました。ところが実際にこうした想定外の事態が起こり、認識を見直さなければなりませんでした。これをきっかけに始まったのがBCP策定プロジェクトです」

当初は、一般的なガイドラインからBCPの構築が進められた。BIA(ビジネスインパクト分析)に基づく主要リソースやサプライチェーン全体のボトルネックの洗い出し、RTO(目標復旧時間)やRPO(目標復旧時点)の設定――しかし、完成した分厚い行動手順書は「文書を作ることが目的化」してしまい、「緊急時に使いこなせるのか」という戸惑いの声も上がったという。

もっとシンプルで分かりやすい指針を示せないか。初動対応の訓練を重ねながら、同社はBCPのさらなる改善を図るべく、2016年にリスクマネジメント室を立ち上げた。さらに、次なるステップを目指し、社外からの協力会社を募った。そこで、同社のビジネス構造を踏まえて最も親身な提案をしたのが、KPMGコンサルティングであった。こうして2017年、同社をパートナーとして第2次BCP策定プロジェクトがスタートした。

日清食品らしさを追求し“世の中”を視野に入れたBCP

土谷 豪氏
KPMGコンサルティング シニアマネジャー 土谷 豪氏

第2次BCP策定プロジェクトの最大の目的は、創業者精神である「食足世平」を体現する“日清食品らしい”BCPを構築すること。一般的なBCPは自社被害への対応を目的にしており、有事には生産のレベルを落としながら事業を継続する方法を取る。しかし、日清食品にとってはその限りではない。

「私たちの社会的使命は、どこで災害があったとしても即席めんを届けること。つまり“世の中”という観点を踏まえた新たなBCPの構築が必要でした。さらに、商品の特性上、有事には供給が追い付かない需要過多の状況が生まれます。それでもサプライチェーンを止めることなく、経営資源を駆使することで、最大限の生産を行わなくてはなりません。こうした状況を深く理解してくれたのがKPMGコンサルティングでした」(髙橋氏)

両社はまず、現場の社員と経営層へのインタビューを重ねることで、これまでの震災対応で培った知見や課題を徹底的に引き出すことに注力した。例えば震災で後方支援を担当した社員からは、このような声が上がった。

「被災地では、馴染みの薄い新商品より、ロングセラー商品である『カップヌードル』や『日清のどん兵衛』が喜ばれます。ただし、アレルギーのことも考えると『日清のどん兵衛』でも、そばの優先度は低く考えた方がいい。被災地支援では、在庫が豊富で、多くの人に喜ばれるものをベースにするべきです」

こうしたノウハウがインタビューから掘り起こされ、集約されていった。それが結実したのが「意思決定リスト」と「有事における意思決定 虎の巻」である。

「意思決定リスト」とは、災害時に、「誰が」「何を」「いつまでに」「どのような情報を基に」意思決定する必要があるかを表組みにしてまとめたもの。有事の混乱の中で、経営陣の判断を待つことで業務が滞り、生産が止まってしまうことは避けなくてはならない。「意思決定リスト」を作ることで、経営陣の判断を仰ぐまでもなく、現場レベルで判断できることが浮き彫りになったという。

他方「有事における意思決定 虎の巻」とは、有事の意思決定を担う経営層向けに心構えを簡潔にまとめた冊子。『ISO 22320: 社会セキュリティ -緊急事態管理- 危機対応に関する要求事項』などを下地に、日清食品グループの創業者精神と経営層のミッションをひも付け、意思決定時に備えておくべき心得が書かれている。日清食品は各事業の競争力をさらに活性化させるべく、2008年に持株会社制へと移行した。創業家以外からも複数の社長が誕生する中、「意思決定のバイブル」を整備することで、各事業会社の経営層が有事にリーダーシップを発揮できるよう、意識の醸成を図ったのである。

こうして“日清食品らしさ”を追求した独自のBCPは誕生していった。同社CAO・清藤勝彦氏は当時をこう振り返る。

「特に感じたのは、マニュアルや規程だけを作っても意味がないということです。BCPの業務は日常の延長上にあるものであり、有事の際に実際に動くのは、そこで働く社員一人ひとりです。何をすべきか、実際に業務をする彼らが自分事としてイメージできなければなりませんでした」

その上で、KPMGコンサルティング シニアマネジャーの土谷豪氏は、これらの作成にあたって、シナリオベースとリソースベースというBCPのアプローチをハイブリッドさせた「サプライチェーンベース」のアプローチを採用したと語る。

「シナリオベースのアプローチとは、首都直下地震や南海トラフ地震などの具体的な災害を想定します。しかしこれは、想定外のことが起きたときに機能しなくなってしまいます。これに対してリソースベースのアプローチとは、具体的なシナリオは明記せず、『社員が出社できない』『工場が生産停止した』といった、自社の経営リソースが使えなくなった際にどのように事業を継続するかを示すものです。ただし自社だけでなく“世の中”も組み込んだ日清食品独自のBCPを構築しようとすれば、工場の稼働率や、交通状況、サプライチェーンの被災状況など、詳細な数値を入れ込んだシナリオが必要です。シナリオベースとリソースベースを組み合わせた検証を重ねていくことで、想定外の有事に対応することができます」

社会貢献のためにも絶えずBCPを見直していく

こうして一定の成果を上げることができた今でも、日清食品の挑戦は止まらない。今後は海外のサプライチェーンまで含めたリスク検証を行う、グローバルBCPを展開していく予定だと清藤氏は語る。

「当社のBCPはこれが完成形だと考えていません。リソースごとにBCPを見渡せば、まだ課題も山積しています。今後は国内の各事業会社や、テロなどに備えた海外拠点のフォローも充実させていく必要があるでしょう。大切な社員を守り、社会に貢献していくためにも、BCPを絶えず見直していきたいと考えています」

髙橋氏は、既成の概念に囚われず、“日清食品らしさ”を追求することができたのは「専門家としてナレッジを整理・提供するだけでなく、一緒に悩み、最後に計画をまとめ上げるところまで根気強く寄り添ってくれたKPMGコンサルティングの協力があってこそ」だと話す。これに対して、KPMGコンサルティング パートナーの足立桂輔氏は「私どもが1件ずつ親身にお手伝いすることは当然。日清食品のような高い使命感を持った会社のお手伝いができたことで多くの学びを得ることができましたし、さらにお返しをしていきたいです」と返答した。

「被災地支援と事業継続の両立」という難題に取り組み、BCPの新たな地平を切り拓いた日清食品。「食は人間の命を支える一番大切なもの」という創業者・安藤百福氏の思いは、今も血となり肉となって、グループ全体に脈々と受け継がれている。

土谷 豪氏

(左から)日清食品ホールディングス 総務部 リスクマネジメント室 髙橋正和氏、CAO 清藤勝彦氏、KPMGコンサルティング パートナー 足立桂輔氏、シニアマネジャー 土谷豪氏