食器やタイルといった陶磁器などを通じて私たちが生活空間の中で慣れ親しんだ素材であるセラミックス――。食品を入れても安全で、錆びることもなく長期間の利用が可能。そして何より温かみさえ感じる美しさがある。しかし、こうした優れた特性があるにもかかわらず、応用先は意外と少ない。工業製品として大量生産するうえで、セラミックスには扱いにくい性質があるからだ。AGCセラミックスは、3Dプリンターで出力可能なセラミックス造形材「BRIGHTORB®(ブライトーブ)」を開発した。3D CADで設計した通りに精緻で複雑な形状の造形物を表現できる材料だ。その高精度な仕上がりは、クリエイティブ分野の要求にも応えるもの。エンジニアリング分野だけでなく、アート・デザインなどの世界においても素材革命を巻き起こしつつある。

焼成後の縮みを1%に抑制する
高精度のセラミックス3Dプリンティング

AGCセラミックス
アディティブマニュファクチャリング室
マネージャー
脚田 春彦氏

開発過程での試作や装置・設備を構成する部品、治具の製造、さらには金型・鋳型の製作など、ものづくりの様々な場面で3Dプリンターが活用されるようになっている。切削や射出成形など、従来加工法では実現が困難な複雑な形状のものを作ることができる、画期的技術だ。

3Dプリンターはこれまで、適用可能な材料が樹脂や一部の金属などに限定され、さらにはプリント後の精度が粗かったために適用範囲が限定されていた。これが近年使用可能な材料が広がり、さらには加工精度(積層ピッチ)も向上したことで、より多くの用途で活用できるようになった。3Dプリンターの分野は装置をはじめ、利用可能な材料や応用技術のそれぞれが急激に進化し、ものづくりの生産工程や製造業のビジネスに革命的な変化をもたらしつつある。

AGCセラミックス
アディティブマニュファクチャリング室
横山 まり氏

AGCセラミックスは、電気溶融技術やセラミックスの電気溶融技術やセラミックスを球状、かつ粒度を均一に製造するノウハウを生かし2017年に3Dプリンター用セラミックス造形材「BRIGHTORB(ブライトーブ)」を開発した。セラミックスは土器や磁器などの材料として、人類が1万年以上慣れ親しんできた。しかし、セラミックスを素材としてものを作る際には、原料を成形した後に高温で焼き固める「焼成」と呼ぶ工程が入る。ここで10%以上の縮みや歪みが生じてしまう。しかも材料自体が硬く脆いことから、焼成後に切削などの加工を施して形を整えることも困難だった。このため、金属や樹脂などに比べて、工業製品の材料として使いにくい側面があった。

さらに3Dプリンター自体も、精度面での課題を抱えていた。3Dプリンターは立体物を作り上げるために、断面となる形状を1層1層積み上げながら造形していく。層の厚さ方向は粒径などで規定されてしまうため、ミクロン単位の加工が可能な切削など他の加工法に比べれば、どうしても精度が低くなる傾向にあった。

BRIGHTORBは「セラミックス材料の3Dプリンティングが抱える収縮と精度という2つの課題を一度に解決し、精度の高い造形を可能にしました」とAGCセラミックス アディティブマニュファクチャリング室 マネージャー 脚田春彦氏はいう。

BRIGHTORBとは、極微粒(約50μm)の人工セラミックスビーズ(=AGCセラミックス製品FINE-Bz®)と、水分で硬化するアルミナセメントからなる混合粉末だ。「BRIGHTORBの主原料であるFINE-Bz®は、元々は廃棄物となる耐火物屑を原料に用いた製品です。ガラス窯用耐火物を原点として100年以上にわたり耐火物事業を継続してきた我々ならではの深い理解と使いこなすための知見を生かし、3Dプリンター用セラミックス造形材を開発しました」とAGCセラミックス アディティブマニュファクチャリング室の横山まり氏はいう。

図1 BRIGHTORBを用いた3Dプリントの仕組み

さらにその潜在能力を引き出す3Dプリンティング技術を、プリンターメーカーと共同で開発した。粉末積層方式3Dプリンターのヘッドから、設計データに基づき、硬化液を吐出して1層分の断面形状を形成する。それを積層していくことで、立体物を精密に造形する技術を確立した(図1)。ここでは1層分の厚さが0.1mmと薄いため、積層痕が目立たない。しかもBRIGHTORBは、焼成後の収縮率が1%以下と極めて小さい。このため、設計図通りにプリンティングした焼成前の造形物の形状を、焼成後もほぼそのまま維持できる。

