「DXレポート」の
生みの親が語る
デジタル勝者への方法論

DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性を多くの企業が認識しているにも関わらず、日本においては未だ十分な成果に至っていない。このままでは多くの日本企業が変革を成し遂げられず、「デジタル競争の敗者」となってしまう恐れもある。こうした事態に陥らないためには、一体どのようにすればよいのか。企業は今後のDXをどう進めていくべきなのか。「DXレポート」の生みの親の1人として知られる経済産業省の和泉 憲明氏に聞いた。

DXレポートが
生まれた背景とは

経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長 博士(工学) 和泉 憲明氏
経済産業省
商務情報政策局 情報経済課
アーキテクチャ戦略企画室長
博士(工学)
和泉 憲明
 2018年9月に経済産業省が公表した「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」は、日本の産業界に大きな衝撃を持って受け止められた。

 「肥大化・複雑化・ブラックボックス化したレガシーシステムが、データの利活用や新たなビジネスモデルの創出を阻む大きな障壁になっている」「本来は自社の成長に振り向けるべき人材や予算が、旧態化したテクノロジーのお守りに費やされている」――。このような実情を目の当たりにして、改めて危機感を強めた経営者も少なくないはずだ。

 なぜこのような衝撃的なレポートが生み出されたのか。和泉氏はその背景を次のように振り返る。

 「せっかく新しい技術がどんどん生まれてきているのに、馴染みのある古い技術を『枯れた技術』などと持ち上げる風潮に相当な疑問を感じていました。このままでは早晩、米国がかつて直面した『財政の崖(United States fiscal cliff)』のような状態に日本の情報サービス産業も陥ってしまう。そうならないためにも、現状の問題点とDXへの向き合い方をきちんと明文化して示すべきだと考えたのです」

「レガシー刷新=DX」
という誤解を生む

 DXレポートが日本の意識改革に一定の成果をもたらしたことは、公表時に大きな話題を呼んだことからも明らかだ。しかし、企業側がそのメッセージを正しく受け止めたかとなると、疑わしい点もある。実際にIPA(独立行政法人情報処理推進機構)が行った調査でも、DX未着手/DX途上企業の割合が9割以上に上っている。和泉氏はその理由を「レガシーシステムの刷新=DXである、あるいは現時点で競争優位性が確保できていればこれ以上のDXは不要であるといった誤解が、我々の想定以上に広まってしまった」と分析する。

 そもそもDXとは、データとデジタル技術を駆使してビジネスや企業文化そのものを変革していく取り組みだ。レガシーシステム刷新も、そのための手段の1つでしかない。それにも関わらず、「既存ホストをどうモダナイズするか」といった分かりやすい、しかし本質ではない点に関心が集まってしまった。「DXレポートを出したときには、デジタルによる新たな価値創造の議論が大きく花開くことと期待していた。しかし結果的には、レガシーシステムの延命に加担する形になってしまったのが反省点です」(和泉氏)。

 とはいえ、今、新たな一歩を踏み出さなければ、デジタルで先行する企業との差がますます開いていくばかりだ。例えば今回のコロナ禍でも、変化への対応力を備えた企業はいち早くリモートワークの導入や働き方改革を成し遂げている。こうした動きが取れない企業には、もはや「デジタル競争の敗者」となる道しか残されていない。

価値を生んでこそのITシステム

 デジタル活用を下支えするITシステムも、多くの課題を抱えている。「特に問題視しているのが、ITシステムがもたらすメリットや効果に目を向けず、コストのことばかり気にする傾向がある点だ」と和泉氏は指摘する。ITシステムの価値は、得られるメリットをコストで割ったものと考えることができる。この分子であるメリットの部分を大きくしていかなければ、ITシステムの価値を高めていくことはできない。しかし世の中には、分母を小さくする、つまりコストを下げることしか考えない企業や自治体が非常に多い。

 実際に和泉氏がかつて関わったある自治体のプロジェクトでも、大きな効果が見込まれたシステムが途中で頓挫してしまった経験があるという。今までにない分野のシステムであったため、引き受ける所管課が決まらず予算が付けられなかったというのがその理由だ。市民に提供できる価値を真剣に考えていれば、こうした結論が出ることはなかっただろう。

 「最新の電気自動車やスマホなどを見ても分かる通り、提供価値の源泉はハードウエアからソフトウエアへ移りつつある。こうした中、コスト削減の観点でしか議論できないのは、今後に向けた大きな懸念材料です」と和泉氏は憂慮する。

バックキャスティングで考える

 こうした課題意識を基に作成されたのが「DXレポート2」、並びに「DXレポート2.1」である。「自社が目指す姿はこれだというビジョンをはっきりと指し示せるのは、やはり経営トップしかない。とはいえDXが進んでいない現状がある以上、企業が踏むべきステップをもう少し具体的に提示する必要があると考えました」と和泉氏は話す。

 特に、DXの取り組みにおいては、「バックキャスティング」のアプローチを取ることがポイントとなる。「既存の仕組みを前提として未来像を描く『フォアキャスティング』では、結局大きな変革は成し遂げられないし、目標とするレベルまでたどり着くこともできない。そうではなく、まず自らが在りたい姿をゴールとして設定し、そこから逆算して課題解決を進めていくことが重要ではないでしょうか」(和泉氏)。

