新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くの企業が在宅勤務を導入するなどリモートワークが急速に浸透し、日本だけでなく世界のワークプレイス戦略は大きな転換期を迎えた。各人の仕事や状況にあわせて場所を自由に選択する働き方へとシフトする中、これまで以上に生産性を高め利益を最大化させるためには、どのような空間づくりが必要なのか。オフィスやホテル、住宅の空間デザインを手がける三井デザインテックの岡村英司さんと、独立研究家・著作者の山口周さんが語り合った。

山口 周

独立研究家・著作者・パブリックスピーカー

慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ブーズ・アレン・ハミルトン、ボストン・コンサルティング・グループ、A.T.カーニーで戦略策定、文化政策、組織開発などに従事した後、独立。コーンフェリーのシニアパートナー、一橋大学経営管理研究科非常勤講師などを歴任。ビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞した『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』など著書多数。

「テレワーク」で本当に、
パフォーマンスを発揮できるか

岡村 新型コロナウイルス感染拡大により、これまでのように会社に出勤し対面で仕事をする「リアルワーク」に代わり、在宅やサテライトオフィスで仕事をする「テレワーク」を採用する企業が増えました。テレワークが急速に普及したことでワーカーの働き方はフレキシブルになったように見える一方で、「このやり方で企業は本当にパフォーマンスを発揮できるのか」といった疑問の声も上がっています。

山口 会社に毎日出勤して仕事をするこれまでの働き方に、本当に合理性や必然性があるのか。そんな疑問が生まれていますね。“集まる”ことの意味が今、問われている。

これについては、従来のインフラや枠組みを前提に「会社に行くか、行かないか」といった“オール・オア・ナッシング”で議論するのはちょっと違うと感じています。例えば、東京・丸の内に本社を置く大手企業が、100人収容できる快適なサテライトオフィスを首都圏近郊100カ所に置き、従業員の誰もが10~15分で自転車通勤できる環境を整えたらどうでしょう。ほとんどの人が「家にいるよりオフィスに行きたい」と思うのではないでしょうか。

つまり今、新しい働き方を考える時、「リアルワークかリモートワークか」といった二者択一の議論ではなく、「働き方を考える時、何が理想か」をゼロベースで考える時期が来ているのです。

岡村 オフィスデザインの現場では、「企業が大切にしているミッション(社会的使命・意義)や経営ビジョンといった見えないバリュー(価値)を共有するデザイン」が求められます。人と人、人と社会とのつながりが生み出すこうした「目に見えない価値」を共有できる“従来型ではないオフィスデザイン”は何かが今問われていて、ワーカーを結束させる“装置・しかけ”がこれまで以上に必要になると考えています。

山口 ほとんどの日本企業はコロナ以前から、ミッションやビジョンといった「(自社の持つ)価値」を従業員内外に浸透させることについて腐心してきました。

そうした目に見えない価値を正しく伝え、共有するにはどうすればいいのか。これを考える時に大切なのは、情報には2種類あると知ることです。

ひとつは「仮想空間(サイバースペース。コンピューターやネットワークの中に広がるデータ領域で、利用者が自由に情報を得たり流したりできる空間)で伝えられる情報」、もうひとつは「物理空間で集うことによって伝えられる情報」。この2つを分けて考える必要があります。

後者は、物理空間で人と人とが会って伝えられるものです。ところが今のオフィスでは、物理空間にリアルで人が集ったとしても、みなすぐにパソコンを広げて“仮想空間”に入ってしまう。そうなってしまうから、物理空間で人が集まる意味を見出せなくなっているのでしょう。

岡村 だから、「会社に行かなくてもいい」といった“会社不要論”が出てくるわけですね。

山口 リアルワークの場(物理空間)で、人は様々なことを学んできました。先輩の電話を後輩が横で聞きながら挨拶の仕方、謝り方を学ぶこともあれば、先輩が後輩の電話を聞いて問題が起きたことを察知し、指導することもあった。物理空間に人が集まることで学習が促され、価値観の共有が行われていたのです。しかし今は物理空間に人が集まってもすぐにデジタル機器を介して仮想空間に入ってしまう。