図2 3Dプリンター用セラミックス造形材「BRIGHTORB」
(左)BRIGHTORBの粉末、(右)3Dプリンティングした水冷式マニホールド形状の鋳造部品の鋳型

BRIGHTORBを活用すれば、3D CADで描いた緻密で複雑な造形物の形を、セラミックスを素材として±0.5mmと驚くべき高精度で造形できる(図2)。しかも、CADデータを基に直接プリンティングできるため、開発期間を劇的に短期化できる。

これらの優れた特徴によって、これまで3Dプリンティングの適用が困難だったステンレス鋼や鋳鋼などを精密に鋳造する無機鋳型の製作が可能になった。既にユーザーは、欧州や中国など世界中に広がっている。形状が複雑なポンプ、エンジン用部品の製作など、幅広い用途で使用される。「今後は非常にハイスペックな鋳造用途で要求される±0.3mm以下の精度を実現し、航空宇宙用にも利用できるまでに技術を磨きたいと考えています」と脚田氏はいう。

ミラノデザインウィークに出展
クリエイティブ分野にも革命を起こす

BRIGHTORBは製造業でのエンジニアリング用途だけでなく、アートやデザインなどクリエイティブの世界にもイノベーションを起こしつつある。AGCは2019年4月、イタリア・ミラノで開催された世界最大規模のデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」において、自社で保有するガラスの三次元曲面成形加工技術と、BRIGHTORBを利用した「Emergence of Form」と題したインスタレーションを披露した(図3)。

図3 2019年に開催されたミラノデザインウィークで披露したインスタレーション「Emergence of Form」
(左)Emergence of Form 展示の様子、(右)BRIGHTORBで制作した水面の波紋を表現した作品

そこでは水面の波紋が広がる一瞬を切り取り、常にうつろう自然の美しさを表現したセラミックスの作品を展示した。コンピューター上で緻密にシミュレーションした水の波紋をBRIGHTORBによって3Dプリンティングし、その後、釉薬(ゆうやく)をかけて焼成することで、水のようなつやを表現した。セラミックスだからこそ可能な作品である。

PRODUCT DESIGN CENTER
デザイナー/クリエイティブディレクター
鈴木 啓太氏

作品を制作したPRODUCT DESIGN CENTER(PDC) デザイナー/クリエイティブディレクターの鈴木啓太氏は「工業デザインの世界では、形や色での差異化が20世紀中に成熟しきってしまったため、そこに新しい突破口を見いだすことが困難となり、素材そのものに大きな注目が集まっています。しかしながら、これまで工業製品の素材では造形精度の問題からセラミックスが選択肢に挙がることは、ほぼありませんでした。BRIGHTORBを利用すれば、セラミックスを工業製品の素材として鉄や樹脂と同様に扱うことができるわけです。これは革命的なことです。日常的に使う食器はセラミックス製が多いですよね。世界中で高い評価を受ける陶磁器のブランドがあり、人間にとって身近で魅力的な材料であることは確かです。素材そのものに着目した製品作りを重視する用途では、今後あらゆる表現方法で活用が始まるのではないでしょうか。私たちは既に当たり前の選択肢として見ています」と、BRIGHTORBに大きな期待を寄せている。

PRODUCT DESIGN CENTER
プロダクトデザイナー
山田 竜也氏

PDCでは2019年、YAMAGIWA主催の建築家フランク・ロイド・ライトへのオマージュ企画において、BRIGHTORBで成形した正方形のセラミックスパネルを採用した。ライトの建築や装飾に見られる正方形のパネルから着想を得たデザインの照明「TALIESIN® ELEMENTS」を発表(図4)。BRIGHTORBを活用して、素材の良さを生かしたデザインを次々と提案している。TALIESIN® ELEMENTSのデザインに携わったPDC プロダクトデザイナーの山田竜也氏は「以前にもデザインを作る過程で3Dプリンターを使って試作したことはあったのですが、セラミックスを3Dプリントして作品を作ったのは初めてでした。立体物を造形した後、釉薬をかけて仕上がった作品は、これまでの3Dプリンターのイメージを覆す驚きの仕上がりでした」という。

図4 フランク・ロイド・ライトの建築や装飾に見られる正方形のパネルから着想を得たデザインの照明「TALIESIN® ELEMENTS」
(左)遠景、(中)近景、(右)BRIGHTORBで制作したシェードのクローズアップ

