高い技術力は健在 好機を前に、逆襲なるか?

最盛期には世界シェア5割超を誇った日本の半導体産業。
しかし、2019年にはシェアを1割まで落とした(経済産業省調べ)。
それでも半導体の生産基盤である装置・部材・材料の供給や、
微細化プロセス技術においては、今なお世界に高い競争力を示す。
進展やまぬデジタル社会。その根幹が半導体となれば、
未曽有のビジネスチャンスが今や目の前にある。
日本企業はいかに奮起するか? 挑戦の行方を読んでみる。

総論

数十年に1度の変革期を迎えた半導体に期待高まる
日本の強みを復活の武器にかつてない大規模な国家戦略
「半導体大国」ニッポンをいま一度

デジタル化の重要基盤である半導体。1980年代に世界をリードした我が国は、過去30年で存在感を大きく下げた。半導体の供給不足、米中対立、技術革新など課題山積の中、経済産業省が動いた。今年6月発表の「半導体戦略」。3本柱からなる同リポートを軸に、今後の日本が取るべき道を探ってみる。

かつての隆盛、面影なく
安全保障も脅かされる現状

デジタル化は世界の大きな潮流だ。社会のあらゆる製品・サービスがデジタル化され、異次元の便利さを生み出している。

こうした潮流を支えているのが半導体だ。社会インフラ、エネルギーはもとより、交通、医療、金融など、デジタル化が進めば進むほど、半導体は私たちの生命と財産を支える基礎になる。

デジタル社会を支える半導体の重要性IoTや5Gが加速度的に進めば進むほど、半導体が人々の生命と財産を支える基礎になる
出所:「半導体戦略(概略)」(経済産業省)をもとに作成

加えて、世界的な半導体の供給不足を背景に、今や「半導体を制するものが、世界を制す」とも言われる。開発競争は激化し、製造拠点を巡る地政学的な攻防にまで発展している。半導体を「誰がどこで作るのか」が重要になるというわけだ。

経済産業省
商務情報政策局 情報産業課
デバイス・半導体戦略室長
荻野 洋平 氏

こうした背景から「国内の半導体産業を維持、強化することが、我が国の将来と国民の安全にとって重要な戦略になります」と、経済産業省 商務情報政策局 情報産業課 デバイス・半導体戦略室長の荻野洋平氏は語る。

かつて1980年代、半導体は日本の代表的な産業の1つであり、世界シェアの50.3%を占めた。しかし、日本の半導体産業は時代と共に後れを取り始め、2019年には世界シェアの10%まで下落。これに歩調を合わせるように、日本のデジタル化も遅れるようになった。

半導体産業の現状は、旧態依然としてイノベーションが起きない日本全体の危機にも重なる。そこに5G、IoTなどによる半導体需要の爆発と、供給力不足の危機が一気に押し寄せた。

日本の半導体産業の現状1980年代に世界シェアの半分を席巻した日本の半導体も、2019年に10%まで下落した
出所:「半導体戦略(概略)」(経済産業省)をもとに作成

日本の半導体産業を復活へ
6月に経産省が戦略立案

2021年6月、経済産業省は日本の半導体産業復活に向け戦略をまとめた。2000億円の「ポスト5G基金」や2兆円の「グリーンイノベーション基金」など、前例がない大規模な施策を含む。

同省はこれまでも半導体の支援施策を続けてきたが、日本の半導体産業は低迷した。これまでのやり方では駄目だ。「悪い流れに終止符を打ち、半導体産業を本気で復活させる覚悟で、戦略は策定されました」(荻野氏)。

戦略は、3つの柱から成る。

第1の柱は、日本から失われた最先端のロジック半導体の製造を復活させることだ。安全保障やカーボンニュートラルの観点から、今後の日本には最先端のロジック半導体が必要になる。

東京大学大学院
工学系研究科教授
黒田 忠広 氏

これには反対意見もあった。最先端のロジック半導体を作れずとも、日本にはその製造に必要な最先端の装置や素材を提供するメーカーがある。製造は海外に任せ、装置・素材メーカーを強みに生き残ればよいという意見だ。

