突如起こったコロナ禍が、社会やビジネスを取り巻く状況を大きく変えた2020年。危機を乗り越えるための武器として、
様々なデジタル技術がその役割を大きく拡大した1年でもあった。
一方、この状況に対応する過程で、デジタルトランスフォーメーション(DX)を進展させた企業も少なくない。目の前の危機を回避するとともに、経営戦略を加速するクラウド基盤やデジタル推進組織を確立し、そこからこれまでにないビジネス価値を創出する。これは、まさに経済産業省が「DXレポート」で指摘した「2025年の崖」を乗り越えるために必要な環境であり、今の日本企業に求められるものにほかならないだろう。
過去の常識が通用しない“ニューノーマル時代”には、ここまで後れを取った企業であっても、等しくトップランナーになれる可能性を持っている。「崖」を乗り越え、その先の世界で勝つ企業になるには何が必要なのか――。その指針や方法論を共有する場として、日経BPは今年も本セミナーを開催。ここでは、完全オンラインで行われた当日の模様を概括する。
コロナ禍でDX推進施策は第2幕へ
早期変革を促すためのアクションを展開
深刻なコロナ禍によるダメージ
2018年に「DXレポート」を発表した際、経済産業省は2020年までの2年間をDXに向けた準備期間、2025年までの5年間をシステム刷新集中期間と位置付け、企業のビジネスモデル変革を段階的に進めていく構想であった。
「しかし、情報サービス産業の売上伸び率がマイナスに転じるなど、コロナ禍によるビジネスのダメージは非常に深刻です。今すぐ、必要なアクションを取らないと手遅れになってしまうと認識しています」と同省の田辺 雄史氏は話す。
そこで、まず経産省は新たな研究会を発足。有識者による議論を通して、コロナ禍による環境変化に対応し、今後のDX推進に向けたアクションを促す道筋を提示する考えだ。「現在は取りまとめ資料の作成中ですが、『すべての企業が変わる必要がある』ということを、より具体的に示したいと考えています」と田辺氏は続ける。
政府のDX施策にも、様々な動きが現れつつある。その1つが「DX認定制度」だ。「これは、ビジョンの策定や戦略・体制などの整備を既に行い、DXの準備が整っている企業を国として認定するもの。その認定基準は、企業がデジタル経営のために実践すべき事項をまとめた『デジタルガバナンス・コード』の各項目に沿った形で定義されています。それほど大量の文章ではないので、ぜひ多くの企業にご活用いただき、認定取得を目指してほしい」と田辺氏は話す。
また、これからDXに取り組む企業に対しては「DX推進指標」を用意。これを利用すれば、それぞれの企業が自社のDX推進状況について簡単な自己診断を行うことができる。直近の指標分析では経営側面での指標が改善されており、DXに向けた取り組みが徐々に広がっていることがうかがえるという。
経産省では、企業のDX推進状況に応じた様々な施策を展開。DX着手以前からDX認定、さらにはDX銘柄へと、段階的にステップアップする道筋を示している。その指標となる「デジタルガバナンス・コード」も新たに発表した
さらに、経産省が東証と共同で選定する「DX銘柄」についても、先に述べたデジタルガバナンス・コードと連動する施策として位置付けられた。まず一次評価では、デジタルガバナンス・コードの柱立てに沿った形で評価項目を設定。続く二次評価では、「企業価値貢献」「DX実現能力」の2つの観点で評価が行われる。経産省ではこれらの施策を通して、企業がよりDXに注力するための環境を整えていく考えだ。
IT投資も競争領域へシフト
IT投資のやり方についても見直しが必要だ。「これまでのように、多くの業務システムをITベンダーに丸投げするような方法には限界があります。例えば、人事や総務など、企業間でシステムを共有し合うことが可能な協調領域への投資はできるだけ抑制し、製造業なら設計や生産など、独自性の発揮につながる競争領域への投資に重点を置くべきです」と田辺氏は強調する。
協調領域については、場合によってはライバルとの協業も有効となるだろう。例えば、製造業の企業で配送業務が差別化につながっていないなら、同業の他社と共同化すればよい。「その上で、競争領域を担う変化対応力の高いシステムについては、外部委託ではなく内製化を目指すことが望ましい」と田辺氏は強調する。
ウィズコロナという視点が加わり、DXの重要性、そして緊急度はさらに高まった。とはいえ、文字通りピンチはチャンスである。国の後押しもうまく活用しながら、ぜひこの難局を乗り越えたい。
人による創造性の発揮を本質とするDX戦略
三菱化学、三菱樹脂、三菱レイヨンの3社合併により、2017年に発足した三菱ケミカル。合併当初は複数の基幹システムと多数の周辺システムが乱立し、複雑に連携しあっている状況だった。これを1つのエンタープライズ・アーキテクチャに統合することが、情報システム戦略の最大のミッション。同社の板野 則弘氏は、「業務プロセス見直し、コード統合、システム統合を三位一体として、三菱ケミカル単体から国内グループ会社、さらに海外グループまで展開していきます」と目標を示す。
もっとも、ITと業務プロセスを統合しただけでは、競争優位性を生むシステムとは言い難い。加えて、国ごとのマーケット特性をしっかり捉え、各リージョンのモデルに搭載していく。これにより、真のグローバル情報システムを目指すのが同社の狙いである。
また、この情報システム改革と並行して推進しているのがDX戦略だ。事業部、事業所、R&Dの各機能を最適な形に進化させるとともに、各事業領域で「どう勝つか」の戦略を立案する。つまり、同社にとってDX戦略はまさに成長の要といえる。
