社会環境の変化、デジタル技術の進化に伴い、世界的に小売業に大きな変革が起きている。超高齢社会や人口減など日本ならではの変化をとらえつつ、米国での先進事例などを参考に次世代小売業「Retail 2.0」にチャレンジしているのが、イオングループのU.S.M.H(ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス)である。同社の取り組みは他の小売業だけでなく、日本企業のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)化にとって参考となるモデルケースだ。これまでのマジョリティを対象にしたビジネスから、お客さま一人ひとりに向き合ったビジネスへと変革していくために、どのようにDXを活用・進化させていくのか。3人のキーパーソンに取材した。

「お客さま一人ひとりを深く知ることが、
成長へのカギ」

イオン株式会社 代表執行役副社長 兼
ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社
代表取締役社長
藤田 元宏 氏

DXは、様々な業界で構造変革を促しており、スーパーマーケット業界も例外ではない。ネット通販の普及、オンラインのフードデリバリーの拡大などにより、「食品を購入する場」としてのスーパーマーケットの存在意義が問われている。イオン代表執行役副社長であり、首都圏にスーパーマーケット事業を展開するU.S.M.Hの代表取締役社長を兼務する藤田元宏氏は、「今の若年層にとって、食品を購入する場はドラッグストアやネット通販だったりします。『食品を買うのはスーパーマーケット』という公式はもはや通用しません」と危機感を募らせる。

これから生き残っていくために、スーパーマーケットはどこへ向かっていくのだろうか。藤田氏は「“食品を小売する事業”から“お客さまとの対話と交流を重視する事業”に変わっていくものと考えています」と話す。「買い物をするだけでなく、お店に行くと発見があり、楽しいコトを体験できる、新たな交流が生まれるといった、地域コミュニティの中心的存在として『つながり』を創造する場に変化していかなければ、今後の成長はないと思っています」

どのスーパーマーケットも創業来、「お客さま第一」を掲げてきた。その姿勢は今でも変わっていないが、「お客さまの理解の仕方はこれまでと変える必要がある」と藤田氏は話す。「仕事が終わり早く家に帰りたいお客さまも、以前は駅前のスーパーマーケットやコンビニにわざわざ立ち寄って必要な商品を購入してくれていました。でも今は違います。夜中でもネットで注文すれば翌日には商品が届くため、無理に寄り道する必要はありません。モノを所有することを欲求の最上位においた購買行動から、お客さまそれぞれの、生活の中の価値観を大切にする購買行動へとシフトしてきているのではないでしょうか。こうした変化を表すキーワードが、“顧客ニーズの多様化”であると考えています」

新しいスーパーマーケットを再構築するためには、お客さま一人ひとりの価値観を分析し、お客さま個人をもっとよく知ることが大切になると藤田氏は強調する。「スーパーマーケットには毎日、数千人のお客さまにご来店いただいています。しかし、我々とお客さまとのつながりは、モノの提供者と購入者という希薄な関係にとどまっているのが現状です。お客さまの価値観に注目し、つながりを創造するためにどうデジタル技術を活用していくか。それが私たちにとって真の意味でのDXとなります」

経営者もアンテナを高くし
現場の背中を押せるか

イオングループのマルエツ、カスミ、マックスバリュ関東の3社が2015年3月に経営統合して誕生したU.S.M.Hは、首都圏で519店舗を展開している(2020年2月現在)。統合した2015年頃はアマゾンが急伸していた時期でもあり、世界中で小売業の変革が急務と言われていた。「デジタル小売」の攻勢に、「リアル小売」はどのように対抗していくべきか。その1つの方向性がリアルとデジタルを融合したリテールの再創造だ。2018年、米国内のサンクスギビングにおける週末の買い物において、リアル店舗あるいは、デジタル店舗のみの客数に比べ、リアルとデジタルの両方で買い物をした人が圧倒的に多かったというデータもある。これを一つの事例として「リアル小売はデジタルを日常のビジネスに取り込む事で成長を確保していくことが必要だ」と藤田氏は話す。「店舗での顧客接点や、実際に店舗へ身体を運ばなければ体験できないコトがあるというのは、実店舗を構えているスーパーマーケットの大きな強みです。その一方で、超高齢社会や人口減少などにより商圏は縮小してきています。デジタルとの融合は、スーパーマーケットのビジネスから物理的な場所の制約を取り払います。ネットの世界へ商圏を広げることに加え、実店舗の商圏内で、当店にご来店頂いていないお客さまに対しても商品やサービスの提供が可能になります。オンラインとオフラインをシームレスに結び付け、新たな顧客体験を創造していくビジネスモデルが、今後の成長戦略の中核になっていくと考えています」

