日経ビジネス電子版スペシャル

財務指標に表れない新時代の企業価値|ニューノーマル時代の成長戦略 ~新たな長期的価値の創造~

ニューノーマル時代の成長戦略 ~新たな長期的価値の創造~財務指標に表れない新時代の企業価値

新型コロナウィルスの感染拡大で大きく変容した世界。
「ニューノーマル」の時代に企業やビジネスパーソンはどう適応し、成長戦略を描いていくのか。
日本を代表する大手企業トップ、著名有識者がライブで本音を語り、視聴者の質問にも答える、
「日経ビジネスLIVE」のWebセミナー(ウェビナー)シリーズ。
今回は「財務指標に表れない新時代の企業価値」をテーマに開催された議論の模様をレポートする。

こちらの動画でWebセミナーの全編を
ご視聴いただけます。

(2020年8月18日開催)

コロナ禍で変わった企業を見る目 コロナ禍で変わった企業を見る目

近年、投資家が企業を見る目に変化が出ていて、コロナ禍でそれが加速しているようだ。投資家の立場にあるコモンズ投信の渋澤健氏は、「企業の役割は、プロフィットの最大化だけでなく、価値の最大化も目指すことだ」と提言。収益力は財務諸表にはっきり出るが、「収益力が発揮できる背景には、競争力、経営力、(利害関係者との)対話力、企業文化といった非財務的価値がある。この見えない価値が今後ますます重視される」と説明した。渋澤氏によれば、これを端的に言えば「人」に尽きるのだが、バランスシートには表れず、人件費は損益計算書の費用になってしまっている。あたかも企業の最大の財産・価値である「人」が無駄のように表現されている。「これからはこういう見えない価値を重視して投資しようと訴えたい」と語った。

人の重要性についてエーザイの柳良平氏も同意する。「特にESGの重要性がますます大きくなっている。コロナ禍で、株主資本主義からステークホルダー資本主義へと重点が急速に移っている。企業としては、きれいごとと片付けられがちなESGの価値を極力数値化して伝える説明責任がある」という。

EY Japanの瀧澤徳也氏は、「当社は今期からロングタームバリュー(LTV)推進室を作った。もともと、長期的な成長を追求してきたが、その知見をクライアントにも提供するのが目的。実際、コロナの現状にもかかわらず問い合わせが増えている。自分自身、会計士だから分かるが、今までの会計は企業の過去を表示するだけ。未来について科学的・統計的に情報提供できないかと考えている」と企業の価値を長期的に判断する重要性を指摘した。

「見えない価値」を解明した快挙 「見えない価値」を解明した快挙

日本企業の「ESG経営」とか「人が大事」といった主張と、世界の投資家が要求するROEや資本コストは相反する関係なのか。実は今回のセミナーに先立つ8月12日に、この企業の見えない価値を数値化する画期的な試みが柳氏の所属するエーザイから発表された。しかも同社の統合報告書としての正式な開示である。それによれば、健康診断受診率や女性管理職比率などESG(環境・社会・ガバナンス)に関わるKPI(重要業績評価指標)88種を選び出し、過去12年分、合わせて1088件を抽出し、過去28年分のPBRとの関係を重回帰分析で調べたという。PBRとは、会社の時価総額が純資産の何倍かを見る指標だ。1企業が統計学的な有意差を持って、こうした結論を導き出し開示したのは世界初と柳氏は胸を張る。

この調査から、エーザイでは「人件費投入が1割増えると5年後のPBRが13.8%向上」、「女性管理職の比率が1割改善すると、7年後のPBRが2.4%増加」といった具合に興味深い結果を発表した。「ESG経営」を数値で証明したわけだ。「人件費・研究開発費は会計上は費用ですが、むしろ投資として捉え、5年、10年後に企業価値を生むと考えるべき」と柳氏。ちなみにエーザイの2019年度の営業利益は1255億円だったが、柳氏の言うように人件費・研究開発費を足し戻した“ESGの営業利益”という尺度で見れば、3678億円になる。すると、エーザイの現在のPBRが4倍というのも決して割高ではないことがわかる。

瀧澤氏は、監査法人としての立場から、「エーザイの今回の取り組みは、1企業の成果とは思えないほど大きな意義がある。今後の課題として、数字を出したからには検証が必要になる。ESGの価値を測る基準がいくつも出ており、今後さらに増えてくるだろうが、基準の乱立は問題になる。現行のIFRSでさえ成立までに何十年もかかったことを考えると、本基準はさらに大きな努力が必要」と今後の課題を挙げた。この点について柳氏は、「将来的に非財務情報についてしっかりとした国際統一基準ができ、EYさんのような監査法人が担保するのが理想」と今後の国際的な基準づくりに期待を込めた。瀧澤氏も「統一基準づくりは簡単ではないが、監査側は制度設計に協力すべき。ぜひ世の利便性を高めたい」と応じた。

日本企業のPBR2倍も十分射程に 日本企業のPBR2倍も十分射程に

柳氏は、「PBRは米企業3倍、英企業2倍なのに日本企業は1倍が相場。優秀な人が多いといわれる銀行・商社でも軒並み1倍割れ。人材の大きな価値が市場で評価されていない。これでいいのか」と疑問を呈する。これを受けて渋澤氏は、「1倍割れとは、財務的価値を割り込んでいる。つまり見えない価値がマイナスということ。投資家から『働いている人が価値を生んでいない』と見られているようなもので、市場からのかなり強烈なメッセージ」と指摘する。だからこそ、きちんと投資家との対話を繰り返し、見えない価値を可視化していかねばならないと渋澤氏。その意味でも、今後、エーザイのような見えない価値の可視化が日本企業の突破口になってくるだろう。

視聴者へのメッセージとして、柳氏は、「見えない価値の見える化を進めるには、まずその意義が社内に浸透しないといけない。それもCEOのコミットメントが大切。国力からいえば、日本企業はPBR2倍もおかしくないし、ESGの価値を具現化できれば日経平均4万円も射程に入ってくる」と訴えた。渋澤氏は「未来を信じる力を持ってほしい。未来は見えない価値と同じ。未来には価値があると信じるから長期投資につながる」と提言した。長期的視点の重要性については瀧澤氏も「コロナ禍で今を生き抜くことで精一杯かもしれないが、北極星のような長期的目標を定め、とにかく一歩目を踏み出してほしい」と日本企業にエールを送った。

動画を観る