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「やれること」と「やるべきこと」 東京海上ディーアール
ソーシャルイノベーションユニット ディレクター
目黒文子

蓄電池にためた電力を市場で取引して収益を上げる事業を請け負う新しいサービスを、東京海上ディーアール(TdR)が立ち上げた。データビジネスの特性そのままに、顧客が増えるにつれて競争力を増すこの新事業は、既存の事業とはかけ離れた領域にある。そのような事業を一から立ち上げたのが目黒文子氏。社内や業界の常識にまだ疎い転職組を率い、グループのデジタルトランスフォーメーション(DX)を先導するトップランナーに躍り出た。

電力系統につないだ蓄電池の動作を管理するだけで、発電は一切せずに稼ぐ。そんな事業が2022年5月から実施可能になった。電力事業法の改正によって電力系統に直接つながる1万kW以上の蓄電池が「発電所」として扱われるようになり、「電力卸売市場」「需給調整市場」「容量市場」といった3つの電力取引市場で、系統用蓄電池だけを運用する事業者も取引できるようになったからだ。

TdRが目指しているのは、これらの市場を相手にした売買を組み合わせ、利益を最大化できる取引の運用サービスである。それに向けて目下のところは、事業に参入する顧客のビジネスの立ち上げまでを支援するコンサルティングを提供している。電力取引市場に新参者として加わったにもかかわらず、TdRは早くも複数の顧客を獲得した。日本を代表するエネルギー関連会社など、有力な企業が顔をそろえる。

電力取引は、従来の東京海上グループの土俵からかけ離れた、いわば「飛び地」のビジネスである。首尾よく事業を立ち上げるには、異色の人材の力が必要だった。

中心になったのはTdR ソーシャルイノベーションユニットでディレクターを務める目黒文子氏である。外資系コンサルティングファームを経てTdRに参画し、新規事業の立ち上げに3年余り携わってきた。上司は同じく外資コンサル出身で、同社のCBDO(Chief Business Development Officer)を務める園田展人氏。後からチームに加わったビジネスデザイナーの中山依美氏、横山友仁氏も、それぞれメーカーや証券会社からの転職組だ。

異業種の知見を生かしながら、軽やかなフットワークで奔走する目黒氏のチームは、保険の領域を超えたチャンスの発掘にピタリとはまった。

目黒氏らは、グループを挙げて推進するグリーントランスフォーメーション(GX)との親和性が高い蓄電池に目を付け、複数の事業の可能性を検討してきた。蓄電池の劣化診断や、車載蓄電池の再利用など、いくつものアイデアを提案した。だが、なかなかゴーサインが出ない。賭けに出たのは2023年度初め。高い収益性を見込める系統用蓄電池の活用だけを残し、他の案をバッサリ切り捨てた。

顧客のあてがあったわけではない。思いつく限りのつてを頼った顧客探しは、案の定、行き詰まった。

朗報とともに窮地に

光明が差したのは突然だった。ある企業から話が舞い込んできた。聞けば、FIT(固定価格買取制度)を当て込んだ太陽光発電事業の後釜として、系統用蓄電池事業を検討したいという。事業の概要を説明したところ、ほどなくして、その企業から契約を希望する申し入れが来た。

ところが朗報を聞いた目黒氏は頭を抱えた。新事業の収益性が年単位で確保できる見当は付けていたものの、基本となる日々の電力取引については、もう一工夫が必要だと考えていたからだ。目黒氏の上司である園田氏は、当面の情報として年単位で検討した、ざっくりとした事業の見通しを、得意先候補に提示していたのだが、最初の顧客は、その段階で契約を決断した。このため最初の顧客が決まるタイミングが見込みよりも早かった。だが、決まった以上、「ちょっと待って下さい」とは言えない。目黒氏は窮地に陥った。

目黒氏が、毎日の電力取引における収益性の検討をおろそかにしていたわけではない。むしろその逆である。初めて取り組む業界なので、常に異業種の案件を扱うコンサル時代さながら、大量の資料を読み込み、何人もの専門家を渡り歩いて、電力取引のやり方を徹底的に研究していた。だが実務経験がなかった。

もしかすると、それが電力取引において不利に働くかもしれない。その不安を拭い去るには、電力取引に関する何か独自の「技」が必要だと考えていたのだが、それがなかなか編み出せないままになっていた。

追い詰められた目黒氏は、思いつく限りありとあらゆる取引のパターンを検討し、取引ルールの狭間にある妙案を探す。

「『こうすれば手堅く収益が上がるかもしれない』『それを実現するのは現状では無理』」なんて話をチーム内で何度も繰り返していました」(目黒氏)

目黒文子氏

悶々とする日々のなか、ある日かすかな光が見えた。

「電力業界には、3つの市場のうち卸売市場が中心になるという暗黙の了解があります。最初は私たちもそこにとらわれていた。でもあるとき、それって関係ないって気づいた。既成概念に縛られず、3つの市場をどううまく組み合わせるかを考えようと。それが突破口になりました」(目黒氏)

最初の顧客から聞いた状況から、太陽光発電ブームをきっかけにエネルギー事業を始めた一連の企業が、大きな鉱脈になりそうなことが分かった。東京海上グループの顧客で条件に当てはまる会社はいくつもある。そこを起点にした営業が、2社目、3社目の獲得につながっていく。

保険やリスクマネジメントに関する強みも生きてくる。例えば蓄電池を設置する用地の選択では、自然災害のリスク評価や土壌汚染調査のサービスを提供できる。

広がる可能性

目黒文子氏

さらに先の可能性もある。東京海上グループには、顧客の資産(アセット)の運用・管理サービスを提供する企業がある。いずれは、複数の会社が出資した特別目的会社(SPC)が蓄電池を保有し、その運用・管理を東京海上側が担うビジネスが成立し得る。

TdRの新ビジネスには、顧客が増えれば増えるほど有利になる構図がある。現実の取引のデータが蓄積されるほど機械学習の応用によって、よりよい取引手法の発見に近づくためだ。顧客が増えるほどデータが増え、データが増えるほどビジネスの競争力が高まる。これはまさに、TdRが発足以来目指してきたデータビジネスそのものだ。しかも、目標としてきた「既存事業とは全く異なる領域に橋頭堡を築く」ことにも成功した。

「TdRは、その使命を果たすべく、『やれること』を起点に新規事業を立ち上げてきました。それは誇るべきこと。ただそれらとこの事業はちょっと違う。個人的には、これが私たちの『やるべきこと』だったんだと最近は考えるようになりました」(目黒氏)

撮影:栗原克己

東京デジタル
東京海上ディーアール

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