新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響により、社会は急激な変化を余儀なくされた。顧客の購買行動は大きく変わり、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速が迫られている。現状をどう分析して、対応すれば良いのか。セールスフォース・ドットコムのエグゼクティブバイスプレジデント&ゼネラルマネージャー、アダム・ブリッツァー氏が語った。
アダム・ブリッツァー氏が住む米国・サンフランシスコのロックダウンが始まったのは、全米で最も早い昨年の3月。ここから、全米の大都市が次々と追随を始めることになる。「第1四半期(1~3月)は、多種多様な業界に影響が及びました。すべてのイベントが中止になり、小売業は店舗での販売ができなくなった。ホテル、病院なども打撃を受けました」と振り返るブリッツァー氏。この影響は、第2四半期(4~6月) も続く想定をしていたという。
しかし、その予想は見事に裏切られた。「様々なビジネスで、パンデミック(世界的大流行)の長期化を見越したDXが進みました。その効果もあり、米国では今年1月時点で約2000万人の感染者を出しながらも、経済は回復傾向にあります」(ブリッツァー氏)。ただし、すべての業種業態が順調というわけではない。「企業は不均等な形でパンデミックの影響を受けたため、DXの進捗度合いやスピード感は、業種業態、企業の規模などによって異なります」とブリッツァー氏は指摘する。実際、全米の12の地区連銀(連邦銀行)がまとめた経済報告「ベージュブック」には、「業種によって回復の程度は大きく違う」と記載された。
早い段階で業績を立て直すことができたのは、業種業態や企業規模を言い訳にせず、能動的にDX対応ができた企業だ。テレワークや巣ごもり需要に必要なソフトやハード、ネットワークを提供する企業に限らず、小売業、製造業、エンタメ産業でも、それぞれの特徴とDXをうまく組み合わせることで進化した企業は多い。
では、DXを活用しコロナ禍による社会と経済の変化にうまく対応できたのは、どういった企業だったのか。
ブリッツァー氏は、「顧客に対してどう対応するのかを熟考して、適切なツール、あるいはプロセスで柔軟に対応し、いち早く仕事のスタイルを変化させることができた企業が成功を収めました」と分析する。
中でも、興味深い変化が現れているのは小売業だという。「コロナ禍以前から、米国ではほぼ100%の小売業がオンラインビジネスを手掛けていますが、コロナ禍によるステイホームはその流れを加速させました」(ブリッツァー氏)。一方、その余波を受けたのは、ロジスティクスだ。配送能力のキャパシティーを超えてしまったため、顧客が商品の受け取りに対して、ストレスを感じてしまうようになったという。
ブリッツァー氏は、「この場合、顧客の不満は配送業者ではなく小売業者に向かう」と指摘する。その解消のために小売業者が取った施策が、インターネットで注文を受け付けて、近隣の店舗でピックアップしてもらう方法だ。これは、BOPIS(Buy Online Pick Up In Store)と呼ばれ、顧客自身が受け取り時間や場所を管理するやり方である。全米最大規模のホームセンター『ホームデポ』、スーパーマーケットの『ウォルマート』や『ターゲット』、家電量販店『ベストバイ』などをはじめ、多くの量販店が採用している。
「オンラインを活用した顧客行動のトレンドは、パンデミックが収まった後も変わらないでしょう」と予測するブリッツァー氏。実店舗では店舗内を歩き回っているときに思わぬ商品と出会うこともあるが、オンラインでも同じようなエクスペリエンスを高めることが重要だと考える。「今後は、レコメンド機能によるパーソナル化などの精度をより高めていくことが必要です」と語った。
米国で着実に進むDXやeコマース。キャッシュレス化も浸透しており、対面せずともスムーズにサービスを受けることが日常化している。一方、日本ではまだ地方を中心に現金社会が残っており、DXやeコマースにも進化の余地が多い。その理由をブリッツァー氏は、こう分析する。