物理空間の中でしかできないことをきちんと行っているか否かは、業績に影響します。私は組織開発の仕事に長く携わった経験から、企業のフロアに入るとその部署の業績が良いか悪いか大体分かります。物理空間でしかできないことをしっかり行っている企業は、業績が良いものです。

例えば、こんな事例がありました。某メーカーの営業部門のフロアに入って組織分析をさせていただいたのですが、部署Aは毎年売り上げ達成率トップ、部署Bは毎年最下位でした。業績の良い部署Aのリーダーはフロアにいる時間が多く、一見するとサボっているようにも見えるのですが、部下が電話したり外出したりする際の表情をよく見ていたのです。部下の口調や表情からトラブル発生を読み取って「これはフォローした方がいい」とか、表情や口調に張りがある時は「波に乗っているな」とか、パソコンでは取れない情報、リアルに集っているからこそ分かる情報をしっかり取っていた。そして適切なタイミングで、「今日の営業、同行させてもらっていい?」などと部下に声をかけ、サポートして成果につなげていたわけです。これは「物理空間でないと取れない情報をしっかりと取り、伝える」ことが起きている好例でしょう。

一方、業績の悪い部署Bは、リーダー自らが飛び回って営業に出向き、部下とのやりとりは主にメールと電話でした。すると結局、仮想空間上で取れる情報しか入ってこないため状況把握が不十分で、結果、部下の指導が適切にできず業績低迷につながっていた。物理空間でないと取れない情報を拾って、そして伝える。この作業をしっかりできる人、企業が、業績を伸ばしています。

「会社に行かなくては」という義務感を
「会社に行くのが楽しい」に変える空間づくり

岡村 今、「リアルワークの場であるオフィスに何が必要か、どう変えたらいいか」という問い合わせが増えています。「withコロナ、afterコロナ」で世の中が変わりつつある今こそ、新しい働き方に見合ったオフィスが必要だという思いからでしょう。企業が社会にどう貢献したいのか、従業員との関係をどんなものにしたいのか。そこを明確にすることでオフィスの在り方が決まってくると思うのですが、この点についてはどうお考えですか。

山口 会社に行く理由とは何か。あるいは、その会社が世の中にある理由とは何か。その答えがカギだと思います。

デジタル機器の浸透で場所を問わず働くことが可能になった今、「なぜ会社に行くのか」ということに対して、理屈がつけにくい時代が来たと思うのです。「会議がある」「資料作りがある」。そういうことではなく、「何をやりたくて会社に来るのか」。なかなか答えられないですよね。現状では、様々なモノや手段が存在する世の中で、意味だけが失われていることが多い。

会社に行く理由を考えると、「働くとはどういうことか」という問いに、最後は行き着くと思うのです。その答えは、「同じ志を持つ人がいるから」ではないでしょうか。

同じ志を持つ人にはそばにいてほしいものですし、集まりたくなるものです。例えば、同じ趣味を持つ人を考えてみてください。踊ることが好きな人ならダンスサークルに入って誰かと踊りたい、演劇が好きな人なら誰かと舞台鑑賞に行きたい。同じ方向を向いて何かを目指している人となら会って話したい。そう思うのが自然でしょう。ですから「会社に行かなくてはいけない」という義務感を、「会社に行くのが楽しい」という感情に移し変えていければいいと思うのです。

