第3次AIブームといわれ、ディープラーニングをはじめとするAIに関心を寄せる企業は多い。だが、AIを業務で活用するには大量の学習データが必要になるなど、様々な課題が指摘されている。こうした中、企業や研究機関などで注目されているのが、京都のAIベンチャーHACARUS(ハカルス)のソリューションだ。少量の学習データでAI活用が可能で、高い解釈性を実現したスパースモデリングをベースに、「ビジネスで使えるAI」を提案。既に産業分野や医療分野などで導入が進んでいる。
デジタル技術を活用してビジネスを革新するDX(デジタルトランスフォーメーション)に注目が集まっている。そのDX推進の手段として、AIのビジネス利用に関心を寄せる企業は少なくない。だが、データサイエンティストなどの専門家がいる企業を別にすれば、「自社のデータをAIにどう適用すれば効果的なのか分からない」「そもそもAIで活用できるだけのデータがあるのか分からない」といった悩みを抱える経営者の声も聞かれる。
「まず、規模は小さくてもいいので始めてみることです。それによって、AI活用に必要なデータが見えてくるはずです」とHACARUSの藤原 健真氏は助言する。そして、ビジネスの課題解決がAI導入の目的であり、「ビジネス上の大きなインパクト、効果が見込める課題設定が重要です」と強調する。
同社は、AI導入に向けた課題設定やデータ収集、データ分析などのコンサルティングを実施。AIのビジネス利用を支援している。
例えば製造現場の外観検査にAIを活用する場合、どんな課題があるのか現場の作業員からもヒアリングを行い、AIモデル開発に適用する。「こうした人によるコンサルティングと、独自のAI技術であるスパースモデリングを両輪に、ディープラーニングと異なるアプローチでAIソリューションを提案しています」と同社の染田 貴志氏は話す。
AIというとディープラーニングを思い浮かべる人は多いが、大量の学習データが必要になることや、AIによる推論の過程が分かりにくいこと、学習データのリアルタイム処理に適した高性能なコンピュータ資源が必要になることなど、AI導入を検討する企業にとってハードルが高いのが実情だ。
このハードルを下げてくれるのが、スパースモデリングだ。スパースとは「まばらな」という意味で、「物事の本質的な特徴を決定づけるのは一部の要素だけである」という性質(スパース性)を利用した技術がスパースモデリングだ。
「その特徴の1つは、少量のデータから実用的なAIモデルを作り出せることです」と藤原氏(図1)。大量のデータを必要とせず、ディープラーニングの1/100、1/1000といった少ないデータ量でも分析精度の高いAI構築が可能なことや、不良品データ(不正解のデータ)がなくても、少量の教師データ(正解のデータ)があればAIを構築できるといった特徴がある。
ディープラーニングの課題を解決するスパースモデリングが特徴。少量の学習データ、あるいは学習データがなくてもAI活用が可能だ。また、人が理解しやすい解釈性の高い解析結果を提供。学習データの処理はエッジ側で行い、大規模なコンピュータや通信環境は不要だ。そのため、製造現場などでのリアルタイムな画像解析にも適している
例えば製造現場の外観検査の場合、AIが不良品と判断するには、ディープラーニングでは大量の不良品の学習データが必要になる。ところが、日本の製造現場は品質管理が徹底されているので、数千、数万単位の不良品データを集めるのは現実的に難しい。
「スパースモデリングであれば、少量の不良品データあるいは不良品データがなくても対応でき、学習データを収集する担当者の負担軽減や、製造現場の効率化、自動化に貢献します。外観検査などの産業分野だけでなく、学習データの収集が困難な希少疾患の診断支援など医療分野にも適しています」と同社の木虎 直樹氏はその優位性を説明する。
また、分析プロセスがブラックボックス化する課題を克服し、AIの回答の過程など、人が解釈しやすい形で分析結果を出せることも特徴だ。医療現場におけるAI診断の場合、なぜAIがそう診断(判断)したのか過程が分からなければ医師や患者は理解できないこともある。「スパースモデリングを適用するだけでなく、熟練者をはじめとする人間の知識をモデル化することで、AIの分析結果に知識が反映され、人が理解しやすいのです」(木虎氏)。
