日経ビジネス電子版 SPECIAL

生活者インターフェース市場の出現と可能性

Takram代表 田川欣哉氏 / 博報堂エグゼクティブマーケティングディレクター 土屋亮氏

デザイン思考など、イノベーションの手法が急速に浸透しているが、そうした手法に則るだけでイノベーションを起こすことはできるのだろうか。デザインエンジニアとしてハードからソフトまで精通し、企業の新製品や新サービスの設計に関わるTakram代表の田川欣哉氏と、マーケティング視点で企業のイノベーションを支援する博報堂エグゼクティブマーケティングディレクター土屋亮氏の対談を通して解き明かす。

いま、イノベーションを起こすために必要なこと

インターネットの発達により、
デザインが注目されるようになった

Takram代表 田川欣哉氏
Takram代表 田川欣哉

土屋 かつては経営や事業におけるリーダーシップを身につけることが重視されていましたが、昨今は、ビジネススクールより、デザインスクールやアートスクールが注目されています。近年、デザインが注目されることをどのようにお考えでしょうか。

田川 やはりインターネットの影響でしょう。これまではマーケティングの4P (プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)が重視されていましたが、ネットやスマホのサービスでは使い勝手が問われます。ユーザーに「使いづらい」と思われた瞬間にユーザーが移動し、収益も移動してしまう。この使い勝手を左右するのがUI(ユーザーインターフェース)やUX(ユーザー体験)のデザインということだと思います。

土屋 我々の調査でも、多くのカテゴリーで生活者が既存の製品の機能や効果に満足していることが分かっています。モノからコトへの流れの中で、製造業はサービス化を進め、「売り切りモデル」から脱皮しようとしています。製品の機能では、競合との差がなくなり、ブランドと生活者が繋がる時代においてUIが重視されるのはよく分かります。

田川 ネットサービスに限らず、家電製品などもユーザーは比較サイトで検討し、メーカーのカタログを信じなくなっています。生活者のニーズに応えているのか分かるようになったので、企業はごまかせなくなりました。生活者にきちんと向かい合い、生活レベルまで入り込まないと勝負できなくなっています。SNSなどによる口コミも無視できなくなりました。

同時に、ハードでもスマホがインターフェースになることが増え、システムと人間の間を取り持つためのデザインが必須となっています。

デザイン思考は万能ではなく、
1つのツールである

博報堂エグゼクティブマーケティングディレクター 土屋亮氏
博報堂 エグゼクティブマーケティングディレクター 土屋亮

土屋 多くの企業がデザイン思考を取り入れるようになり、生活者を観察し、アイデアを出して、プロトタイピングしていく方式が一般化しています。一方で、デザイン思考は生活者の潜在的不満を起点にしており、問題解決には良いですが、イノベーションに繋がるのか疑問があります。生活者は既存の製品やサービスに満足しており、むしろ、生活を変える新しい問いが求められているように感じます。

田川 仰る通り、デザイン思考は問いを立てるのには適していません。デザイン思考は「インタラクションデザイン」、つまり、ソフトウェアシステムを人間向けに最適化する手法を、ビジネス向けに汎化させることで発展してきました。そのため、デザイン思考が強力に威力を発揮するのは、例えば、ソフトウェアやサービスの複雑な仕組みを人間が使いこなせるようにする場合です。逆に適用先を誤るとまったく効果の出ないパターンもあります。デザイン思考は万能ではなく、1つのツールと考える人が増えてきました。

土屋 田川さんは、イノベーションを起こすためには「BTC型人材」が必要だと仰っていますね。Bはビジネス、Tはテクノロジーで、Cはクリエイティビティ。3つの視点でデザインするというお話をお伺いして、BTCそれぞれを司る組織が協力して、新しい商品やサービスを作ろうとする時にデザイン思考は効果を発揮すると感じました。