ここでポイントになるのは、仕事をいくつかの軸で分けて考えることです。「目的がある活動」と「目的がない活動」という軸。もうひとつは、「1人でやるもの」と「みんなでやるもの」という軸、といった具合に。例えば、「プロジェクトの役割分担を決める会議」は、目的があってみんなでやるわけですから、会社(オフィス)に行く意味があります。一方、「新規事業のアイデアを考える」作業は、大枠の目標は決まっているけれど、外に出て“アイデアの種”になりそうなものを感じるままに探してみるといった“無目的”ともいえる作業ですから、これは1人でできますし、会社(オフィス)に行く意味はさほどありません。

こんなふうに仕事をいくつかの軸で分けて考えた時に、働く場所のオプション(選択肢)があることが重要だと思います。「会社に行って全ての作業をする」という一択だったこれまでの状況から、今後は「本社で作業する」「サテライトオフィスで作業する」「自宅で作業する」「パブリックスペースで作業する」といった複数のオプションを持つ。こうしたオプションを従業員に提供できる企業は、付加価値を生む確率が高まるのではないでしょうか。

岡村 付加価値を高めるために、三井デザインテックでも様々な空間づくりをご提案しています。従業員が快適に働いた結果、クリエーティビティー(創造性)が生まれ、付加価値が高まる。それが事業の成功、成長につながるとの考えからです。

オフィスのリノベーションは費用がかかりすぎるというお客様には、三井不動産が全国に展開する法人向け多拠点型シェアオフィス「ワークスタイリング」もあります。会員になれば自社以外にも“働く場”を持つことになり、時間や場所に縛られない自由なワークスタイルを実現できますから、生産性向上が期待できます。

2020年1月にオープンした「ワークスタイリング日本橋三井タワー」。
ブランコのある共有スペースが遊び心を刺激し、クリエーティブなアイデア創出が可能に。
(デザイン・設計・施工/三井デザインテック)

山口 会社(オフィス)以外の場所でイノベーションが生まれた例は少なくありません。米国ではシリコンバレーがイノベーションの聖地として知られていますが、日本のイノベーションの聖地は意外にも伊豆ではないかと考えています。日本で生まれた商品やサービスのアイデアのいくつかは、その企業の自社ビル(会社)の中ではなく、担当チームが伊豆の旅館で行った合宿の場で生まれたケースがあります。

なぜ本社ではないのか。新しいアイデアを生み出すといったクリエーティブな作業には、数人でワイワイガヤガヤしながら議論できる環境が適しているからです。一方で、コンセプトやアイデアを落とし込んだプラン(計画)を具現化する作業の一部は、人が集まる本社のほうがやりやすいケースもある。つまり、ワークプレイス(働く場)のオプションが複数あった方が、仕事はやりやすくなるし、面白くなると思うのです。

居心地の良い空間では生産性が向上し、
イノベーションも起きやすい

岡村 イノベーションの創出が求められる中、オフィスづくりには何が必要だとお考えですか。

山口 「居心地の良さ」がカギになると思います。何を心地良いと感じるかは人によって異なるので、業務に応じて企業が様々なワークプレイスを用意すれば、各人の生産性は向上していくでしょう。

米国西海岸では各種ドリンクを豊富に用意する企業が多いですし、東海岸では歴史ある図書館のような荘厳な雰囲気の部屋を提供する企業もあります。仕事にはプレイ(戯曲・遊び)のような側面がありますから、気分が乗りやすい場・シチュエーションをいくつか用意し、各人の業務内容に応じて使い分けてもらうのがいい。その意味では、多様なワークプレイスを提供する企業が今後増えていくのではないでしょうか。

「ワークスタイリング日本橋三井タワー」にある書斎風のミーティングスペース。
ここで働けるなら、時間を見つけて立ち寄りたくなる人も多いだろう。
(デザイン・設計・施工/三井デザインテック)

こうした動きは、通勤問題を解決する糸口にもなります。例えば、本社の沿線にある中間地点のターミナル駅にサテライトオフィスを用意し、週1~2日は在宅勤務、残りはサテライトオフィスや本社に通勤してもいい。コスト面でサテライトオフィス設置が難しいようなら、シェアオフィスを活用してもいいでしょう。

