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担い手が説く、事業承継の在り方

価値ある経営資源の消滅は社会的損失 第三者への事業譲渡が
生産性を高める

事業承継企画──総論

経営者の高齢化や後継者不足を背景に、事業承継問題が深刻化している。追い打ちをかけるように、中小企業の経営環境を悪化させているのが新型コロナウイルスの感染拡大だ。コロナ禍の中で、経営者はどのような事業承継の選択肢をとりうるのか。公認会計士・税理士であり、事業承継の実務を担う岸田康雄氏に話を聞いた。

岸田 康雄 氏
岸田 康雄

国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)、一級ファイナンシャル・プランニング技能士、公認会計士、税理士、中小企業診断士、宅地建物取引士。平成28年経済産業省「事業承継ガイドライン改訂小委員会」委員、日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」幹事。一橋大学大学院修了。

中小企業の課題は生産性の低さ
ビジネスのデジタル化が不可欠

 新型コロナウイルスの感染拡大により、中小企業の事業承継にはどのような変化が訪れているのか。公認会計士・税理士であり、事業承継の実務を担う岸田康雄氏は、「今後は倒産だけでなく、休廃業が増加するでしょう」と語る。

 「倒産」は債務超過で事業を止めることであり、「休廃業」は資産超過で事業を止めることを指す。つまり、堅調な業績を上げながらも自主的に事業をストップする企業が増えていくということだ。調査会社の東京商工リサーチによれば、2019年に全国で休廃業・解散した企業は約4万3000件であったところ、2020年は5万件に膨らむと推計されている。

 「新型コロナの影響で景気が悪化し、先行きが不透明になる中で、高齢者の事業意欲が低下しています。特に建設・建築・土木工事、小売店や飲食店など社長自身が身体を動かすことの多い企業の休廃業が増えそうです」

 中小企業の存続を支える政策として、税制優遇をはじめ、実質無利子無担保の緊急融資や持続化補助金が用意されている。しかし、「これらは課題を抜本的に改善するものではなく、単なる延命策に過ぎない」と岸田氏は指摘する。

 「中小企業の課題のひとつは、生産性の低さです。経営環境の変化に対応するには、IT投資によるビジネスのデジタル化が欠かせません。ところが、高齢者が経営する企業の多くはこれができない。資金力が足りず、そもそもやる気もないからです。この課題を解消するには、同業他社への事業譲渡が有力な選択肢となります」

 中小企業が減れば日本経済は衰退する、だから廃業は回避すべきという論調があるが、「それは誤解」と岸田氏は否定する。

 「『廃業』は事業そのものを終わらせることではなく、経営者が運営主体の立場から退くことを意味します。避けなければならないのは、引退と同時に価値ある経営資源を消滅させてしまうことです。経営者が引退しても、後継者や第三者に事業を承継できれば社会的損失は発生しません。つまり、経営者の大量引退が発生することは何ら問題ないのです」

 例えば、従業員10名の企業が3社あるとする(図表1)。3社が事業統合すれば、本社経費や広告宣伝費などが削減され、経営の効率化が可能となる。ねん出された資金は会計ソフトや販売管理システム、社員のグループウェア、クラウド型データベースの導入といったIT投資に充てることもできる。

 「結果として会社と経営者の数は減少しますが、雇用の数は減りません。生産性向上により、給与水準のアップも期待できるでしょう。日本の中小企業にいま求められている事業承継はこのような姿ではないでしょうか」


無形資産の承継が
事業存続を左右する

 では、他企業に譲渡できる「価値ある経営資源」とは、具体的に何を指すのか。岸田氏は次のように語る。

 「経営資源は目に見える資産と目に見えない資産に分かれます。前者はヒト・モノ・カネ、後者は無形資産を指します(図表2)。目に見える資産は替えが利きやすい半面、目に見えない資産は簡単に手に入りません。代表的なのは、営業ノウハウ、技術、信用やブランド、顧客関係です。これらは消滅すると事業の存続が危ぶまれるほど重要なものですが、ほとんどが簿外になっています。そのため、事業承継のタイミングで失ってしまうケースが非常に多い。この点を認識したうえで事業承継を推進しなければ、日本経済の損失になりかねません」

 目に見えない資産を承継するには、相応の時間と手間をかけることが欠かせない。例えば顧客関係なら、単に経営者交代のダイレクトメール(DM)を送るだけでは不十分であり、引退する経営者が後継者を伴い挨拶に回ることが望ましい。岸田氏が支援したケースでは、対面のあいさつを行った場合の顧客引き継ぎ成功率は約60%。一方、DMだけの場合は15%にまで落ち込むという。


事業承継は社会貢献
日本経済に望ましい選択

 事業承継を決意した場合、誰に相談すればいいのか。財産の承継を伴う親族内の承継なら、税理士が主な相談先となる。相続人間の調整の際は弁護士の出番もあるだろう。一方、第三者への譲渡であればまずは相手探しから始めなければならない。自力でのマッチングは容易ではなく、情報力に優れる仲介業者や地域金融機関に相談するのが一般的だ。

 「まずは行政の支援サービスを利用する手もあります。47都道府県に設置されている事業引継ぎ支援センターを通じて譲渡先を探すことができ、会計士や銀行OBなど事業承継の経験を持つ専門家を紹介してもらうこともできます。専門家へ支払う費用は高額になりがちなため、中小企業庁による『経営資源引継ぎ補助金』の活用も検討するといいでしょう」

 行政、民間、いずれも一長一短ありそうだが、並行して相談してみるのもいいかもしれない。最後に、事業承継を考える経営者に向けて岸田氏よりメッセージをいただいた。

 「後継者がいない、あるいは譲渡先が見つからないなど、事業承継を進めるには厳しい現実があるかもしれません。しかし、長い年月をかけて築いてきた経営資源を失うことは、日本経済の損失にほかなりません。事業承継は社会貢献の一環と考え、あきらめずに道を探ってほしいと思います。ご自身はもちろん、従業員やその家族、地域の顧客、ひいては日本経済にとってぜひ望ましい選択をしてください」