


テレビドラマ化され人気を博した『半沢直樹』シリーズをはじめ、現代社会に生き、働く人々に活力を注ぎ込む小説を著してきた作家の池井戸潤氏。その作品群には、直木賞を受賞した『下町ロケット』とそれに続くシリーズ、足袋の老舗メーカーがスポーツシューズ開発に乗り出す『陸王』など、ものづくりの現場を舞台にしたものが多い。作家として、またM&Aコンサルティング会社の役員としての顔もあり、今もビジネスシーンに関わり続ける氏が感じる、日本の中小メーカーの現状、そして将来性について語ってもらった。
「編集者と飲み会をしていたとき、『大田区の中小企業が集まるとロケットが作れるらしい』という話を聞いたんです。町工場の技術力が高いという話は子どもの頃から聞いていたし、それが実際にそうならすごいことだと思って、ある社長さんにアポイントを取って話を聞きに行きました。ところが、その方は『無理ですよ』と言下に否定。元々都市伝説だったのかもしれません。一瞬、小説にするのを諦めかけました。大手の企業でなければ作れない状況になっているということでしたが、じゃあコアな技術で特許を持っている企業があって、その部品を納入するという参入なら?と尋ね直したら『だったら可能性はあるかもしれない』と。そうして、佃製作所という研究開発型の中堅企業を舞台にした小説が生まれたんです」
独自のバルブ製造技術を社長と社員が一丸となって磨き、大手企業に伍する戦いを繰り広げる物語は、リアルな描写とストーリーの躍動感が相まって大きな感興を呼び起こすが、意外にも「取材はほとんどやらない、最初に『こういう話ができるか、できないか』を確認するのと、書き終わったところで補強したいところについて確認する程度」とのこと。かつて都市銀行で融資を担当し、コンサルティング業に関わった経験からも、池井戸氏にとって中小企業の現場や工場は、以前から自然と身近に感じる場所であった。

「ものづくりをやっている会社の役員として経営会議に参加したりもしていたので、興味や関心がある以前に、僕にとっては日常生活の一部です。そういう作家は、もしかしたらあまりいないのかもしれません。ですから、中小企業や工場というのは、金融と並んで自分の中で“書ける”ジャンルのひとつでした。自分にしか書けないジャンルがあるということは、作家にとって大きな強みです。それに、金融界を舞台に小説を書くとなると、敵となる相手が限定されていたりしてやや窮屈さがありますが、ものづくりにはいろんな業種があり、幅が無限にある。小説のテーマやモチーフの裾野も、ずっと広いと感じています」
趣味で深めたカメラの腕をもって、今は日本各地の大小の工場を訪ねて写真を撮り、記事を執筆している池井戸氏。感じるのは、「どの工場もやっていることは同じようでいて、全然違う」ということだという。
「同じ溶接の工程でも、工場の規模や作るもの、作り方によって全然異なっていて、そこが面白いですね。唯一、共通しているのは、働いている人たちが皆、真面目で一生懸命だということ。で、ちょっと家庭のような温かみがある。これは、僕が経験してきた金融の現場と大きく違うところです」
『下町ロケット』は二度のドラマ化で好評を博し、2015年には人工心臓弁の開発に取り組む『下町ロケット ガウディ計画』、2018年には自動運転の農機具に搭載するトランスミッション製造の奮闘を描いた『下町ロケット ゴースト』『下町ロケット ヤタガラス』と続編が書き継がれた。佃製作所という一企業の技術開発力が、宇宙開発のみならず医療、農業分野へ発展したわけだが、池井戸氏はその理由を「経営者が、常に新しいことを考え続けてきた結果」だと語る。
「銀行時代から多くの企業経営者と接してきましたが、2代目まではなんとかなっていても、3代目まで栄える会社となると、数はガクッと減るものです。創業者が築いたビジネスモデルや経営基盤が、10年20年、半世紀と時間を経るうちに、なかなか通用しなくなってくるんでしょうね。ですから、創業者はもちろんのこと、成功する経営者に共通してあるのは、やはりやる気と創意工夫。2代目、3代目でも、今ある枠組みにとどまらず、社会構造や環境の変化を睨みながらいろんな方面にアンテナを張って、『こういうものができないか』『こんな可能性はないか』ということを、常に考えています。いつも新しいものを探しているような人でなければ、今の時代、事業を継続し発展させることはなかなか難しいのではないでしょうか」

それは作家の世界でも同じだと、池井戸氏。ベストセラー作品を生み出し続けるための創意工夫は24時間、氏の体内を巡り続けている。
「いつも『次の場面をどうするか』を考えていて、ときには明け方の5時に突然『ああ、そうだ!』と飛び起きてアイデアをメモしたりすることも。それはきっと経営者も同じでしょう。『もう夕方5時だから今日は考えるのをやめよう』という態度では、うまくいくはずがないですよ(笑)。発想力とアイデアは人それぞれで、経営者にも独自のノウハウが備わっていて、今の時代に自分が、自分の会社がどう変わっていくかも、それに基づいてのこと。そのためにも、まずは何か新しいことを常に考えること、その必要性に気づいているかどうかが大事なんです」
競争力の元となる得意なジャンルや核となる技術を磨きつつ、不断の努力を重ねる――事業の次なる一手も、小説の次の場面も、そうした先にもたらされるものだと、氏は強調する。
「ひらめきというのか、アイデアというのか……事業にも小説にも、何らかの『発明』がなければならないと思いますね。しかもそれは、事業を始めたばかりの頃にはポッと浮かぶこともあるかもしれないけれども、長年続けていろいろな策をやり尽くしたと感じる頃には、なかなか出てこなくて苦しいものなんです。時間を忘れて何日も何カ月も必死で考えて、ときには疲れ果ててしまうこともある。でも、ため息をついて何か他のことをやっている、そんなときにふと浮かんだりするものだったりもするから……。とにかく、現状に対する危機感と、次の一手を追い求める執念は絶対に必要。それは、作家にとっても経営者にとっても同様だと思います」