田川 そうですね。サイロ化の進んだ大企業病を罹っている企業の治療薬のひとつとして使える場合があります。人間中心思考は、従来の組織中心思考を根底からひっくり返すパラダイムシフトです。これまで生産者から消費者まで商品設計の流れの中に、人間性は排除されていました。メーカーは最終ユーザーを見ずに、流通の意見を聞いてモノを作り、流通は売りやすいモノを売ろうとする。

人間中心のデザイン経営で成功している企業は、ダイソンでもテスラでも、ユーザーとつながるチャネルを持っています。日本企業でもデザイン経営を取り入れようとすれば、ユーザーと直接やりとりのできる環境の構築が重要となります。大変ですし、時間もかかりますが、それがイノベーションへの条件の1つのように思います。

ビジネス×テクノロジー×クリエイティビティの
視点がイノベーションの鍵

土屋 企業のビジョンと生活者のニーズ、どちらがイノベーションの起点になるとお考えですか。

田川 うまくいくならどちらでもいいと思います。企業の中に、ターゲットユーザーに憑依できるような天才的なビジョナリーがいる場合、ユーザー観察などをしなくても答えが分かってしまう場合があります。一方で、そういった人材がいなければ、ユーザーを丁寧に見ていかないと、的外れのプロダクトを作ってしまう危険があります。

土屋 私は最近、ブランドパーパスに注目しています。どの企業も創業時は、なぜその事業を行うか考えたはずです。製造業の使命ではありますが、目の前の製品を磨き続けてもイノベーションになりません。ブランドパーパスを「第二創業」ととらえ、その事業が生活者にとってどんな意味があるか問い直すことで、必然的に事業がアップデートされると思います。

田川 企業や事業の目的が明確になると、例えば、採用も変わってきます。単に偏差値順に採用するのではなく、目的にかなった人材を採用しますし、応募する側も自分の人生の目的を考えるようになる。競争が高度化する中で、アップルやグーグルのように、絶えず「自社らしさ」で判断していくカルチャーが重要になります。

Takram代表 田川欣哉氏 / 博報堂エグゼクティブマーケティングディレクター 土屋亮氏

土屋 ブランドパーパスは、We視点であるというのも面白い見方です。イノベーションは、生活者側から考えるだけでなく、自分たちがやりたいことだけをやるのでもなく、社会と調和した目的に合致したところが起点になるということです。

技術シーズではなく、ブランドパーパスを起点にすることで、日本企業はこれまでの常識、つまり、その技術や組織から解放されるのではないでしょうか。価値づくりを組織内に留めず、We視点で生活者や協働企業に開いていくことで、日本企業はイノベーションカンパニーに進化すると考えています。

田川さんは日本企業がイノベーションカンパニーに進化するには、どんなことが必要になるとお考えでしょうか。

田川 少なくとも分業とサイロ化はイノベーションの敵です。企業は組織でものを考えますから、一般的には技術的なシーズを元に、バケツリレーのように階層の間を受け渡されて商品化していきます。バケツリレーをしている間に、少しずつずれていって、結局スイートスポットから外れたところに着地してしまう。

一方、人間中心のデザインでは、組織に関係なく仕事を進め、プロダクトやサービスの形が定まった後に、体制が追い付いてきて機能が分化する。その意味ではデザインが重要な役割を担ってきますが、デザイン中心のアプローチだけでイノベーションが起きるほど甘いものではありません。やはり、ビジネスとテクノロジーの「目利き」が必要で、彼らがユーザーと接することが大事です。ユーザーの声を聞きながら、BTCの3方向から話し合うことで、新しいチャンスの発見につながるのです。それがイノベーションカンパニーへの鍵になると思います。

土屋 確かに、企業の組織は効率的に仕事をこなすために設計されているため、自己保存欲求が働いています。イノベーションは、組織の前提を壊して、BTC領域の人材が協力し、生活者と接しながら事業の意味をアップデートすることなのだと思います。どうもありがとうございました。

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