AGCは創業当時から人を重視し、その育成に努めてきた。上司や社長に対しても言いたいことを言える自由な社風を特長とし、次世代リーダーの育成には経営陣自らが時間と労力を惜しまず取り組んでいる。ポストコロナを見据え、最も生産性の高い働き方を従業員自身が選択できる環境整備を目指す一方で、社員の自主的なグループ活動で風土の醸成や継承などにも取り組んでいる。AGCの人財戦略とその取り組みについて、フリーキャスターとして多数の経営者をインタビューしてきた伊藤聡子氏がAGCの人事部門を率いる簾孝志氏に聞いた。

自由な組織づくりを目指し
リーダー像を明確化

フリーキャスター
事業創造大学院大学客員教授
伊藤 聡子氏

伊藤氏 AGCの人財戦略を支えている基本的なポリシーはどのようなものでしょうか。

簾氏 社長が平井になってからは「人財のAGC」と言っています。しかしこれまでも、先代CEOの島村は「人財で勝つ」、先々代の石村は「人は力なり」と述べているように、当社は常に人財を重視してきました。一人ひとりが豊かな個性と能力を最大限に発揮し、組織がそれを1つの方向へ生かしていくというのが、人財戦略の基本的なコンセプトです。

伊藤氏 そんな中、日本経済新聞社の「日経Smart Work大賞2021」で審査委員特別賞を受賞されました。高い評価を得られた理由は、どこにあるとお考えでしょうか。

簾氏 審査された方々のお話を伺うと、社員が生き生きと働ける自由な組織づくりが評価されたようです。当社には、相手が上司や社長であってもお互いを「さん」付けで呼ぶ文化が根づいています。派閥や学閥も一切なく、個人単位で自由に付き合っている感覚が強い会社だと思います。

AGC株式会社
常務執行役員
人事部長
簾 孝志氏
(※部署名・肩書は取材当時のものです)

伊藤氏 AGCが理想としているリーダー像とは、どのようなものですか。

簾氏 2009年に「AGCリーダーシップコンピテンシー」をまとめました。当社のリーダーに求められる資質や能力を、8つのコンピテンシーと43の行動パターンで具体的に定義したものです。各組織のリーダーには、これらの行動パターンの中から得意なものを伸ばすことでリーダーシップを磨いてもらっています。会社にとっては経営人財の育成ツールにもなっています。

伊藤氏 経営人財の育成というお話がありましたが、最近は人的資本経営の文脈からも、サクセッションプランの重要性が語られています。御社ではどのような取り組みをなさっていますか。

簾氏 当社はサクセッションプランにも早くから取り組んできました。具体的には、グローバルにある約30の重要なポストを指定し、すぐにでも代われる人財を2人、数年のうちに代われる人財を7人程度、実名でリスト化しています。毎年夏ごろに、CEO、CFO、CTOと人事部長の4人が、各カンパニーのプレジデントと2時間ほどのミーティングを行います。そこで、サクセッションプランのリストを吟味し、対象者の扱いや異動に関して詳しく検討します。ただし、このリストは公にしておらず、本人にも知らせていません。

スキルマップから
自然な人財交流が発展

伊藤氏 御社独自の人財データベース「スキルマップ」を作成されていると伺いました。その取り組みの背景や意義について教えてください。

簾氏 2010年に、まずは技術系社員のスキルマップから始めました。ガラスの成形技術や設備技術など、当社にとって重要なスキルのカテゴリーを30程度挙げ、その専門性を持つ人を自己申告と上長の承認によって登録しました。当時は5段階のレベル分けをしてリスト化しています。

スキルマップには3つの目的がありました。第1は、当社が持つ専門的な人財の数や配置、レベルなどを可視化し、全社の事業戦略に合わせて人事や採用活動などに生かすことです。第2は、社内の人財データベースとして活用することです。例えば新しい事業を立ち上げる際に、必要な人財を社内から集めるための資料として使います。第3は、コミュニケーションです。同じ専門性を持った人がお互いを認識し、組織の壁を越えて交流できる素地を作りました。縦割り組織の弊害や、組織のタコツボ化を避ける目的があったわけです。

第1と第2の目的は、リスト作りの労力に比べて成果が乏しいので多くを断念しました。今はリストへの登録を自発的に行っており、上長の承認も要りません。しかしありがたいことに、第3の目的だったコミュニケーションは大きく発展し、現在の「CNA(Cross-divisional Network Activity)」と呼ばれる活動につながっています。

