宮村 経済産業省は、日本企業におけるAIガバナンスのあり方を例示するものとして、「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン ver. 1.0」(以下、AIガバナンス・ガイドライン)を策定されましたね。
私もガイドライン検討会の委員の一人として参加しましたが、最初から固定的な規制化をするのでなく、「アジャイル・ガバナンス」の実践を旨とするなど、日本オリジナルの仕組みがいくつも採り入れられている点が非常に画期的だと思います。
泉 AIのリスクは業種や用途によって大きく異なるものです。それをone-size-fits-all(1つの枠に当てはめる)のルールでくくろうとすると、むしろAIを活用したイノベーションを阻害してしまう恐れがあります。AIガバナンス・ガイドラインでは、リスクを抑えるだけでなく、いかに革新や成長を促すかというバランスを考慮しています。
また、AIはこれまでの技術と違って変化が速いことも大きな特徴です。それに伴い、AI活用に関するリスクも、状況や環境変化に合わせて絶えず変化をしています。そのため、最初からルールを作り込んでしまっては対応が追いつきません。そこで、周辺環境の変化とともにルールを柔軟に見直していく「アジャイル・ガバナンス」の考え方を採り入れました。
AIガバナンス・ガイドラインでは、まず内外環境を分析してガバナンスのゴールを設定し、それを達成するための組織やルールを作り、運用のマネジメントと評価を行い、可能な限りAIガバナンスを外部に向けて説明する、というサイクルを回すことを提唱しています。
さらに、これらの運用実績を評価し、ゴールに照らし合わせてうまくいっていない場合には、マネジメントシステムやゴールそのものを見直すことが重要になります。このサイクルを高速に回転させ、社会の変化に対応しながら、より良いAIガバナンスを追求しようというのが「アジャイル・ガバナンス」の考え方です。
宮村 国の考え方として、イノベーションを阻害しないよう「アジャイル・ガバナンス」を指向するというのは、非常に工夫された独創性の高いアプローチです。
PwC JapanもAIの社会実装を進めるためには、経済産業省が提唱する「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」「改善」といったサイクルをマルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていく「アジャイル・ガバナンス」の実践が必要であると考えています。常にインパクトを意識して、自社や社会が受ける負のインパクトを最小限にするための方策を取り続けることが肝要です。
泉 AIガバナンス・ガイドラインにはたくさんの仮想的実践例を盛り込んでいますが、依然として抽象的であるため、同ガイドラインに沿ったAIガバナンスを普及させるためには、同ガイドラインの具体的な実践例を提示していくことが重要になります。例えば、業界ごとの具体的なガイドラインやベストプラクティス(成功事例)の形成を支援できればと考えています。
藤川 AIガバナンスは、まだ方法論が確立されていないので難しいテーマだと思いますが、積極的に取り組むことは、企業の競争優位性の獲得にも結びつくはずです。また、ステークホルダーに自社のAIの活用内容や安全性を説明することで、AIの普及促進や顧客獲得にもつながると期待しています。
宮村 難しいと感じる企業は、まずはデータガバナンスから始めてみるのも一つかもしれません。AIとデータは切っても切れない関係ですし、データの安心・安全な管理運用を実践するだけでも、顧客の信頼はかなり担保されますからね。
泉 技術が今後さらに進歩すれば、AIも少しずつ汎用化が進み、どの程度のリスクなら許容できるかというバランスがつかめるようになるかもしれません。しかし、それを待ってAIの活用を先延ばしにすると、社会の変化に取り残されてしまう恐れもあります。
むしろガバナンスをしっかり利かせ、リスクを抑えながら、AIを活用して社会の変化に対応していく積極的な姿勢が求められているのではないでしょうか。
経営者の皆様には、ぜひAIのメリットとリスクを十分に理解した上で、AIガバナンスを利かせながら成長していく戦略を描いていただきたいですね。
