
―― 新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本経済は大きなダメージを受けました。自粛要請などに対して、両社はどのような対応を行ったのでしょうか。
坂主大きく3つのことを実施しました。1つ目に、社員の健康と安全を守ることを優先し、可能な限りリモートワークに切り替えました。実は、延期になってしまったものの、東京2020の開催に合わせて、都内を中心に人の移動が制限されることを想定し、多くの部署で社内業務のリモート化を進めていたのです。感染対策はまったくの想定外でしたが、結果的に準備していたことが役立ち、リモートワーク率は80パーセントまで達しました。
2つ目として、感染対策をしっかり行った上で現場対応を行える体制をつくりました。複合機のメンテナンスやアフターサービスといった業務は、リモートでは行えません。そこでリスクの最小化に努めながら、業務の継続性を確保したのです。そして3つ目が、お客様の課題やご要望を伺いながらリモートワーク環境の導入をお勧めしたこと。今後を見据えた場合、新しい環境構築のご支援が必要だと考えたからです。
青野サイボウズの場合、事業がクラウド中心なので対応はしやすかったといえます。以前からリモートワークを導入しており、ほぼすべての社員が経験していたからです。ただし反省点も大いにあります。今回のことで、リモートワークを正しく理解できていなかったことが分かったのです。
私は古いタイプの人間なので、会議室に集まってみんなで議論するのが性に合うため、リモートワークを実践すると言いつつ、私自身はこれまで出社していました。しかしそのせいで見えないところで情報格差を生んでいたのです。この形だとリアルな会議に参加している人たちは、私の様子がよく見え、声もよく聞こえる。一方、リモートで参加している人たちは、声が聞き取りにくかったり、発言しにくかったりと、様々なところでハンディがあった。それがコロナ禍で全員がオンライン会議になったことで本当の意味で初めてフラットになりました。組織の序列とは関係なく、モニターには参加者が等しく並ぶため、若い人たちは「リモートのほうがやりやすい」と感じているようです。

坂主オンラインだと、社員間のコミュニケーションが薄くなるという指摘もありますが、何か対策はされていましたか。
青野目的に向かって効率よく会議を進められますが、雑談が入り込む余地がなくなる、と感じていました。リアルな会議では、終わった後に「さっきの話、どう思った」などと何気ない会話を交わしたり、「実はちょっと相談があるんだ」と話しかけたりして、具体的な案件が動き出すこともあります。こうした“余白”の時間は、新しいアイデアの芽となることも少なくありません。 そこで、グループウエアに雑談スペースを作成したり、社内の会議をすべて公開制にしたりして、誰でも参加できるようにするなど、工夫を凝らしています。
坂主入社1、2年目の若い社員は、社内にいれば先輩にいつでも質問できますが、オンラインだとそれが難しいようです。ある部署では、会議のときだけでなく1日中つなぎっぱなしにしておき、いつでも気軽に問いかけや雑談ができるようにしています。リアルに対面するようにはいかないとしても、一定の効果はあるようです。
―― afterコロナの価値観として「ニューノーマル」が改めて話題になっていますが、お二人はどう捉えているのでしょうか。
坂主人間は社会的な生き物であり、一緒に働いたり、集まり議論するのが好きな生き物だと思います。ニューノーマル時代は、世界レベルでの感染拡大防止、感染予防が優先され、デジタル化により作業の自動化が進みます。一方で、「人」の存在価値が以前より高くなるのではないでしょうか。人が提供する最上級のサービスと、標準化・デジタル化されたサービスの二極化が進む気がします。経営に関しては、そのバランスをどう取るかが課題になるでしょう。
青野感染予防、ソーシャルディスタンスを徹底すると、これまで当たり前だった人と会うことや、大勢の集客が前提だったビジネスのあり方が変わります。対面が減る一方で、経済、社会を動かしていくために、インターネットの利用は増えるようになるでしょう。 言い換えると、インターネットの利用価値を高められるかどうかが持続的に成長できるかの分かれ道となり、例えば飲食店などは、ネット予約とテイクアウトを使える店と、そうでない店では大きな差が出てくるし、教育も教室に集まるのではなく、オンラインが普及していくはずです。以前、テクノロジーを使いこなすには相応の知識、スキル、経験が必要でしたが、垣根がかなり下がってきているのも事実です。一歩踏み出すことができれば、違う世界が見えるのではないでしょうか。