CNAでは、同じ専門性を持つ人がサークルのように自由な活動をしています。技術系に限らず、人事や総務、営業などの分野にも広がり、41のカテゴリーがあります。例えば、ガラスの営業と電子の営業の人が、部門の壁を越えて自由に情報交換しています。また、研究所や工場に分散しているガラス成形の専門家たちが協力し合い、極薄のガラス素材でバレーボールを試作したような事例もあります。

経営トップが率先して
心理的安全性の確保に努力

伊藤氏 御社の社内活動としては、企業文化の醸成や継承のための「CCA(Cultivating Culture Activity)」も知られていますね。どのような経緯で始まったのでしょうか。

簾氏 2018年から始まったもので、経営トップと現場のミーティングから生まれました。「人財のAGC」に対する経営陣の意識は高く、その実現に多くの時間と労力をかけています。例えば前社長の島村は、2019年の1年間だけで国内外の40拠点を回り、現地の経営者や若手社員と120回に及ぶ対話会を行いました。CFOやCTO、私なども同様な活動をしています。

ミーティングではテーマを決めず、通訳も入れず、経営トップと何でも話してよいという場を意識的に設けています。「この会社では、社長に何を言っても変なことは起きない」というカルチャーを実感してもらい、いわゆる「心理的安全性(Psychological Safety)」を確保するためです。誰に対しても、思ったことを素直に言える組織づくりこそが会社を強くすると考えています。

こうした活動が奏功し、本社の若手社員を中心に会社と自身の将来を話し合う活動が自然に始まりました。そのうちに「社長に話を聞いてほしい」ということで、20人ほどのコアメンバーと社長、CFO、CTOが2時間ほどの意見交換を行いました。それが3回ぐらい続くと、もう2時間では足りないという話になり、鎌倉で1泊2日の合宿を行いました。2019年9月のことです。とても有意義な経験になったため、これをぜひ継続的な活動にしようという形でCCAが生まれたのです。

CCAは完全に自主的な活動ですが、就業時間中にやってもよいことになっています。ある営業拠点が中心となったメールマガジンの発行や、工場ごとに楽しみながら続けているユニークな活動など、15ほどの活動が続いています。

組織をまたぐ異動で経営人財を育成、
今後の課題は女性の活用

伊藤氏 AGCは今後、どのような人事戦略を進めていくのでしょうか。直面している課題などについて教えてください。

簾氏 今後重要になってくるのは、多彩な働き方を可能にする組織づくりです。ポストコロナのビジネス環境では、社員一人ひとりが自立して、生産性が最も高くなる働き方を自身で選択できる環境整備が大きなカギになると考えています。

当社はこれまでも、早い段階からコアタイム無しのフレックス勤務や在宅ワークを導入してきました。コロナ禍で急にテレワーク化が求められても、大きな混乱はありませんでした。もちろん、工場や生産現場はそうはいきませんので、現場の声に耳を傾けながら周到に考えていく必要があります。

また、いま当社が直面している大きな課題はダイバーシティです。特に、女性の活躍推進をしっかりと進めていかなければなりません。当社のような素材産業では、社員の大多数が技術系であったり、過酷な生産現場も多かったりするため、どうしても女性比率が低くなりがちでした。まずこれまでは女性採用比率20%を推進してきました。これからは従来とはギアチェンジをして、採用だけでなくリテンションや登用でも一層の施策強化を図っていきます。

伊藤氏 人的資本経営の潮流を確実にとらえ、CCAやCNAといったユニークな取り組みを進めていらっしゃいます。グローバルに事業を展開されるAGCの人財戦略は、今後も国内外の注目を集めていくでしょう。

伊藤 聡子(いとう さとこ)

東京女子大学文理学部英米文学科卒業、報道・情報番組でキャスターを務めたのち、NYフォーダム大学留学、事業創造大学院大学終了、MBA取得。現在は「ひるおび!」(TBS)・「ミヤネ屋」(読売テレビ)などの情報番組にコメンテーターとして出演。地域に眠る宝を見つけることがライフワークで多くの企業を取材し続けており、地方創生や企業経営などをテーマに幅広く活動、メディアや講演会で発信している。国の有識者会議の委員も務める。

※部署名・肩書は取材当時のものです

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