2020年の三菱グループ創業150周年に向け設立された「三菱みらい育成財団」。「未来を切り拓く次世代人材の育成」を目指し、全国の高校・NPO・大学などでの教育活動の助成などに10年間で総額100億円を投じる。スタートから2年間で助成したプログラムの参加者は約8万人と大きなインパクトを生み出し得る規模に広がっている。三菱みらい育成財団は活動を通して日本の教育を、社会を、どう変革しようとしているのか。同財団の平野信行理事長に、日経ビジネス発行人の伊藤暢人がインタビューした。

不透明感が増す2022年。経営のシフトチェンジが求められる

──コロナ禍により、世界は大きく変動しつつあります。2022年はどのような年になるとみていますか。

平野 世界では今、大きな地殻変動が起きています。コロナ禍はグローバル化やデジタル化が引き起こしつつあった変化をより加速し、様々な課題を顕在化させました。格差や貧困は拡大し、地球温暖化は深刻化し、米中対立はさらに深まっています。政治的にも社会的にも世界の分断は一層拡大しました。

22年には米中間選挙、中国の共産党大会があります。ドイツでは首相が交代し、フランスでも大統領選挙が行われます。主要プレーヤーの交代や新体制への移行によって、政治面では世界が不安定化する可能性もあるとみています。

また、経済面ではコロナ禍からの再起動と社会的公平性の回復がテーマとなるでしょう。この1年半、各国が大規模な財政出動と金融緩和を続けた結果、世界には大量のマネーがあふれ、富める者はますます富み、貧しい者は成長の果実を手にできない社会的不公平が増幅されています。

平野 信行
一般財団法人 三菱みらい育成財団 理事長
株式会社三菱UFJ銀行 特別顧問

──昨今、企業は極端な株主至上主義から脱し、ステークホルダー重視の経営が求められるようになりました。激動の時代を迎え、企業が果たす役割も見直されるでしょうか。

平野 ここ20年ほど、経済界では「株主利益の最大化が企業の目標」という新自由主義的な考え方が主流を占めてきました。しかし、様々な問題が顕在化したことを深刻に受け止め、反省し、転換が図られています。日本には「三方よし」といった伝統的な商道徳がありますが、19年には米国の「ビジネス・ラウンドテーブル」も「株主資本主義」から社員・顧客・サプライヤー・社会・地球環境に幅広く貢献すべきだという「ステークホルダー資本主義」への転換を宣言しました。その潮流は世界中に広がっています。マルチステークホルダー資本主義、サステナブル資本主義へと移行する流れは世界的にもさらに勢いを増すものと思います。

一方で、経済成長によるダイナミズムを維持することも忘れてはなりません。よりよい社会をつくるには、企業が利益を公平性、社会性、公共性を原則に据えた上で、イノベーションを発揮しながら成長・発展し、人々に対してWell-beingの実現に貢献することが重要です。

──そのような時代背景の中、三菱みらい育成財団はどのような役割を果たしていこうと考えていますか。

平野 三菱みらい育成財団は、三菱グループ創業150周年に当たる20年に向け、19年10月に設立しました。150周年の記念事業で何をすべきか、その2年ほど前から三菱金曜会で議論を重ね、三菱グループの共有理念である「三綱領」の1つ、「所期奉公」の精神を踏まえ、「未来を切り拓く次世代人材の育成」を目指すという結論に至りました。

150年前、日本は鎖国で閉ざしていた国を開くという大変な変革に挑んでいました。近代日本の礎が築かれたその時代に、土佐藩の海運事業を引き受け、チャレンジスピリットを持って考え、行動したのが三菱創業者の岩崎彌太郎です。今また100年に1度とも言われる大変革期を迎え、私たちも新しい発想や行動によって経済・社会システムをリモデルしなくてはなりません。

人材育成で私たちがターゲットに据えたのは、高校生を中心とする15~20歳の若者です。日本ではいまだに、有名大学に入り大企業に職を得るという画一的な発想から親も子も抜け出せていません。その結果、高校は大学入試に必要な知識を与えるだけの予備校的な存在となっているのではないでしょうか。感受性豊かで柔軟に物事を吸収しながら人格を形成していく10代後半の世代に本来必要なのは、社会とのつながりの中で自ら問い、考え、行動する力を養う教育です。財団の活動期間は10年。次代を担う若者の育成を目指す教育活動の助成などに総額100億円を投じます。