しかし、東京大学大学院 工学系研究科教授の黒田忠広氏は、異を唱える。「確かに、日本の製造装置や素材産業のエコシステムは世界トップレベルにあります。しかし、このままではそれすらも失われてしまうでしょう」(黒田氏)。

日本の製造装置や素材メーカーが強いのは、80年代の日本が半導体で世界最強だったからだ。日立や東芝、NEC、ソニー、富士通といった名だたる半導体メーカーのもと、製造装置や素材を提供する企業が巨大なサプライチェーンの城下町を作った。この城下町はいま、日本より海外のメーカーに軸足を置いて活動している。

半導体の製造工程半導体は多くの製造工程を経て完成する。製造に欠かせない装置、素材技術は日本のお家芸だ

「天守閣を失った城下町のようなものです。自動車産業を見れば分かるように、産業とはユーザーたる天守閣から、エコシステムたる城下町までがそろって初めて成立します。城下町はそもそも天守閣のために存在するのですから、国内に天守閣がなければ海外へ流出するでしょう。いまの状態が長く続けば、日本の強みもやがて失われる可能性が高いのです」(黒田氏)

とはいえ、国内にはもはや最先端のロジック半導体を作れる工場がない。そこで経済産業省が打ち出したのは、「海外から世界最先端の半導体ファウンドリーを誘致すること」(荻野氏)だ。

日本に優れた城下町があるうちに天守閣を取り戻す。その第一歩として、海外からファウンドリーを誘致する。そうすれば、「それを核に様々な産業クラスターが生まれます。製造装置や素材メーカーの発展に寄与するのはもちろん、国内の研究開発にも好循環が望めます」(荻野氏)。たとえ外資系でも、国内に最先端のロジック半導体の生産拠点が生まれれば、産業育成や安全保障に有利になる。

国内産業基盤の強靭化対策ロジック半導体の生産拠点を国内に持つことで、製造装置や素材産業だけでなく、研究開発の強化につなげる狙いだ
出所:「半導体戦略(概略)」(経済産業省)をもとに作成

海外の圧倒的な資本力に
対抗する突破口

半導体戦略の第2の柱は、メモリーやセンサー、パワー半導体など、ロジック半導体以外の様々な半導体の供給力強化だ。この分野には、まだ国際的に大きな影響力を持つ日本企業がいくつもある。この強みをさらに伸ばすため、研究開発や設備投資をより強化する。

第3の柱は、いま日本が強みとしている製造装置や素材の分野をさらに磨き、国際競争力を高めることだ。

ただし、日本はこの分野に強いとはいえ、競争は年々激化している。

世界の半導体エコシステム世界的にも高いシェアを誇る製造装置や素材の分野をさらに強化することが、経済産業省の戦略の第3の柱だ
出所:「半導体戦略(概略)」(経済産業省)をもとに作成

例えば、海外では企業の統廃合が進み、米国のアプライドマテリアルズやオランダのASMインターナショナルなど、巨大企業が圧倒的な資本力で研究開発を加速している。対する日本企業は中堅・中小企業が多く、資本力の差で劣勢にあると指摘される。

黒田氏は経済産業省の戦略の重要性を認めたうえで、あえて違う観点から興味深い意見を述べる。「これからの半導体産業は、必ずしも資本力の勝負にはなりません。それどころか、日本の半導体産業には一発逆転する大きなチャンスがあります」(黒田氏)。

その理由は、半導体の開発競争の転機にある。

「半導体メーカーは、ひたすら回路の微細化を競ってきました。そのルールで戦う限り、資本力がものをいう場面もあったでしょう。しかし、プロセスの世代が2ナノメートル、1ナノメートルになると、費用対効果が次第に悪くなるので、微細化のペースは遅くなりやがて止まります」(黒田氏)