このほか、スパースモデリングは大量のデータを収集する手間や時間が不要になり、開発時間の短縮やコスト削減が可能なことや、工業製品やIoT機器、エッジ端末への組み込みがしやすくなるといった特徴がある。
AIのビジネス利用では、どこで学習データを処理するかが重要になる。ディープラーニングでは、クラウドなどに接続して高性能なコンピュータで大量の学習データを処理するケースが多い。一方、スパースモデリングは少量データのため、利用者側(エッジ側)のサーバーやPC、タブレット端末などでも処理できることが特徴だ。
製造現場の外観検査の場合、クラウドに接続してデータを処理するのでは、製造ラインのスピードに追い付かないこともある。また、クラウドに接続する通信回線が障害を起こして処理が止まるリスクもある。「エッジ側で処理するスパースモデリングであれば、通信時の故障リスクがなく、安定的なAI活用が可能です」と染田氏は説明する。
HACARUSはスパースモデリングをベースにAI導入を支援するサービスや、分野別のAIソリューションも開発。同社が携わってきたAI開発経験をトレーニングプログラムにして提供する「AIアカデミー」や、中長期的なAI開発プロジェクトを対象に、データ取集収集やAIモデル開発などAI導入に関わる初期作業のアウトソーシングに対応する「データサイエンスコンサルティング」などのサービスがある。
また、工場のFAやモバイル機器にも組み込み可能な外観検査AI「HACARUS Check」をはじめ、希少疾患にも対応する医療系診断支援AI「HACARUS for Medical」、低消費電力のエッジAI開発技術基盤「HACARUS Edge」などのソリューションを提供している。
スパースモデリングの活用事例も増えてきている。少量データで高精度の検査が可能な「太陽光発電パネルの不具合検査」(図2)がある。また、大手電機メーカーの産業用ロボットとスパースモデリングの画像解析技術を組み合わせた「医療・創薬の研究・実験を自動化するAIシステム」を開発。産業用ロボットの制御システムとHACARUSのAIシステムを連携してクラウドへの接続・処理が不要な組み込み型AIを開発し、AIによる細胞分析の自動判定を可能にしている。
スパースモデリングをベースにした外観検査AI「HACARUS Check」の活用例。旧来の機械学習手法(SVM)やディープラーニング(CNN)に比べ、少量の学習データで高精度の検査を可能にするだけでなく、学習時間や推論時間などの大幅な短縮を実現している(論文で公表された教師データを基に、HACARUSが不具合検査を実施)
大学との共同研究で「子宮頸がんの予防・早期診断AIシステム」の開発に取り組む。高画質で診断精度の高い動画を教師データとしてAIモデルを構築することや、国内の診断・治療基準に沿った診断支援AIシステムの開発などを目的に共同研究を進めている。
これまで外観検査AIなどは企業の要望に応じて個別に受託開発してきたが、「パッケージ化して手軽にAIを導入できるソリューションを提供します。これにより、ビジネスに使えるAIの市場拡大を目指しています」と藤原氏は今後の展望を話す。AIでビジネスを革新していこうと考えている企業の強い味方となるに違いない。
大阪ガスとAIシステムを共同開発
HACARUSは大阪ガスとAI・IoTソリューションの共同開発を推進している。ガス導管の保安水準の向上を目指した「地中埋設物探査におけるAI判定」や、製品品質の均一化を目指した「工場における製品不良のAI検知」などの実証実験を実施している。
ガス導管の工事では地中レーダーを用いて埋設物があるかどうか探査する。また、大阪ガスの顧客のデジタル化支援の1つとして、検品ソリューションの導入を実施している。いずれも熟練者の技能が必要だ。熟練者の判断を、スパースモデリングをベースにAIに学習させることで、地中レーダー画像からの埋設ガス管の位置読み取りや、製品の不良品・異常品の自動検知が可能になり、現場作業員の熟練度に関わらず、精度の高い判定を実現している。