―― 緊急事態宣言下の自粛要請では、中小企業の対応の遅れが目立ちました。ニューノーマルへの対応でも不安が指摘されていますが、その背景には何があるのでしょう。
青野各企業によって、様々な事情があると思いますが、経営者のマインドセットが時代の変化に追いついていない側面もあるかもしれません。マインドセットは「覚悟」と言い換えることもできるでしょう。今回は突然、テレワークや働き方に注目が集まりましたが、その前から変化に備えた準備を進めてきたかどうか、あるいは今回でも変化に果敢に飛び込むかどうか。そこで大きな差がついていく気がします。
坂主そういう面は確かにありますね。その一方で、中小企業には地域密着で、お客様の顔が見えることを前提に商売をしてきたところが多く、人と人の距離が近かったぶん、変化に時間がかかるという見方もできるでしょう。また業種・業態によるところも大きい。不動産業は、内覧をオンライン映像に切り替えることができますが、医療や福祉、建築の現場ではどうしても人との接点をはずせません。中小企業は、どうしても現場仕事を預かる企業の比率が高いですから。

青野共通して言えるのは、中小企業のワークフローの一部に、今も根強くアナログ業務が混在していること。判子が必要な請求書・見積もり、あるいはFAXで届く受注書の確認のためだけに出社するといったことはその一例です。いくら最新の受注システムを持っていても、紙の注文書がなければ業務フローが成り立たないという状況では、場所に縛られた業務が残る上、属人化も解消されません。
坂主おっしゃる通りで、それは間違いありません。中小企業のオフィスは仕事と仕事の間に紙、人間の関与が残されていることが多々あります。受発注書類の整理、紙に書かれているデータを手作業で入力すれば、時間がかかるし、ミスの温床にもなり、確認のための手間もかかってしまいます。他にも、経費の精算など、デジタルとデジタルの間にアナログな作業があり、現場ではそれが当たり前のこととして定着してしまっている。変化への対応が遅れてしまう大きな原因が、ここにあると思います。
―― そうした中小企業がデジタルトランスフォーメーション(デジタル変革)やデジタル化に取り組むためには、どんなアプローチが求められるのでしょうか。
青野特に中小企業の場合は、一気にデジタル化するのは、リソースや心理的なハードルもあって難しいかもしれません。ただ、デジタル化といっても、高価なシステムを導入して一気に変革する必要はありません。無料のWeb会議を使ったり、紙のFAXをデジタル化したりと、足元にできることはたくさんあります。難しく考えるのではなく、できるところから着手し、小さなことを1つずつ積み上げていくだけでも、デジタル化は進められる。考え方、マインドセットを変えることがきっかけになるはずです。そういう意味では「覚悟」以上に、「諦めない気持ち」が大切なのかもしれません。
坂主同感です。中小企業の経営者には、デジタル化を自社には時期尚早と思い込んでいたり、日常の業務に追われ、他人事として受け止めている方もまだまだいらっしゃるので、まずは自分事として認識いただくよう促す必要があります。そのためにも、「難しい」「コストがかかる」「時間や手間をかけたくない」といった業務のデジタル化に向けたハードルをいち早く取り除き、前に進んでいただくためのサポートが必要だと考えます。
青野デジタル化のハードルは、クラウド以前と以後で劇的に変わりました。以前は、サーバーとバックアップシステムを用意するだけで相応のコストがかかり、カスタマイズ、バージョンアップのたびに料金が発生していましたが、今は違います。サーバー契約、インストール、バックアップ、バージョンアップの必要はなく、セキュリティに関してもベンダー側が随時更新してくれる。以前とはケタが違うほど安価に導入でき、運用も簡単になっているので、特別な知識もほぼ必要ありません。つまり、大企業と同等のデジタルツールを容易に使える環境が揃っているのです。
坂主そうしたことに気づいている経営者の方も、確実に増えていると感じます。リコージャパンは全国にある中小企業のお客様に寄り添って課題解決のお手伝いをしていますが、今回のコロナ禍により事業継続に支障をきたす状況に置かれたことで、お客様がリモートワークの必要性を真剣に考える機会となったと思います。リモートでお客様と商談をすることがありますが、その体感を通じて、場所と時間がビジネスを制約していたことに気づいた経営者が大勢いるはずです。
青野そうした新しい一歩を踏み出そうとされている経営者の方々に「変革する覚悟」を持っていただくためにできることは何か。それが私たちに問われているのかもしれませんね。
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