「DX戦略の本質は、アナログからデジタル化への推進により、今まで見えていなかった“もの・こと”が見えてくる。すなわち、可視化された“気付きの種“に対する社員一人ひとりの創造性の発揮と実行なのです」と板野氏は強調する。DXは“雲の上の出来事”ではなく、社員全員にとって身近なもの――。この認識を共有することが、組織全体のDX推進に不可欠だという。
ヒトとデジタルの力でDX戦略を推進し、その結果として企業全体を変革していく。三菱ケミカルの取り組みはこれからも続いていく。
戦略を考えるのは未来を描いてから
「化粧品」「スキンケア・ヘアケア」「ヒューマンヘルスケア」「ファブリック&ホームケア」の4つの事業分野でグローバルなビジネスを展開する花王。ライバルの多くは特定事業に専念している企業という状況の中、同社は総合コンシューマー・グッズ・メーカーとしてビジネスを展開している。「どこを向いても強豪だらけ。特徴がなければ、すぐにでも淘汰されてしまう状況です」と同社の原田 良一氏は話す。
この激しい競争を勝ち抜くために、同社は2018年4月に先端技術戦略室(SIT)を設立し、戦略的DXを推進している。先端技術をフル活用し、会社の生産性を不連続に向上させることが大きな狙いだ。「やりたいことがある人たちが乗り込む乗り合いバスのようなもので、新たな価値を一緒に生みだすコラボスペースの役割を担います」と原田氏は説明する。
DXのターゲットとしている領域は、次の9つ。①販売(AI接客システム)②研究(研究総合支援システム)③ロジスティクス(AI配送システム)④事業(ネット監視・戦略システム)⑤経営(経営支援システム)⑥SCM(ハイスピード製造)⑦CI(人心変化学習システム)⑧人財(人財成長支援システム)⑨財務(AI財務制御システム)。それぞれの領域で、未来を描いた上で基盤戦略を設計し、そこに最新技術を組み合わせる。このサイクルを回し続けることによって、顧客に対して新たな価値を継続的に提供していくという。
「DXを進めることは、生産性を高めて業務効率を改善するだけでなく、お客様からの評価向上や新たなお客様の獲得にもつながると考えています」と原田氏は強調する。
データ活用など、常にライバルの一歩先を歩んできた花王が、どんな手でDXを加速させるのか。大いに注目したい。
組織全体のビジョン共有がDXを成功に導く
―― DX推進に際して、企業が特に留意すべきはどんな点でしょうか。
DX自体が目的化している企業が見受けられますが、大切なのは「DXを進めた結果、会社がどう変革されるか」です。経営トップが自社の将来像をしっかり描くとともに、社員がそれを共有しなければ、どんなに優れたシステムを入れたところで改革は成功できません。
かつてSEだった私は、会社のビジョンとリンクしていないシステムを開発しても意味がないことを痛感しました。その経験を生かして、ファーストリテイリングとRIZAPグループで業務改革とシステム化を推進したのち、様々な企業のIT改革をご支援するISENSEを創業するに至りました。
―― DXの推進主体はどのような意識を持って取り組むべきですか。
大きな会社の組織は縦割りで「サイロ化」しがちですが、DXによって変革すべきは、複数の部門にまたがる課題であるはず。そのため、DXをリードする情報システム部門は、全社の状況を俯瞰的に把握し、部門間のファシリテーターとしての役割を果たす必要があります。業務部門以上に業務を深く理解し、部門リーダーと対等な議論ができることも重要ではないでしょうか。
―― 外部ITベンダーの活用法についてアドバイスをお願いします。
ベンダーの力を引き出すには、まずハンドリングするための内部体制を整えなければなりません。最近は目的ごとに最適なツールを組み合わせて活用するのが主流なので、複数ベンダーとやりとりすることも多いと思います。その役目を果たせる人材を育てることが急務です。内部の立場からプロジェクトをリードしてくれる、コンサルタントなどの外部スタッフの活用を検討するのも一手だと思います。
時代は「クラウドオンリー」のフェーズへ
個人顧客向け資産運用銀行として各種金融サービスを提供するソニー銀行。2013年以来、一般的な社内システムおよび周辺系の銀行業務の領域において、アマゾン ウェブ サービス(AWS)を中心とするクラウドの利用を拡大してきた。
「2017年末には、財務会計システム(総勘定元帳)の基盤としてAWSの採用を決定。現在は、銀行の基幹業務や重要業務を除き、ほぼすべてのシステムのクラウド移行を終えています」とソニー銀行の福嶋 達也氏は紹介する。
また同行は、2019年末にAWSの利用可能範囲を全業務へ拡大する方針を打ち出した。それにのっとり、2022年度の本番稼働を目指して構築を進めているのが次期勘定系システムである。勘定系とはうたっているが、そのスコープには情報系や外部接続、Webインターネットバンキング、オープンAPIなども含まれる。同社の核を担うシステムの1つといえるだろう。
「AWSの機能・サービスを最大限に活用し、サーバーレス、クラウドネイティブなアーキテクチャを基本方針として、全面再構築を図っています」(福嶋氏)。これにより、独自開発の範囲を極小化する一方、開発が必要な部分についてもマイクロサービス化を進める。併せて、業務アプリケーションについては「FUJITSU Banking as a Service(FBaaS)」も活用し、自前運用からの脱却を図っていくという。
「既に時代は『クラウドオンリー』のフェーズに突入しているというのが我々の認識です。『どこまでクラウドにするか』ではなく、『どのようにクラウドを活用するか』。この考えのもと、競争力強化に向けてさらにまい進していければと思います」と福嶋氏は語った。