ニューノーマル時代の経営戦略

危機後の大再編時代に備えて
好機をとらえる海外M&A戦略

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、世界は先の見えない経済危機に突入した。多くの企業は大幅な業績下落に備えて、経費を抑え、投資を控える傾向にある。ただ、危機から回復に向かう局面は、同時にM&Aの好機でもある。海外M&A成功のポイントについて、KPMG FASの岡田光代表取締役パートナーに聞いた。

KPMG FAS 代表取締役パートナー 岡田 光 氏
KPMG FAS
代表取締役パートナー
岡田 光

危機時に起こる優勝劣敗と産業再編

大幅な景気後退は企業の優勝劣敗を加速させる。これは市場経済における一つの摂理である。米国では、過去3回の景気後退で、10業種の上位4分の1に属する企業の株価は平均6%上昇したのに対して、下位4分の1の株価は44%下落したという。「景気後退は、陳腐化したビジネスモデルや業界構造を破壊する傾向があります。しかしそうした中でも、景気回復を見据えた投資や技術革新の活発化ができる企業は、大きな成長を手にします。次の一手を模索し続け、守りから攻めに素早く転じることが重要です」と岡田氏は語る。海外M&Aについても同様で、「日本企業にとって、景気の底が見え始めた時期から回復に転じるまでの約半年間が、10年に一度のM&Aの好機」と言う。

とくに欧米の場合、業績悪化で経営者が交代すると、戦略の練り直しとともに事業ポートフォリオを見直す企業が多い。例えば、成長分野への投資をより加速させるために、ノンコアとなった事業を売却して資金を捻出する場合もある。また、買収が引き金となり、一部のビジネスがスピンアウトされることもあり得る。こうして売りに出される事業の中には、日本企業にとっては優良なM&Aターゲットとなる事業も少なくない。

※参照:The Economist 2020年3月28日記事

海外M&A成功のカギ

ではこうしたチャンスを生かすためには何が必要か。「具体的には、的確なターゲット選定、スピード、そしてグローバル人材の3つ」だと岡田氏は言う。

岡田氏が最初にあげたのは、的確なターゲット選定である。M&Aで失敗とされるのは、シナジー効果の発現が期待を下回ることだ。その原因としては、これまで“高値掴み”と“PMI(買収後の経営統合)のまずさ”があげられてきた。しかし近年、もともとシナジー効果が期待できそうにない会社を買収する失敗、いわゆる“ターゲットの選定ミス”も起きている。的確なターゲット選定には、ターゲットの外部要因(属する業界の市場成長性・競争環境など)と内部要因(技術や機能、顧客、市場アクセス、ビジネスモデル、経営資源など)を十分確認する必要がある。「本当にターゲットの事業が買主の事業戦略と結びつき、シナジー効果を期待できるのか、入念に検証し、定量化することが必須です」と岡田氏は言う。

次に重要と指摘するのが「スピード」である。2008〜09年のリーマンショック時もそうであったが、危機時から回復初期におけるM&Aには、とにかくスピードが求められる。「いわゆるファイアセール(資金繰りのための資産売却)の状況下では、売主は、多少条件が劣後していてもディールを速く進めてくれる買主との交渉を優先することが重要。その後、景気が底を打ち回復期に入れば金融市場も強気に転じるので、買収価格は上昇し始めます。時間をかけすぎると、買主には不利な展開となるおそれがあります」(岡田氏)。

こうした中で、必要な手続きを確実に踏みながらも、M&Aプロセスをスピーディーに進めるのに役立つのが、「M&Aプレーブック」を作成することだと岡田氏は言う。M&Aプレーブックとは、自社のM&A成功のために、事前に確認しなければならない事項や、実施すべき手続き、承認時にクリアされなければならない条件/基準などを定めたM&Aの実施ガイド。いわば、M&Aの“勝利の方程式”をまとめた手順書である。

M&Aプレーブックには、通常、以下を例にした重要事項が含まれる。

  • M&Aの位置づけ(事業戦略との整合性)
  • 買収価格・条件の判断基準/交渉目線
  • 買収後の経営人材の条件、リテンション、入替え条件
  • シナジー効果のために自社が提供できる貢献材料(技術・ノウハウ、ネットワーク、ツールなど)とその効果測定
  • 公正な評価の仕組みと報酬制度
  • 対象会社のガバナンスに関する方針
  • 業績把握やリスク管理のシステム・制度

「M&A案件が始まり日々のハンドリングに追われる前に、検討の枠組みを決めておくことで、案件実行時にスピーディーな対応ができます。自社における過去の海外M&Aの成功事例、失敗事例を振り返って、自社なりのプレーブックを作り上げることが有効です」と岡田氏は言う。

さらに、大きな課題ととらえているのがグローバル人材である。「買収後も、買収企業の現経営者をそのまま留任させるケースも多くあります。しかし、現経営者がそれまで保持してきた経営の裁量権をそう簡単に手放そうとせず、買主の買収目的や事業戦略に沿った経営に十分協力しないこともあります」。

背景には、グローバル経営人材の獲得競争で日本企業が劣後している現状がある。「現経営者に対しては、買主の買収目的や事業戦略への理解を求め、共通の目標に対してコミットメントを得なければなりません。そして、十分な成果が認められない時には、迅速に次の体制を敷く必要があります。その行動力の源泉となるのが、経営能力に優れたグローバル人材を惹きつけることができる能力です」(岡田氏)。

海外M&Aの好機が到来

KPMG FASは、M&Aのプロフェッショナルとして、案件のソーシングからクロージング、PMIに至るまで、M&Aに関する実務を総合的に支援するサービスを提供している。世界147カ国で会計監査、税務、アドバイザリーを3つの柱とする事業を展開するKPMGインターナショナルのメンバーファームとしてM&Aのプロジェクトマネジメントに積極的にコミットし、クライアント企業が成功にたどり着けるように専門性の高い人材が支援している。

最後に岡田氏は、「COVID-19の影響で世界経済の先行きが不透明であることから、足元で世界のM&Aは減速しています。しかし、今後は優良企業買収の絶好のチャンスが訪れます。とくに日本企業は、財務面で安定感のある会社も多いので、交渉を優位に進められるはずです。今から来るべき海外M&Aの好機に備える意味は大きいでしょう」と語った。