
コロナ禍とデジタルシフトは、企業のビジネスモデルや人々の働き方を大きく変え、地方の価値が再認識される契機となった。この変化を追い風に、地域の変革(RX=リージョナル・トランスフォーメーション)につなげるには、複眼的な視点を備えたデジタル人材の育成や活用が不可欠な上、産学官の密接な連携も大きなカギを握る。有識者3人が今後のRXのあるべき姿を語った。
時間と場所の制約が消え、
再認識される地方の価値
「地方にとって、現在は変革のチャンスです」。そう語るのは、デロイト トーマツ グループの松江英夫氏だ。その理由は、コロナ禍を通じた、ある変化だという。

デロイト トーマツ グループ
CSO(戦略担当執行役)
松江英夫氏
「リモートワーク、ワーケーションといったように、人々は時間と場所の制約から解放され、今までと異なる場所での働き方や過ごし方ができるようになりました。結果、ワークライフバランスなどの観点から、移住や就労先として、地方の価値が再認識されています。これを地域の変革(RX)に生かさない手はありません」
労働力人口の減少など、地方を巡る課題は年々深刻化している。「積極的に新しい人・モノ・カネ・情報を受け入れ、あるいはデジタルでつなぎ、地方に内在する価値をいかに高めるか。産学官でRXの取り組みが問われている」と松江氏は話す。

人口減少など年々深刻化している地方の課題解決に向け、取り組みが求められているRXの概念
多くの課題を抱えた
リアルな現場からRXは生まれる

経済産業省
地域経済産業
グループ地域企業高度化推進課
課長
荒木太郎氏
こうした意識は国も共有する。現在の社会変化を地方振興にどう生かすかを専門家らによる研究会で検討してきた経済産業省の荒木太郎氏は、RXに不可欠な要素に、地方の中堅・中小企業の存在を挙げる。
地域経済社会の振興には、その主要な担い手である中堅・中小企業の持続的な発展が欠かせない。しかし、研究会の報告では、デジタル化でビジネスモデルの変革に踏み込んで取り組む地方の企業は1割強にとどまった。
「地方の企業がデジタル変革に果敢に取り組み、イノベーティブな製品やサービスを生み出していく。そうして地域経済社会に新たな価値を創出していくことが、RXの本質ではないでしょうか」と荒木氏は問いかける。
一方、教育研究機関として、地方の現場からRXの在り方を模索する東北大学の青木孝文氏は、東日本大震災で被災した東北地方沿岸部の現状を報告。「地方には様々な価値の源泉があるが、そもそも働き手がいない。これをいかに転換していくかが出発点になる」とする。

東北大学
理事・副学長(企画戦略総括・プロボスト)
最高デジタル責任者(CDO)
青木孝文氏
例えば、水産業の現場では、労働者不足をデジタルで克服する動きが出ている。カツオをサイズごとに自動で選別したり、ホタテの不要部位をAIやロボットの働きで除去したりする省人化の取り組みが行われているという。
青木氏は「地方には課題を抱えたリアルな現場が多数あり、RXが生まれる源泉も多くあります。震災後、全国から多くの人々が集い、ソーシャルイノベーションに奔走していることも、大きな力となっています」と語る。
RXに必要なのはハイブリッドな人材
では、RXを支えるデジタル人材にはどのような適性や活用法が求められるのか。
「必要なのは、AIやテクノロジーのスキルにとどまりません」と松江氏。適性を色に例え、ビジネス/業務の知見が「青」と、テクノロジーの知見が「赤」とするなら、両方が混じった「パープル(紫)」であることが望ましいという。
複眼的な知見を持つことで、手段としてデジタルを使い、それによってビジネス/業務を変革していくことができるとし、RXの推進には「パープル人材の育成が急務」と強調する。
これに対し、人材の活用法において、青木氏も「地方産業の現場では、『イチゴ大福』モデルの構築が理想的です」とユニークな表現で応えた。
「地方ではIT人材が足りません。そこで、農業・製造業・サービス業といった現場を『大福』として、その中にIT人材という『イチゴ』が入り、双方が一体となった掛け算で新しい価値を生み出していく。松江さんの言うパープル人材と同じ効果を持ち、この『イチゴ大福人材』を増やすことがRXにつながります」(青木氏)
地方にIT専門人材が足りない、という課題に対し、荒木氏が行政の中で既に始まっている事例を挙げた。
その1つが、岩手県八幡平市の「八幡平まちの人事部」という取り組みだ。これは市が基盤となり、希望する市内企業向けに、都市部の高度なIT専門人材を採用・育成・定着させるといった人事部の機能を代行する事業である。
「中小企業では人事機能が手薄になりがちです。こうしたサービスが根付いていけば、企業は本業に専念でき、地域の競争力も厚みが増していくでしょう」と荒木氏は言う。
境界線を乗り越え、
踏み込んだ産学官の連携を
今後、RXの推進に向けては、産学官の各プレーヤーがどのような役割や連携を目指すべきか、ということも大きな課題となる。
青木氏は、大学の役割について「地域の核として、RXのプラットフォーマーの機能を積極的に果たしていくべきと考えます」と述べる。同時に、大学の機能拡張を促すような規制のあり方を再考する必要性も訴える。
「最近の大学は、東北大を含め、スマートシティのホストを担ったり、ファンドを設立したりと事業に進出しています。一方、現行ルールである単年度での損益均衡の会計原則も順守しなければならず、中長期的な事業成長を目指す上で難しいテーマになっています」(青木氏)
こうした規制を柔軟に見直すことで、大学はその地域により大きな効果をもたらすRXを主導し、さらに自らの事業も成長させていく好循環が起こせるようになるという。
産学官の一層の連携の重要性を述べたのは、荒木氏だ。デジタル化の進む社会において、社会課題に対するアプローチの手法も変化させる必要がある。データ活用を推進し、より緻密な個別最適のアプローチを具現化していくことが求められるからだ。
「そのためには、データを集めて分析し、ソリューションを導き、さらにイノベーションを進めるといったように、領域の横断が必要になります。地域を起点に産学官の連携はますます重要になっていくはずです」と荒木氏は述べる。
松江氏は、異なる組織が連携しRXに取り組む上での要諦について、「地域課題解決のため、産学官で共通の目的を持つことが必要」と提言する。
「共通の目的を掲げる上で、民間も自らが“新たな公(おおやけ)”の担い手であるという意識変革が不可欠です。産学官で互いの境界線を乗り越え、踏み込み、連携していく。RXを共に進めるパートナーシップが重要です」(松江氏)
衰退の一途をたどる地方の現状をいかに好転させるか。人々のまなざしが再び地方に向き始めた今こそ、RXの実現に向けた連携と行動が産学官それぞれの立場で問われている。
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