東京を中心に500店舗以上出店

リテールの再創造という「“解”のないテーマ」に取り組むためのポイントについて藤田氏はこう話す。「先行する米国企業に学ぶべきは、M&A含めて変革へのスピード感が非常に速いという点です。“解”がないテーマに取り組むためには、アジャイル型でトライ&エラーを短期間で繰り返していくことが必要で、経営者としては、タイムリーにその取り組みの背中を押せるかどうかが大切な分岐点になると考えています。また今の時代、新しいテクノロジーの活用に挑戦するリスクよりも、古いテクノロジーを使い続けて自社の成長を阻害することの方が、はるかに問題が大きい。経営者のITリテラシーは極めて重要で、現場任せにすることなく、常にアンテナを高くし、最新の技術情報に触れる機会を積極的に持っておかないと、技術の進化に取り残され、成長の機会も失いかねない」

“解”のないテーマとはいえ、失敗を前提に意志決定は行えない。藤田氏は「失敗から学習し、スピーディにトライ&エラーを繰り返すプロセスがより大事になる」と強調する。「こうしたプロセスを可能にするには、顧客接点や物流、人材リソースなどがデジタルで可視化されるプラットフォームの構築が欠かせません。プラットフォームをどうデザインし、利活用していくか、これからはデジタルへの取り組み方の差が、競争力の差となってあらわれてきます」

世界の大手流通業各社のDXを
支援してきた実績とノウハウは大きな魅力

U.S.M.Hの今後の成長を描く上で欠かせない、プラットフォームの構築パートナーについて藤田氏はこう語る。「私たちは未体験ゾーンに踏み込もうとしているわけですから、先行して知見を持っているパートナーは心強いですね。マイクロソフトは、Walmart や GAP、Krogerなど米国大手の流通業各社とパートナーシップを結び、各社のDX推進を支援しています。実績に基づく技術力やノウハウは、これから船出する私たちにとって大きな魅力です。また Microsoft Azure を利用することで、膨大なデータの処理や管理を効率的かつセキュアに行うことも可能ですし、AIやIoTなどのデジタル技術をクラウドサービスとして活用しDXを加速することもできます」

マイクロソフトが掲げるIntelligent Retailの姿と事例

IT投資の配分見直しも必要になると藤田氏は話す。「従来は、既存システムの維持・管理でIT投資の8割を占めていました。これではDXは進みません。これからはビジネスの改革と連動して、投資の中身も変えていくことが必要になります。U.S.M.Hにもまだレガシーなシステムが残っています。それらをマイグレーションしない限り、イノベーションはもとより人手を要するプロセスの自動化も進みません。またDXを推進する人材については、社内人材の育成と社外の人材活用の両面で進めていくことを考えています」

小売業の構造改革は固定観念との戦いでもあると藤田氏は話す。「アメリカから学んできたスーパーマーケットのチェーンストア理論に基づいて築きあげた『こうあるべき』という極めて強固な固定観念をどう突き崩していくか。机上の計算ではなく、実際に次世代店舗モデルをつくってみることが、現状を打開する第一歩になると思っています。DXによる変革は、2020年度からスタートした中期経営計画の3年間で実現しなければ、生き残ることはできないと考えています」

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小売業の常識を覆す
「Retail 2.0」
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