 もっとも、このフォアキャスティングとバックキャスティングの区別がきちんと付けられていないケースも少なくないのだという(図)。例えば、電子帳簿保存法への対応を図るために、スキャナーや検索システムを導入するという企業も多いだろう。しかしこれではただ紙が無くなるというだけで、既存の仕組みと本質的には何も変わっていない。考え方としても、単にフォアキャスティングを後ろ向きに説明しただけだ。  そうではなく、すべての業務プロセスが人手を介さずデータだけで即時に処理が完結される世界をまず描いた上で、そこに向けて必要な変革を進めていくべきなのである。「目指すべきゴールから逆算した際に、今のままではダメだということがたくさん出てくるはず。それを1つずつ撃ち落としていくのがバックキャストです」と和泉氏は説く。

3つのジレンマを乗り越えろ

 ユーザー企業とITベンダーの関係性についても、改めて考え直す必要がある。「今後のITベンダーは、持ち前の専門性を生かしてユーザー企業と共にDXを推進する共創的パートナーとなっていくべきです。しかし現実的には、ユーザー企業はベンダーに対して委託によるコスト削減効果しか期待しておらず、ベンダー側でも低リスク・長期安定ビジネスが享受できる状況に甘んじてしまっている。これは一見、Win-Winのようにも見えますが、実はデジタル競争を勝ち抜くことが困難な『低位安定』の関係に陥っているだけです」と和泉氏は警鐘を鳴らす。

 今後の変革においては、デジタルを駆使して他社に先駆け1人でも多くの顧客を巻き込む、という観点から、仮説・検証をアジャイルに繰り返すSoE(System of Engagement)領域のITシステムが企業競争力の源泉になる。必然的に、これまで中心だったSoR(System of Record)領域の大規模システム受託開発案件は次第に減少していく。さらに肝心のSoE領域でも、自社のビジネス戦略そのものに近づくため、ユーザー企業による内製化がどんどん加速すると考えられる。こうなると、人月単価×工数で収益を確保する従来型のSIビジネスは終焉を迎える可能性もある。これではユーザー企業もITベンダーも共倒れになりかねない。そうならないためにも、お互いが対等なパートナーとして、新たなビジネス創造に取り組む関係性を築くことが必要だ。

 ただし、そこでは「3つのジレンマ」をいかに乗り越えるかが重要な課題となるという。まず1つ目は「危機感のジレンマ」だ。「コロナ禍で高収益を上げたITベンダーの中には、単に需要を先食いしたところも少なくない。もしこれを経営判断が正しかったのだと錯覚してしまうと、いざ危機だと気付いたときには変革に必要な体力を失っているという事態を招きかねません」と和泉氏は話す。

 2つ目は「人材育成のジレンマ」だ。技術の陳腐化が速いため、その習得に時間をかけていたのでは間に合わない。その一方で、新たな技術をすぐに習得できるような人材は、他社に引き抜かれてしまうおそれがある。この2点はユーザー/ベンダーに共通のジレンマだが、さらにITベンダーには「ビジネスのジレンマ」も立ちふさがる。これはユーザー企業のDX成熟度・完成度が高まることで、自分たちが不要な存在となってしまうことを意味する。

 「もちろん、このようなジレンマがあるからといって、いつまでも低位安定のままでいいわけでは決してありません。これからのユーザー/ベンダー企業には、この3つのジレンマをどう乗り越えていくのか、しっかりと考えることが求められるでしょう」と和泉氏は続ける。
尾原 和啓氏

あらゆる産業がデジタル産業に

 先にも触れた通り、DXを成功に導く上では、経営トップの強いリーダーシップが欠かせない。そこで経済産業省では、各分野の有識者とも議論しつつ、経営トップが持つべきマインドセットを具体化する取り組みを推進中だ。「最終的には、これを『デジタル産業宣言』として世に打ち出していく」と和泉氏は強調する。

 その具体的な柱としては、過去の成功やしがらみを捨て自らのビジョンを目指す「ビジョン駆動」、コストではなく創出価値に目を向ける「価値重視」、自社に閉じずあらゆるプレーヤーとつながる「オープンマインド」、失敗に懲りず何度も挑戦し続ける「継続的な挑戦」、そして経営トップ自身が先頭に立ちDXをけん引する「経営者中心」の5点を掲げている。これらの内容は、今後公開される「DXレポート2.2」の中でもキーメッセージとして示される予定だ。

 「経営トップがこの宣言を実践するための環境を整備するだけでなく、宣言に共感する賛同者も増やしていく。日本のあらゆる産業を、デジタル産業へと変革する流れを増幅させたい」と和泉氏は意気込みを語る。日本中のすべての企業やその経営トップが、来るべきデジタル産業社会を構成するエコシステムの一員なのである。
(聞き手・構成:日経BP 総合研究所 フェロー 桔梗原 富夫、写真 棚橋 亮)
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