新しいくすりが創る、これからの暮らし_Vol.2 次世代医療はこう変わる!
一人ひとりに適した「個別化予防・医療」への挑戦
山本 雅之 氏
東北大学
東北メディカル・メガバンク機構 機構長
東北大学大学院医学系研究科 教授
蟹瀬 誠一 氏
ジャーナリスト/キャスター
明治大学 国際日本学部 教授/
外交政策センター 理事
新しいくすりが創る、これからの暮らし_Vol.2 次世代医療はこう変わる!
一人ひとりに適した「個別化予防・医療」への挑戦
山本 雅之 氏
東北大学
東北メディカル・メガバンク機構 機構長
東北大学大学院医学系研究科 教授
蟹瀬 誠一 氏
ジャーナリスト/キャスター
明治大学 国際日本学部 教授/
外交政策センター 理事

Vol.1  次世代医療はどうなる? 一人ひとりに適した「個別化予防・医療」への挑戦
Vol.2  次世代医療はこう変わる! 一人ひとりに適した「個別化予防・医療」への挑戦
Vol.1  次世代医療はどうなる? 一人ひとりに適した「個別化予防・医療」への挑戦
Vol.2  次世代医療はこう変わる! 一人ひとりに適した「個別化予防・医療」への挑戦

次世代医療の要となる「個別化予防」「個別化医療」に取り組む東北大学 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は、健康な人の参加を募り、長期間追跡してデータを収集するという研究手法をとっている。それは、どのように次世代医療に生かされるのだろうか。さらに、収集されたデータはバイオバンクに保管され、製薬企業はそのデータをもとに新薬の開発が可能になるという。同機構長の山本雅之氏とジャーナリストの蟹瀬誠一氏の対話を通して、次世代医療の姿がみえてきた。

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が取り組むコホート調査とは?

蟹瀬 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は、「個別化予防」「個別化医療」の実現を目的につくられたとうかがいました。

山本 「個別化予防」を推進するためには、「病気になる前」あるいは「病気になりたて」の時の身体の状態を知ることが重要です。個々の患者さんへの聞き取りでは「病気になる前」の一般の健康な人を数万

人という規模で集めます。その時は皆さんお元気なのですが、しばらく追跡していると、様々な病気の発症がみられるようになります。そういう人の「病気になる前」「病気になりたて」「病気になった後」のデータを収集するわけです。このような時間軸で前向きに追いかけていく研究を、前向きコホート調査と呼んでいます。コホートというのは、古代ローマ帝国陸軍の単位で、集団を表します。

 「病気になる前」あるいは「病気になりたて」のデータからは、本格的な発症前の微小な兆候を探すことが可能です。また、病気にならなかった人のデータからは、予防法を解明することができるでしょう。そして、「病気になった後」のデータには、重症化や合併症を抑制するヒントが隠されています。

 生体試料や検査データは、参加登録時、5年後、10年後というように経年的に収集します。そして、それを保管して利用できる施設としてバイオバンクも設置しました。多因子疾患の成り立ちを明らかにし、予防法や治療法を開発するためには、前向きコホート調査とバイオバンクの設置が必須だと思いました(図1)。

 実現される次世代医療のイメージですが、例えば「いまの生活をしていると認知症になる確率は75%です」というような、リスクスコアを聞いてみたいと思われませんか?

蟹瀬 知りたいような、知らないほうがいいような、そんな感じです。

山本 もう治らない、あるいは生活習慣の改善で克服できない遺伝因子を持っている、ということなら知りたくはないですよね。ところが、生活を変えれば発症を遅らせることができるとしたら、いかがでしょうか?

蟹瀬 それは、やはり聞いておいたほうがいいですね。

山本 そういう学問が非常に進んでおり、多因子疾患のリスクを評価するために、複数の遺伝情報を扱うポリジェニックリスクスコアをはじめ、疾患発症リスクがある程度正確に調べられる時代になってきています。タバコを吸わなければ大丈夫とか、食塩摂取量をここまで抑えれば大丈夫ということで乗り切れるような、そうした「個別化予防」を実現するためには、疾患発症リスクを正確に割り出す必要があり、その際にToMMoのデータが役立ちます。

蟹瀬 ToMMoでは、一般成人を対象とした「地域住民コホート調査」において宮城県で5万人、岩手県で3万人の合計約8万人の参加を得ています。また、「三世代コホート調査」では宮城県内の妊婦2万人、その子ども2万人、子どもの父親、祖父母、兄姉などの家族3万人の合計約7万人の参加を得ることができたとのことですが、これはどのような調査なのでしょうか?