セラミックスは釉薬の不均一さを生かせば、大量生産の製品でありながら1点ものの魅力を放つ、新しい時代を築くデザインが生まれる可能性がある。金属アレルギーの症状も引き起こさない、人が身に着ける製品の素材としても、また高い耐久性から建築用資材としても利用可能だ。工業製品の製造において、セラミックスの利用価値は極めて高い。3Dプリンターが大型化した現在では、1000mm×600mm×500mmの外形に入るものであれば基本的に何でもプリンティングできるまでにBRIGHTORBは進化している。

セラミックスの3Dプリンティング
その威力を世界に広げる

AGCグループが営む素材ビジネスは、多様な応用が生まれ育つ可能性がある点が魅力だ。このため、一つの応用に絞って効率化するより、多くの応用可能性を発掘して育てることを重視したビジネスを展開している。その方が長期的視野からのビジネスの持続可能性が高まり、ひいては応用市場を最大化できると考えるからだ。BRIGHTORBにおいて、エンジニアリング用途の応用が広がっていても、クリエイティブ用途を積極的に開拓しているのはこうした視点を常に持っているためである。

脚田氏は「エンジニアリング向けでもクリエイティブ向けでも、BRIGHTORBの材料とプリンティングの精度や強度(BRIGHTORBは3Dプリンティングの後、焼成工程等で狙った強度をコントロールできる)が求められる点では同じ。違うのは、鋳造用鋳型には表面精度を高めるコーティング等の技術課題が、クリエイティブ用では釉薬とのマッチングをより技術解明をする点です。このため、共通する部分での課題解決や性能向上は、AGCグループの中で技術を磨き、後処理に関しては、多様な業界との接点がありそれぞれの専門知識を持つパートナー企業の力を活用しています」という。

「青磁で有名な中国の景徳鎮のように、釉薬には地域ごとの特色が色濃く出ます。そうした場所でBRIGHTORBが利用されることで、新時代を切り開くプロダクトが生まれるのではないかと感じています」(鈴木氏)。釉薬とセラミックス材料には相性があるという。陶磁器の産地では長い歴史の中で両者を擦り合わせ、最適な組み合わせを見つけて名品が作られてきた。AGCセラミックスでは、アーティストやデザイナーが釉薬で表現したいものを確実に形にできる技術の開発を目指している。

3Dプリンターを使ったものづくりは、需要に応じて消費地の近隣で生産できる利点がある。AGCセラミックスではBRIGHTORBを使った3Dプリンターでの造形を、エンジニアリング用途とクリエイティブ用途の両方で受託しているが、既にドイツと中国のパートナー企業でもAGCがデータを提供すれば、現地でプリンティングして供給できる体制を整えている。

デジタル技術との親和性を生かして
新たな価値創出を後押しする

AGC
経営企画本部
DX推進部
デジタルソリューショングループ
マネージャー
田家 敦史氏

「AGCグループにとってBRIGHTORB自体の製造・販売は大切なビジネスですが、デジタル技術との親和性の高さを生かし、お客様企業での新たな価値創出、また今までに無いユーザー体験を提供することが重要です。BRIGHTORBという素材が持つチカラはその可能性を秘めていると考えています」と、マーケティングDXの観点からBRIGHTORBのビジネス化を支援しているAGC 経営企画本部 DX推進部 デジタルソリューショングループ マネージャーの田家敦史氏はいう。

BRIGHTORBならば、3D CADで描いた造形物を比較的簡単にセラミックス素材で具現化できる(図5)。消費者一人ひとりの要望に合わせて設計データをカスタマイズすれば、1点ものの製品も自在に作ることが可能だ。この点を身近な工業製品の生産に活用すれば、製造業に新たな価値を生み出せるかもしれない。

図5 BRIGHTORBが可能にしたセラミックス素材の多様な制作例

例えば、自動車分野。内装を自分好みのセラミックスのパーツを利用して、パーソナライズできるようになる。既にPDCでは、自動車の内装用照明のシェードをデザインしてBRIGHTORBで造形。自分好みの車室空間の演出を提案している(図6)。自動運転が普及する時代には、ドライバーが運転から解放され、車内空間の居住性へのこだわりが高まるだろう。自動車メーカー各社は近い将来、内装のデザインにより注力するようになる可能性は高く、見た目にも高級感があるセラミックス素材は、価値ある差異化要因となることだろう。

図6 BRIGHTORBで造形した自動車の内装用照明のシェードデザイン

工業製品の素材としてのセラミックスには、未開拓の価値が数多く眠っている。BRIGHTORBを活用して、そのパイオニアとして時代を切り開いていくのはいかがだろうか。

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※部署名・肩書は取材当時のものです

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