取り組み姿勢で事業協力者を選び
当事者意識を忘れずに合意形成へ
分譲マンションは、自分のものだが、自分だけのものではない。売買は自由だが、共用部の工事は区分所有者の合意が必要だ。耐震性の不足や老朽化などを理由に、再生を図る場合も、同じ。合意形成なくしては何も進まない。再生を円滑に進めるには区分所有者にどのような心構えが必要か――。マンション建替えや建築再生など建築プロジェクトのコンサルティング・コーディネートを専門とするアークブレイン代表取締役の田村誠邦氏に聞いた。
築年が経過した分譲マンションは、どういう運命をたどるのか。簡単に解説しておこう。

図1で示したように、日常の管理や修繕・改良を繰り返すのが普通だが、古いマンションの中には管理が不十分などの理由から、設備などの老朽化が進み、大がかりな修繕・改良が必要になるものもある。40年以上前のマンションは旧耐震基準が適用されているため、耐震性不足が心配される。それらのマンションは再生に向けた検討が欠かせない。
向かう先として法律に定められているのは、「建替え」と「敷地売却」の2つである。法律ではどのような手続きを踏めばいいか、具体的に定められているため、再生への手順として極めて明快だ(図2)。

再生手段としては、「修繕・改良」をもっと大がかりに行い、耐震性を確保したり設備などの老朽化に対応したりすることも可能だが、現実には困難が伴うという。
大がかりな再生工事の難しさ
反対者も資金負担を迫られる
それは、法律に規定がある建替えや敷地売却と違って、区分所有者の集会で工事の実施が決議されれば、反対者といえども一律に資金を負担する必要があるからだ。

アークブレイン
代表取締役
田村誠邦氏
主なコンサルティング実績として、マンション建替えには「麻布パインクレスト」「同潤会江戸川アパートメント」「下連雀住宅」などが、建築再生には「求道学舎」などがある
アークブレイン代表取締役の田村誠邦氏は言う。「こうした再生工事はデベロッパーが事業協力者として加わるわけではないため、区分所有者が資金を100%負担します。修繕積立金で賄えればいいのですが、そうでなければ、新たな負担が必要です」。
議案が議決されれば、議案に反対した区分所有者にもこの資金負担が求められる。しかし反対者には、資金負担に応じない人もいる。
建替えや敷地売却では、反対区分所有者への売渡し請求という手順が組み込まれている。しかも、事業にはデベロッパーが参画しているため、反対者から権利を買い取る資金力もある。法律で定められていない再生工事では、それは望めない。「建替えや敷地売却に比べ、ハードルは決して低くないのが現実です」(田村氏)。
いずれにしても、再生の検討にはお金の話がつきまとう。建替えでは、持ち出しなしに従前と同程度の広さの住戸を確保できる時代もあったが、いまの事業環境を考えると、もはやそれは望めない。一定の負担が求められることには、区分所有者の覚悟があらかじめ必要だ。
そのうえで、負担額の見通しを立てる段階では、専門家の手を借りる必要が生じる。コンサルタントやデベロッパーである。違いは、その役割だ。
管理組合側にどういう価値を提供できるのかという点でみると、コンサルタントは事業に直接参画しない分、第三者性を発揮できるのに対し、デベロッパーは建替えでの事業協力者や敷地売却での買受人として資金の出し手になり得る(図3)。

区分所有者は元の土地・建物の権利と必要に応じて拠出した資金に見合う権利床+余剰床を建替え後のマンションで手に入れる。事業協力者は拠出した資金に見合う余剰床を建替え後のマンションで手に入れ、それを第三者に売却することで資金を回収する
では、建替えを念頭に置いて事業協力者として欠かせないデベロッパーを選定するときは、どういう目で評価すべきか。
手間もリスクもある建替えを
やり切ろうとする覚悟と態勢
気になるのは、区分所有者の負担について、どのような条件を示してくるか、という点だ。ただ、この点はもちろん重要だが、それだけでは決められない。建替えが事業として成り立たなければ、その条件は意味を失ってしまうからだ。
田村氏が挙げるのは、デベロッパー側の取り組み姿勢である。「建替えは新規開発に比べリスク要素が多く、手間がかかります。それでもやろうという覚悟とやり切れる態勢、ここはしっかり見極める必要があります」。
建替えでは、各区分所有者と向き合い、その意向を確認していく合意形成のプロセスが欠かせない。築年の経過したマンションだけに、高齢者も多い。「例えば高齢者の仮住まい探しの問題などが発生します。そういう個別の課題に、どこまできめ細かく対応してくれるのか、という点も問われます」(田村氏)。
事業協力者になるデベロッパーを選定できれば、残す課題は合意形成である。区分所有法で定める建替え決議に必要な合意は、区分所有者数と議決権総数の5分の4以上。それだけの合意を得るためのポイントは何か。
田村氏が挙げるのは、建替え検討を担う区分所有者組織の当事者意識である。「それが希薄だと、コンサルタントとして雇っているんだからとか、デベロッパーとしてやりたいというから選んでやったとか、何でも専門家任せにしがちです。そういう意識では、うまくいきません」。
もちろん、合意形成に向けて実際に動くときには、専門家の手を借りざるを得ない。ただ、信頼関係がないと、専門家側のモチベーションは高まらない。田村氏も専門家の立場で、「建替え検討を担う区分所有者組織側に自分たちの問題と捉える意識がないと、私たちとしても努力のしがいがないものです」と明かす。
一方、事業環境や立地条件などの理由から建替え検討が前に進まないマンションもみられる。敷地売却は、そうしたマンションにとっての選択肢として注目される。
ただし、公益上の理由から「要除却」という行政の認定を受けることが、敷地売却の前提だ。その認定基準はこれまで耐震性不足だけだったが、2021年12月以降、火災安全性や外壁等剥落も新たに加わることになる(図4)。

「要除却」の認定を受けられれば、容積率緩和の特例が適用される可能性があるため、建替えの事業性改善も見込める。建替え検討の段階から、この制度の利用を視野に入れておきたい。
事業環境の変化を背景に、建替えや敷地売却では制度の見直しに手が付けられた。置かれた環境で再生をどう進めていくか。事業の成立に欠かせず、合意形成でも重要な役割を担うデベロッパーの取り組み姿勢を、冷静に見極めたい。
まず推進決議で内外に検討結果を宣言
再生の方向性固め、パートナー選びへ
国土交通省
国土技術政策総合研究所 住宅研究部長
長谷川 洋 氏