物事の原因を突き詰めて考え
プロデュース能力が開花
1922年に創業した東京會舘の建て替えに伴い、総合ブランディングを手がけた。従来の顧客の期待を裏切ることなく、新たな世代を取り込むため「NEWCLASSICS.」をコンセプトに掲げた。2019年1月にリニューアルオープン。
「『新事業を立ち上げたい』『新たな商業施設やホテルを作りたい』『ブランド価値を深めたい』……。本当に幅広いですがブランドプロデューサーの仕事とは何か? と聞かれたら、クライアントさんの課題解決にお応えすることですね」
問題の本質はどこにあるのか、企業や商品の本来の価値は何なのかを見極め、新たなブランドを次々と生み出していく。現在、スタッフは総勢二十数名。クライアントから女性目線や女性消費者の動向について知りたいという要望が増えてきたことから、社内には女性だけで4つのチームを編成。各チームが年間7〜8つの案件を受け持つ。年間約30もの案件を抱える柴田さんだが、自身が“プロデュース”というものを手がけたきっかけが少し変わっている。
「ある会社で役員秘書をしているときにネイルサロンに興味があったので、資格をとって社長に会社をやめたいと言ったんです。すると知人にコスメブランドをやっている方がいるから、そのブランドの中で、そういう事業をやらせてもらえないかプレゼンしてみたらどうだというわけです」
まだ二十代半ば、事業の立ち上げや経営の経験もない柴田さんに当時の社長は秘めた才能を感じとり、大胆な提案を行う。
「こんな事業がやりたいというのは、もちろん頭の中にある。わからないことは経営企画室とかに話を聞いて、企画書と投下資金計画書と5カ年計画書を作って、プレゼンしました。『コンセプトはいい。投資規模は間違いない。営業の目論見としては非現実的ではない。そうすると何年で回収できるビジネスだね』となり、『やっていいよ』と。それで商品や空間を用意して、告知の準備をしてと、着々と進んでいきました」
なんだかキツネにつままれたような話だが、柴田さんは持ち前の物事の原因を突き詰めて考える能力をフル活用し、才能を一気に開花させる。その事業を成功させたのちに、もといた外食事業会社に呼び戻され、数々の人気レストランのプロデュースを手がけた。そして2004年に自らの名を掲げた事務所を設立。現在はジャンルの枠を超えた、ブランドプロデューサーになった。