宮田裕章慶応義塾大学医学部教授と飯田和男三井デザインテック取締役常務執行役員
宮田裕章慶応義塾大学医学部教授と飯田和男三井デザインテック取締役常務執行役員
宮田裕章慶応義塾大学医学部教授と飯田和男三井デザインテック取締役常務執行役員

「ウェルビーイング(幸福感)」重視で創造性が発揮できるオフィスづくりを

コロナ禍によるリモートワークの広がりによって、オフィスの役割が変わった。働く場をどう再定義するか。一つの答えを出したのが、三井デザインテックがフィンランド国立労働衛生研究所などと行った共同研究だ。「オフィスの滞在時間が長く、様々なスペースを使用して仕事をしているワーカー(働き手)が最もクリエイティビティが高い」との結論に達した。この研究成果をたたき台に、新進気鋭のデータサイエンティストとして注目され、クリエイティビティへの知見が高い宮田裕章慶応義塾大学医学部教授と飯田和男三井デザインテック取締役常務執行役員が、コロナ時代のオフィスに求められる要件を語り合った。

飯田 宮田先生は厚生労働省と連携して、LINEの国内ユーザー8300万人を対象にした「新型コロナ対策のための全国調査」を分析されました。

宮田 数えていませんが、プロジェクトは300ほどです。それらのプロジェクトを動かしていくために、この対談をしている慶応義塾大学医学部の研究室(東京・信濃町)を含めて、7カ所の仕事場があります。ですので、オフィスの役割というか、空間の役割をとても重視しています。

三井デザインテック取締役常務執行役員 飯田和男氏

飯田 当社は、「空間をデザインする、社会をデザインする」というビジョンのもと、ホテル、オフィス、住宅を中心に様々な生活シーンにおける知見をクロスオーバーさせてきました。
 そしてその考えの原点にあるのは、ウェルビーイングです。私どもが目指しているウェルビーイングは、個人が肉体的、精神的、知的に満たされている状態だけではなく、組織的にも人間関係においても満たされている状態です。働く個人の理想のライフスタイルをかなえることで、ウェルビーイングを実現することを目指しています。ウェルビーイングは個人の生産性向上や創造力の向上、そしてそれがひいては企業の生産性や創造力にもつながり、“個人と企業のWin-Winな関係”をもたらしてくれるものだと考えています。

宮田 これまではモノの所有が大事で、GDP(国内総生産)の規模が豊かさの指標の一つでした。しかし現在、世の中にモノがあふれ、次の社会にとって大事な指標は何かと考えた時、多くの経済学者が「ウェルビーイングだ」と言い出した。豊かに生きることが一番で、それを実現するための手段としてモノの所有があったり経済的な豊かさがある。優先順位が変わったのです。

飯田 当社は最近、フィンランドの国立労働衛生研究所、東京大学と共同研究したABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)の効果研究について発表しました。ABWは、働く時間や場所を自由に選択して、自らの業務に適した環境の中で仕事をする働き方です。
 実はこのABWが、個人のウェルビーイングの実現および企業の生産性や創造力の向上に深い関係があることが分かりました。一つは、個人の生産性と関連している点です。仕事に集中できる環境やリラックスできる環境、つまり個人が仕事をしやすい環境は、その人の生産性を高めます。二つ目は、つながりです。チームで仕事をしやすい環境、例えば効率的なチーム運営は、組織内のつながりを高めます。三つ目は、創造性の観点です。コミュニティを形成しやすい環境、つまり、人と人とが交流しやすい環境や、個人が組織の一員だと感じやすい環境を整えると、クリエイティビティを高める効果があることが分かりました。

慶応義塾大学医学部教授 宮田裕章氏

宮田 ABWは、働く場、生きる空間を設計していくことだと思います。この点で、住まい、ワークプレイス、憩いの場所のバランスがとても大事になります。これまでだと、家は家、オフィスはオフィスで分断されていて、リフレッシュする場も別でした。それが、デジタル技術で結び付けることができるようになったわけですね。

