三菱電機

現場が抱える複数の課題を一気に解決
下水処理の自動制御を次のレベルへ
ベテラン技術者の
知見を活かした新技術

下水処理場は大きな電力を必要とし、設備の老朽化やベテラン技術者の減少といった課題を抱えている。これを解決するため、三菱電機はAI(人工知能)によって下水処理場の自動制御を高度化する新システムを開発した。省エネ化や省人化といった課題を解決する技術として、多くの自治体の注目を集めている。

下水処理場をAIで自動運転
豪雨時の突発的な事態にも対処

三菱電機株式会社 神戸製作所
社会システム第一部長
技術士(上下水道部門・総合技術監理部門)
若松 剛 氏

下水処理場は大きな電力を消費している。年間70億kWh。これは日本の電力消費量の0.7%に相当する。また、設備の老朽化やベテラン技術者の減少、財政面の負担といった複数の課題に直面し、多くの自治体が下水処理場の運営に苦しんでいる。

この問題を解決するため、三菱電機は「AIを活用した曝気(ばっき)量制御技術」によって新境地を開いた。「自動運転」を下水処理プラントで実現し、省エネ化、省人化、コスト削減などの複数の課題を一気に解決しようとしている。

下水処理で最も電力を使うのは、「曝気」と呼ばれる工程だ。処理場に流れてくる下水には、アンモニアなどの汚濁物質が含まれている。これをいくつもの巨大な水槽(生物反応槽)にゆっくりと通しながら、微生物を用いた酸化処理によって除去していく。微生物の活動を活性化するには、反応槽ごとに計算された量の空気を送り込む必要がある。この作業を曝気という。この曝気に消費電力の約50%が使われているのだ。

処理場に流れ込む下水のアンモニア濃度は刻々と変化し、1日に50%ほど上下する。アンモニア濃度が上がってきたら曝気を強めて微生物の活性を上げ、濃度が下がってきたら曝気を弱める。

問題は、曝気量を変えても、微生物の活性が変わるまでに数時間のタイムラグがあることだ。このため、処理場の入り口で下水のアンモニア濃度を測ってから対応するのでは遅い。現在のアンモニア濃度をもとに数時間後にやってくる下水のアンモニア濃度を予測し、あらかじめ曝気量を調整しておく必要がある。

水量、水圧、水質を目標値に近づけるための自動運転はすでに行われてきたが、目標値の設定は人が行っている。また、「豪雨時など、下水の水質が突発的に変わる場合はベテラン技術者でなければ対応できませんでした」と、神戸製作所 社会システム第一部長の若松剛氏は語る。今回開発した「AIを活用した曝気量制御技術」は、そうした突発的な変動にも対処でき、あらゆる場面において自動運転を可能にする画期的なシステムだ。

アンモニア濃度をAIで予測
過剰な曝気量を10%削減

三菱電機は、全国の約20%の下水処理場に制御系の技術と設備を提供している。同社は今回、独自のAI技術「Maisart®(マイサート)」を用いて数時間後に流入する下水のアンモニア濃度を正確に予測し、曝気量を細かく制御できるシステムを開発した。

同システムの特長は、過去の流入水質を蓄積したデータベースと、三菱電機がプラントの監視制御で培ってきたノウハウを組み合わせ、精度の高い予測と制御を実現したことだ。現在の下水のアンモニア濃度をもとに、Maisartが予測した1時間先と2時間先の下水のアンモニア濃度は、実際の結果と見事に一致する。

三菱電機のAI技術「Maisart」が予測したアンモニア濃度と実測値の比較1時間先、2時間先の予測が実際の結果と見事に一致している

三菱電機株式会社 先端技術総合研究所
環境システム技術部
水質制御グループ
吉田 航 氏

また、人による制御では、どうしても若干の制御遅れが発生する。これが過剰な曝気量となり、電力の浪費へとつながっていた。「曝気量の制御をMaisartが最適化し、全体の曝気量を約10%削減できました。もちろん、処理後の水質は規定値を問題なくクリアしています」と、開発を担当した水質制御グループの吉田航氏は自信を見せる。

さらに今回のシステムでは、曝気量を反応槽ごとに変えられる新たな仕組みを導入した。流入する下水に近い場所にある反応槽と、遠い場所にある反応槽で、制御の重みづけを変える。曝気量をより柔軟にコントロールできる。

従来品と今回開発した「AIを活用した曝気量制御技術」の制御比較過去の流入水質を蓄積したデータベースをもとにAIで制御を最適化し、制御遅れを解消。約10%の曝気量を削減した

このような制御は、反応槽の位置と処理への影響を熟知している同社ならではのものだ。AIのアルゴリズムの中に、実地の経験や過去のデータから得られた知見を組み込むことで、不要な計算量を減らす。最短距離で正解を出せるアルゴリズムに最適化することで、「コンパクトAI」というコンセプトを生み出した。

ノウハウ生かす「コンパクトAI」
下水処理の常識を変える

三菱電機株式会社 先端技術総合研究所
環境システム技術部 水質制御グループマネージャー
工学博士 経営学修士
野田 清治 氏

水質制御グループマネージャーの野田清治氏によれば、今回のAI技術の最大の特長はそのコンパクトさにある。

Maisartはメモリー容量が小さく、高い処理能力がなくても運用できるため、現場の制御機器の中に容易に組み込むことができる。PCやクラウドも必要ない。下水処理場の現場にあるコントローラーにも内蔵可能だ。

「何でもかんでもビッグデータでむやみに計算していては、なかなか正解にたどりつけません」(野田氏)。専門家としての経験とノウハウがあるからこそ、それを活用して無用な計算量を大幅に減らし、コンパクトなAIを開発できる。すでに三菱電機では約70以上の機器やシステムに搭載しており、エレベーターの制御などにも応用している。

コンパクトAIはものづくりに取り組んできた日本企業にとって、その強みを活かせる分野の1つになっていくだろう。

同社が開発したAIシステムは、現場で培ってきた経験とノウハウを最大限に活かして成立した。それだけに精度と実効性が高く、ビッグデータを背景とする一般的なAIとは異なる高いパフォーマンスを発揮できる。下水処理場の常識を変える新しい技術として、多くの自治体の注目を集めている。

Mitsubishi Electric’s AI creates the State-of-the-ART in technology の略。全ての機器をより賢くすることを目指した三菱電機のAI技術ブランド。「Maisart」は三菱電機株式会社の登録商標です。

※データ出典:東京都下水道局技術調査年報, Vol.40, pp.77-87(2016)

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