今は在宅勤務が盛んに叫ばれていますが、自宅には家族など同居人もいますし、日本では専用の書斎を持てるだけの充分なスペースを持つ世帯はそう多くない。この状況を考えると、日本の働き方改革が在宅勤務のみに依存する方向に行くことはないと思います。

岡村 イノベーションの原因の1つとされるセレンディピティー(思いがけない発見)についてはいかがでしょう。ネットワークやデジタル機器でつながっている現代であっても、イノベーションの元となるセレンディピティーは、自然発生的に始まるミーティングや偶発的な会話から生まれると言われます。リモートワークばかりが注目されますが、それでは肝心のセレンディピティーは生まれないのではないでしょうか。

山口 セレンディピティーが仮想空間で起きるかといえば、それは難しいでしょう。

先ほどの「目的がある活動」と「目的がない活動」という軸で見ると、セレンディピティーは基本的に無目的なわけです。イノベーションにつながる「ひらめき」というのは大抵、同僚や知人との何気ない会話がきっかけで起きるある種の非予定調和的な発見ですから。仮想空間での作業は基本的には「みんなでやる目的のある活動」ですから、決まったことを効率的に行うには向いていますが、発想やコンセプトを生む部分で頼ると、良い結果は生まれにくい。

もうひとつ、イノベーション創出のカギを握るのはネットワーク、人脈ですね。イノベーションが起こりやすい組織は“ネットワーク密度”が高いのです。ネットワーク密度が高いとは、縦割り組織ではなく、横断的にコミュニケーションが取りやすい組織を意味します。同じ部署内といった縦割りだけでなく、ほかの部署にも一緒にランチに行くような知り合いがいる。そうやって話を重ねるうちに、ネットワークがさらに広がっていく。こうした一見無駄に見えるコミュニケーションを通じて、稀にセレンディピティーが起きるのです。ですから、そうした場が生まれやすい環境を意図的に整えることが重要です。

オフィスをどう作るかといったハード面だけでなく、オフィスをどう使えば最大限のパフォーマンスを発揮できるかを考え、従業員の行動様式やマネジメントの在り方・意識といったソフト面を変えられるかどうかも、オフィス改革の成否を握ると思います。

岡村 その通りです。オフィス改革に当たっては、企業が目的や意図を明確に持つことが重要だと感じます。山口さんのたとえを引用するなら、ワーカーがプレイするために“気分が乗る”環境を整えるのが三井デザインテックの仕事です。そのためにも、私たちの強みである「クロスオーバーデザイン」をもとに、オフィスに行けば何かできると感じられる新しい空間づくりを提案していきたいと考えています。

銀座駅から徒歩1分という抜群の立地が魅力の「ワークスタイリング銀座」。
クラシカルで落ち着きある環境が、生産性アップの一助に。
(デザイン・設計・施工/三井デザインテック)

山口 これからの時代、企業が従業員に対して「ライフデザインを提案する」という発想も大切になってくるでしょう。従業員にどんな会社人生を歩んでほしいのか、ワークライフバランスをどうとってほしいのか。企業が描くライフデザインが魅力的であれば、それに共鳴する人材が集まってきます。

かつて私が感銘を受けた某メーカーの本社は、山梨の森の中にありました。イタリアの著名建築家が手がけたその素晴らしい社屋はまるで、自然の中に佇むアート作品のようだった。その企業の経営者は、「従業員は家族。彼らの生活と雇用を守る」という考えのもと、環境の良い山梨の森の中にオフィスを作ったそうです。こうした企業は給与といった金銭的価値だけでなく、働き方にも価値を置くミレニアル世代やZ世代といった新たな世代の人材を惹きつけるはずです。企業の競争力・付加価値の向上は、経営者がどんなライフデザインを提案するかにもかかっています。

文/國貞文隆  写真/世良武史 撮影場所/三井デザインテック本社

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