山本 「三世代コホート調査」を行う理由、特に、出生前後からのデータを集めている理由の一つは、胎児期や生後すぐの環境が発育後の病気へのかかりやすさに影響している、というDOHaD仮説にあります。この仮説の根拠となっていることの一つは、ナチス占領下の西オランダで飢餓を経験した母親から生まれた子どもたちが成人後、高い確率で糖尿病や高血圧の生活習慣病を発症し、さらに孫の世代にまで健康上の問題が認められた、という報告(Painter RC, et al. BJOG 2008; 115: 1243-1249)です。震災当時の宮城県の妊婦さんたちは大きなストレスにさらされており、そうした影響も懸念されますので、今後のご家族の健康状態を注意深く観察したいと考えています。このような大規模な「三世代コホート調査」を実施しているところは世界的にも例がなく、その意味でも注目されています。

日本人のゲノム解析の重要性と開かれた組織の有用性

蟹瀬 ToMMoでは、これまでにどのような成果が上がっているのでしょうか?

山本 大きな仕事の一つとして、参加者の全ゲノム情報(DNAのすべての遺伝情報)を決定する作業を行っており、現在までに約8,000人分が終了しています。そのデータと外国人のデータを比べてみると、日本人は外国人と驚くほどゲノムに違いがあることがわかりました。

蟹瀬 それほど差があるのですか?

山本 大きく違うのです。ですから、日本人に対して米国や欧州のデータをもとに医療を行うのは、適切ではない可能性があります。

蟹瀬 そこは重要なポイントですね。

山本 東アジアの中でも日本人、中国人、韓国人はそれぞれゲノムが異なるので、日本人に適した「個別化予防」「個別化医療」を行うには、日本人のゲノムを精密に決定することが必要です。

蟹瀬 ToMMoの存在意義はそこにもあるわけですね。テクノロジーも進歩していますから、タイミングとしてもよかったのでしょうね。

山本 私たちの研究にはコンピュータやAI(人工知能)、ゲノムを解析する機器などの進歩が大きく寄与しています。ToMMoをつくったことで、それをさらに生かせるような新しいテクノロジーの登場も期待されます。実は、私たちはゲノム解析を低コストで実施するために、2014年に「ジャポニカアレイ(R)」というツールを開発しており、これは日本人のゲノム解析に適した仕様になっています。

蟹瀬  ただ単に研究を行うのではなく、誰もが「個別化予防」「個別化医療」の恩恵を受けられるような取り組みをされているわけですね。

山本 まさにその通りで、個々の研究発表も重要なことですが、私たちはToMMoによって、日本の学術研究の底上げを図り、同時に日本の製薬業界や情報産業、機器業界などの産業振興にも役に立ちたいと考えています。自分たちの研究のためだけにデータを使うと、次の人はまた最初から始めなければなりません。新しいアイデアがひらめいたり、新しい研究手法を生み出したりした時に、ToMMoのバイオバンクを使ってすぐに試すことができる、そういう広く開放的な組織でありたいと思っています。

蟹瀬氏(左)にToMMo内の設備を説明する山本氏。

製薬業界との連携による新薬創出への期待

蟹瀬 新薬メーカーなど、研究開発志向型の製薬会社の業界団体である日本製薬工業協会(製薬協)とToMMoとの連携協定が、2020年1月末に締結されましたが、それは製薬業界の今後の方向性と、ToMMoが掲げる理念が一致しているからでしょうか?

山本 はい、製薬協では、「個別化予防」「個別化医療」に向けた創薬への取り組みを始めています。製薬協内に遠隔セキュリティエリアがつくられ、試験的にToMMoが保有するデータの閲覧が行われていますが、連携協定後、本格的な利活用が進むものと思われます。また、製薬協の傘下企業の皆さんがToMMoのスーパーコンピュータからゲノム情報を取り出して解析できるようなトレーニングもToMMo内で行っています(図2)。

 ToMMoのデータを使えば、薬の効き目が高いグループと低いグループ、副作用が出やすいグループなどに層別化できるため、一人ひとりに効果のある薬の探索や開発に有用です。患者さんは自分のゲノム情報をお薬手帳などに記載しておき、医師にみせると自分に適した薬が処方される。私は、そんな未来像を思い描いています。

蟹瀬 ビジネスの世界と有機的につながっていることがToMMoの特長の一つであり、特に製薬協との連携は「個別化予防」「個別化医療」を大きく前進させ、労働人口の増加、医療費の抑制にもつながる重要な取り組みだと考えられます。日本の次世代医療に大きく期待したいと思います。ありがとうございました。

※このページの取材日は、2020年2月19日