そうなれば、競争のルールは大きく転換する。黒田氏によれば、その1つが「半導体の3D化」だ。

微細化が限界を迎えると、今度はマンションのように上に積み重ねる「3D化」のトレンドが始まるという。「3D化」によってデータの移動距離を短縮でき、エネルギー効率を大幅に改善できるからだ。これは世界的に未知の分野であり、日本企業にもチャンスがある。「剣道に『先々の先(せんせんのせん)』という言葉があります。日本はいまの競争を捨て、次のトレンドで機先を制すべきです」(黒田氏)。

経済産業省も半導体戦略の中では「チョークポイント技術の磨き上げ」と表現した。まさに“チョークポイント”、次の技術の要衝を世界に先んじて押さえる戦略を取る考えだ。

ファウンドリー誘致合戦
各国独自の支援策を展開

戦略は決まった。では具体的にどう進めるのか。

「複数の施策を同時に進めていきます。特に、ファウンドリー誘致は喫緊の課題です」(荻野氏)

誘致を狙うのは日本だけではない。米国、中国、欧州、台湾、韓国なども独自の戦略を打ち出し、ファウンドリーの誘致に動いている。

各国による大規模な産業政策の展開今や半導体は世界的な戦略産業だ。各国が大規模な産業支援策を打ち出している
出所:「半導体戦略(概略)」(経済産業省)をもとに作成

誘致を成功させるカギは、半導体ユーザーの存在にあると黒田氏は言う。「世界最大のファウンドリーである台湾TSMCの顧客は、米国のアップルやテスラなどです。みなデジタルによって新たなビジネスやサービスを展開する企業です。日本にもそのようなビッグユーザーが生まれれば、ファウンドリーは興味を示すでしょう」(黒田氏)。

日本が競争力を維持する自動車、精密機械、電子機器だけでなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)の勝者から、ビッグユーザーが生まれる素地はまだあるはずだ。

「もう1つ、カーボンニュートラルやグリーン化の視点から見ても半導体は重要です」(黒田氏)

直近の30年間でコンピューター化が進んだ結果、ビジネスの消費電力が巨大化している。「カーボンニュートラルを実現するのはデジタル技術ですが、その基礎になる半導体が大きな電力を使うようでは本末転倒です。『半導体の省電力化』と『デジタル化によって社会サービスの電力消費を減らすこと』の両面から取り組む必要があります」(黒田氏)。

現在主流になっている汎用型の半導体チップは、ソフトウエアを変えることで様々な機能を果たせる半面、不要な機能も積まれている状態だ。これが無駄な消費電力を生む1つの原因となる。

近年では、半導体のビッグユーザーが必要な機能だけに絞り込んだ独自チップを開発する動きが広がっている。例えば、米グーグルはイスラエルで独自のサーバー用プロセッサーを含む複数のカスタムチップを開発している。米アマゾン・ドット・コムも、ネットワーク機器の中心部を担うスイッチングチップの独自開発を進める。こうした動きは、今後加速していくだろう。その主な目的は、脱炭素化に向かって電力消費量を大きく下げることだ。

微細化は限界、変革期へ
再起のチャンスは眼前に

こうした動きの背景には、ユーザーのニーズに合わせて半導体チップをオーダーメードで設計、製造するサービスが充実し、チップの開発が格段に容易になったことがある。

「ソフトウエアを書くように、チップが作れる時代になります」(黒田氏)。実際、黒田氏の研究室でも、産学協同で新しいロジックのチップを開発中だ。まだシミュレーションの段階だが、専用回路と最新のAI技術を用いれば、画像処理のトップメーカーが出している汎用チップと同等の機能を、5000分の1の電力で実現できるという。

AIや画像処理、自動運転など、目的に特化した半導体チップを容易に開発し、消費電力を100~1000分の1にする動きが本格化しつつある。「小さな資本でも半導体チップをオンデマンドで作れる時代が来ます。この動きは“半導体技術の民主化”と呼ばれています」(黒田氏)。

長らく競ってきた微細化が限界に達し、脱炭素社会に向けた消費電力の低減が急務となった。これにより、半導体産業は数十年に1度の大変革期を迎えている。時代が大きく動く時、チャンスがあるといえよう。

日本の半導体産業を再び我が国の大黒柱とするために、いま何が必要なのか。企業社会全体で考えるべき時が来ている。

Contents