飯田 もう一つ注目すべき結果が出ました。「オフィスでの滞在時間」と「滞在した場所の数」の関係をワーカーの行動データから分析したところ、「オフィスの滞在時間が長く、多くのエリアを利用している働き手は、クリエイティビティとワーク・エンゲージメントが高い」との結論が出たのです。ワーク・エンゲージメントとは、働き手に熱意があるか、活力があるか、没頭できているかといった、仕事に対してのポジティブな状態のことです。一方で、「オフィスの滞在時間が長いが、使用するエリアが限定されている働き手は、クリエイティビティが最も低い」ことも判明しました。

宮田 面白い分析結果ですね。日本のオフィスではこれまで、統制や機能性のみが重視されてきました。自分の机があり、そこにずっと詰めている、そんなオフィスワークは効率が悪いということですね。いわゆる昭和の成長モデルが機能しなくなっていることを如実に示しています。
 今はワークプレイスそのものの付加価値が高まっていて、その場に集う意味が問われているのです。パッケージ型のオフィスではなく、一つひとつの企業が描くストーリーの中でオフィスをデザインすることが重要になっていると言えるでしょう。

飯田 今回の研究結果でほかにも注目すべきなのは、人との出会いです。とりわけ総合職の人は単にオフィスに滞在するだけではなく、オフィスの中でいかに多くの人と出会うかが、クリエイティビティを左右することも分かりました。そこには「偶発的な出会い」「暗黙知の共有」「心理的安全性」といった要素が作用していました。こうしたことは、リモートワークでは生まれにくい効果と言えます。

三井不動産新オフィスのCROSSINGエリア

三井不動産新オフィスのCROSSINGエリア。人・情報が交差し、イノベーションを生み出す場として内部階段の周辺に設けられている。グリーンをはじめ、人の五感に働きかけることで、心身ともに健康で満たされた状態でいることが、企業のパフォーマンス(生産性・収益性)を高める「ウェルビーイング」。これをワークプレイスで具現化した好事例だろう。

宮田 私もクリエイティビティを高めるうえで人とたくさん会うことにしています。出会う場も、重要です。その場に来た人がどんな気持ちになるのかということです。例えば、茶の湯における茶室のような“場”の役割を考えてみてください。茶室に入ると、一つの文化体験ができますよね。茶室という空間こそが人の気分に変化を及ぼす重要な要素となっている。
 東京大学から慶応大学に移った時、大学側にお願いして教授室、会議室、教室の内装を大胆に変えていただきました。かなり奇抜なデザインに見えるでしょうが、一つひとつに意味を込めています。
 場をつくる時は、どんな人たちとどのような目的で集うのかを重要視しています。それは研究プロジェクトのエンゲージメントに関わるからです。プロジェクト運営には波があり、研究者個人の利益でつながっているだけでは瓦解するリスクもあります。それを避けるために大事にしていることが「シェアードバリュー」(共通価値の創造)です。自分たちはなぜこのプロジェクトに集うのか。どのような共通目的でこのプロジェクトを実現しようとしているのか。ミッションを共有することが欠かせないのです。

飯田 リモートワークが浸透する中で、オフィスをどんな場にすべきなのか。リモートワークで失われたものをどう組み込んでいくのか。企業はウィズコロナ、アフターコロナを意識された新たなワークスタイルを模索されています。それを考えるうえでも、ウェルビーイングを追求することが大きなカギになると考えています。

宮田 注意しないといけないのは、独りよがりなウェルビーイングでは何事も続かないという点です。それぞれがつながりながらウェルビーイングを実現できるようにしなければならないということが、コロナ禍で再確認された。そのつながりをデザインできるのが、空間であり、社会の仕組みです。
 働くことが、個人と会社のウェルビーイングにつながっていく。そのためにはオフィスもウェルビーイングでなければならない。その価値の重要性に御社がいち早く気付かれたことは非常に大事なことだと思います。

文/國貞文隆 人物写真/世良武史

持続可能な価値とデザインを語り合う“時間あたりの価値”を上げる大切さ