「日本の社会では、多くのことがスムーズに運営されすぎています。例えばタクシー。日本のタクシーのサービスや利便性は米国に比べて非常に高いレベルであるため、Uberが登場しても米国と同じような受け入れ方はされていません。顧客が不満を感じる点が少ないことがDXの進化が穏やかな理由の一つかもしれません」
日本でDXを加速する動きが出てくるとすれば、ジェネレーションY(1980~95年生まれ)・Z(1995年以降生まれ)といったデジタルネイティブ世代が感じている不満からなのでは、とブリッツァー氏は予測する。「ジェネレーションX(1965~80年生まれ)の買い物は、店舗に足を運ぶことが一般的でした。しかし、ジェネレーションY・Zはパソコンやスマートフォンを使いこなしており、すべてを手の中で完結させたいと思っています。彼らの購買行動やデジタルエクスペリエンスを考えれば、DXはかなり推進するのではないでしょうか」
過去の歴史をひも解いても、沈静化しなかったパンデミックはない。コロナ禍も、いずれ必ず収まることだろう。しかし、コロナ禍により加速化したDXの流れは止まることはない。
「AR(拡張現実)を活用することで、家にいながらにして家具や絵画のサイズやカラー、部屋とのマッチングを試せるサービス。動画配信を利用したライブコマース。AIを活用したレコメンド機能。BOPIS。これらは、アフターコロナ時代にはすべての顧客が求めるサービスになるでしょう。顧客は一度、進化したデジタルエクスペリエンスを知ってしまったら、今後はそれを基準にさらなる良いエクスペリエンスを求めるはずです」とブリッツァー氏。そして、マーケティングの変化にも言及した。
「ライブコマースを例に挙げましたが、こういった動きによって、企業と顧客との会話が重要になるはずです。これまでの情報発信は、企業から顧客への一方通行で、企業からのメッセージに顧客は返事をする手段を持っていませんでした。今後は、双方向のコミュニケーション、会話が生まれます。企業はそれに合わせた仕組み作りや変化が必要です」
そういった変革を後押しするパートナーであることが、セールスフォース・ドットコムの使命だ。ブリッツァー氏は「これまでのビジネスでは、同業種に競合が存在していました。しかし、これから業種や業態はより複雑になり、競争相手も多様化していきます」と語る。だからこそ、企業のビジネスモデルに合わせたサービスを徹底しているという。
「当社は、プラットフォームを構築し、アプリ・ソフトウエアを提供する、いわゆる『SaaS(Software as a Service)』企業です。当社製品のユーザー企業の皆様は、自社サービスに必要なアプリやソフトウエアをプラットフォームに合わせて組み込んでいただくことができます。このアプリやソフトウエアは、当社のパートナー企業の方々が自由に開発しており、セールスフォース・ドットコムのアプリストア『AppExchange』で入手可能です」とブリッツァー氏。いちからシステムを組み上げるのではなく、現状でできることに対して、アプリやソフトウエアを追加することでDXを加速させる柔軟性が強みだという。
「重要なのは、プラットフォームやアプリ・ソフトウエアにより顧客のDXが進み、しっかりと価値が生まれて継続的に成長してもらうことです。それによって、企業とその顧客、当社のパートナー企業、そして私たちセールスフォース・ドットコムからエコシステムが生まれると考えています」
セールスフォース・ドットコムは、企業のDXを支え、革新に挑戦する人々を『Trailblazer(トレイルブレイザー:先駆者)』と呼んでいる。自ら進化させようとする企業とパートナー企業は、みなトレイルブレイザーだ。最後に、ブリッツァー氏は、これからDXへの取り組みを加速させる日本企業にエールを送った。
「まずは、小さなことから始めるべきです。いきなり、会社全体でDXを実現するような巨大プロジェクトに取り組むことは不可能。デジタル化できることから少しずつ始めるといいでしょう。そして、決して業務プロセスをデジタル化して、効率を求めることがDXだと勘違いしないでください。重要なのは人であり、顧客のエクスペリエンスなのですから」