東京海上ディーアール
代表取締役社長
米Robust Intelligence
共同創業者
生成AIが次の一歩を踏み出そうとしている。腕試しの段階は終わり、実業の中心でいかに使うかが焦点だ。スタートラインは一直線。どこの国の企業にも差はない。ともすれば慎重な日本企業が、この機を生かして世界に巻き返しをかけることができるのか。日本企業のAI活用推進支援を目的として協業を開始した東京海上ディーアール(TdR)と米Robust Intelligence(RI)のトップが、AIを巡って重要な節目を迎えた企業の今後の方向について語った。
堤氏2022年暮れごろから一気に生成AIがビジネスの世界に普及しました。
大柴氏2023年は生成AIをとりあえず試してみる1年でした。2024年はそれを本格活用する年だと思います。社内だけじゃなく社外向けのサービスに展開したり、コアなビジネスで使ったりする動きが始まっています。日米の大企業がほぼ同じタイミングで試験運用から本格運用に移ろうとしている。
以前は日本がAIの活用で世界に後れを取っていましたが、生成AIの登場で状況がリセットされました。ChatGPTが現れてまだ1年くらい。つまり、出遅れたとしても1年だけなんです。今こそ日本がAI先進国になれるチャンスです。
堤氏今の状況は、「Windows 95」が登場した時と似ているかもしれません。コンピューターの利用を一般人に開放したのがWindows 95だったとしたら、生成AIはまさにAIを誰でも使えるようにする技術です。あの時と同様に、これから新しいビジネスモデルや働き方が必ず出てくると期待しています。
大柴氏かつて投資家のマーク・アンドリーセンは「ソフトウエアが世界を食い尽くす」と書きました。今度はAIの番です。今あるソフトウエアをAI化し、全てのビジネスの中にAIが入っていく。マイクロソフトやセールスフォースといった会社が既にそういう動きをしています。全ての企業が事業にAIを取り入れないと生き残っていけない時代が来るでしょう。
米Robust Intelligence 共同創業者 大柴行人 氏
堤氏中核のビジネスにAIを使う上では、当然リスクもあります。例えば、AIは既存の著作物によく似た作品を作ってしまう可能性があります。それが一般向けに企業が提供するコンテンツで、社外から著作権侵害を指摘される事態になると、世間を騒がせ、ブランドが大きなダメージを受けることになりかねません。
大柴氏北米の企業は新技術をまず試してリスクを洗い出す傾向があるので、実際に問題が顕在化しています。例えば航空会社のエア・カナダでは、顧客対応をAIチャットボットに任せたところ、航空券の払い戻しの方針で間違った回答をしてしまい、顧客から訴訟される騒ぎになりました。同社は、この件で賠償金を支払っています。
堤氏かつて、自動車が普及し始めた頃には事故も多く発生したようですが、自動車保険の登場により誰もが安心して運転できるようになりました。AIの普及においても同じような展開が想定されます。
大柴氏最近は日本企業の方々も、AIのリスクを意識するようになりました。起業した2019年ごろは、AIのリスクについて顧客に長時間説明する必要があったのですが、近頃は最初から「AIのリスクが怖いので何とかしたい」というお話を頂くことが大半です。ただし、どのような対策を取ればいいのか、なかなか分からない。
そこで、業界を代表する大企業の皆様と共に「AIガバナンス協会」を2023年に設立しました。AIのリスクを考慮した活用ガイドラインの作成や、政府との交渉・連携、ベストプラクティスの共有などが狙いです。
堤氏同協会には東京海上グループも加わっています注1)。自社の経験も反映しながら、AIを安心して使える仕組みを官民で協力して作りたいと思っています。日本だけのサービスでは相手にされないこともあるので、日本発の標準規格や相互に互換性のある仕組みを作りたいですね。
大柴氏AIのリスク管理に関して、日本は世界の中でもすごくいいポジションにいると思います。AIの規制では、EUが法律でガチガチに縛るのに対して、米国は逆の立場です。両者のバランスを取って、整合性の取れたグローバルなスタンダードを作る役割がまさに日本に求められています。
東京海上ディーアール 代表取締役社長 堤 伸浩 氏
堤氏個別の企業におけるリスク管理の枠組みは、対象がAIになっても、従来のサイバーセキュリティなどと大きくは変わりません。セキュリティのポリシーをどう作って、どうチェックして、組織としてどう対応するかといったガバナンスの部分は共通します。そこはTdRが強みを持つ部分です。ただし、AIの技術に関連する部分は別です。そこは東京海上グループが業務提携しているRI社の力を借りることにしました。
大柴氏RI社は、大きく2つの作業を自動化する技術を持っています。まず、AIを組み込んだシステムを、自動的にテストする技術。例えばAIに入力する文言など、テストに使う事例を自動的に作成・入力して、AIの反応に問題がないかを洗い出します。もう1つは、AIの動作を監視して問題を見つける「AI Firewall」と呼ぶ技術です。AIの応答に間違いや不適切な答え、個人情報の漏洩などがないかをチェックできます。
ただし問題を100%検出することは難しく、未知の脅威は必ず存在します。そこはまさに保険が対象とする領域ではないでしょうか。
堤氏AIリスクへの対応で特に重要になるのは、問題が生じた時に、賠償金の支払いという枠を超えて、専門家が寄り添う体制だと思います。例えば知らぬ間に著作権侵害をしてしまった企業には、緊急対応、影響度調査、専門弁護士の手配や相手との交渉などで支援するイメージです。既にTdRはサイバーセキュリティ分野で専門事業者や東京海上日動と連携してそのようなソリューションを提供しています。
大柴氏AIのリスク管理の市場は、今後全世界で数兆円の規模になる可能性があります。今RI社は、その市場でトップを走っています。この分野に10年も前から取り組み、グーグルやマイクロソフトといった先進企業で対策を手掛けてきた優秀な人材もいますから。東京海上グループとの協業を通じて、今後もこのポジションを維持するつもりです。
堤氏リスクコンサルティングの専門家であるTdRは、損害保険を手掛ける東京海上グループの一員です。リスクコンサルティングと損害保険を一体で提供しているグループは世界でも珍しい。先ほどのサイバーセキュリティのソリューションは、この体制があって初めて提供できました。AIでも同様の強みを発揮してAIリスク対策のエコシステムをRI社と共に開発し、提供するつもりです。
撮影:栗原克己