助成活動から得た知見をまとめ提言へ

──具体的な活動内容を説明いただけますか。

平野 現在、5つのカテゴリーで助成を行っています。「心のエンジンを駆動させるプログラム」として、高等学校、高等専門学校、特別支援学校などを対象とするカテゴリー1と、NPOや株式会社、大学などを対象とするカテゴリー2を設定しています。3つ目のカテゴリーは大学や研究機関などを対象とする「先端・異能発掘・育成プログラム」で、卓越した能力を持つ人材の早期発掘・育成が狙いです。

21年度から、さらに2つのカテゴリーを加えました。1つは大学などを対象とする「21世紀型教養教育プログラム」です。今日の日本が抱える複雑な問題を解決するには、物事を分野横断的にとらえ、幅広い知見をもとに総合的にソリューションを生み出す力が必要です。そのためのベースになる人文・社会・自然科学・アートを含むリベラルアーツ教育を充実させます。5つ目のカテゴリーは「主体的・協働的な学習を実践できる教員養成・指導者育成プログラム」で、先生方に探究型学習を実践的に学んでもらいます。

このほか、助成対象の学校やNPOをネットワークでつなぎ、情報をお互いに自由に交換できるプラットフォームづくりも進めています。これまでにオンラインでシンポジウムや交流会を開催してきました。全国の優れた取り組みを発掘し、支援し、グッド・プラクティスを横展開し、根付かせていきたい。そして、そうした取り組みが日本の、さらには世界の将来を担う創造力あふれる次世代を育て、同時に日本の中高等教育のあり方を変える1つの手掛かりとなることを強く望んでいます。

──これまでの教育は大学進学という目的に向かって直線的に進み、短期的に効率的に成果を生み出すものでした。三菱みらい育成財団の取り組みは、教育をより幅広く奥深く、豊かにしますね。

平野 その通りです。教育が効率的な成果を求めたのは、企業がそれを望んできたからでもあります。日本企業はこれまで、一定の品質を持つモノを大量に正確につくること、常に改善しその生産性や効率を上げることで成功してきました。企業はそういうモノをつくるためのベーシックなスキルやリテラシーを持った人材を採用し、入社後に企業に合うよう教育する方針をとってきました。それでは既存の壁を突き破って柔軟に考え、想像力、創造力、構想力を発揮しながら新しい商品やサービスを生み出すような人材は現れません。

米企業の時価総額ランキングを見れば、20~30年前から今まで残っているのは2、3社しかなく、ほとんどが新興企業です。それが米国経済のダイナミズムを生んでいます。一方、日本のランキングの顔ぶれはほとんど変わっていません。先端的で飛び抜けた才能を発掘し、起業家に育て、新しい産業をつくるという循環をつくり出すことが重要です。

財団の活動で三菱社員の心のエンジンも駆動する

──活動を開始し、2年近くがたちました。成果をどうとらえていますか。

平野 プログラムの採択件数は2年間で146件。助成対象となった学生・生徒は合計8万人と、大きなインパクトを生み出し得る規模に育ちつつあり、一定の手応えを感じています。

ある高校では、自然科学、人文科学、社会科学などあらゆる分野で生徒自身が見いだした課題について、大学の先生方も交えた意見交換やフィールドワークを行い、大学生にも負けないような素晴らしい論文を書き上げています。また、食品ロス削減のため、余った牛乳からアイスクリームをつくるという地域密着型の取り組みを進めている高校生もいます。全国で、質の高い、実に多彩なプログラムが動いています。ただ、全国に高校生は300万人います。この活動をもっともっと大きなムーブメントにしていかなくてはなりません。

──課題はありますか。

平野 活動を始めてわかったことですが、生徒たちの「心のエンジンを駆動させる」重要な要素である外部との接点をどのようにつくり出すかが現場の先生方にとっての課題となっています。

これについては、三菱グループがお手伝いできます。全国の事業所や工場で働く従業員にガイダンスを行った上で、各学校のニーズに応じて授業への参加、発表会での講評などに協力してもらうのです。社会の中で働き、知見を持つ人を取り込むことで、より生きた教育が可能になります。

この取り組みは三菱グループ社員にとっても得るものが大きいはずです。教えることは自分自身が学ぶことにつながります。新たな気づきや教育の場となり、企業が変わっていくチャンスにもなる。教育現場と同時に三菱グループ内も活性化し得る取り組みです。

──財団の10年間の活動は、日本にどんな変化を与えるでしょうか。

平野 10年後には、基礎的な知識やリテラシーをベースに、自分の目で見て、自分の頭で考えて、総合的にソリューションを生み出す力を育む教育が、すべての学びの中に組み込まれていることを望みます。

そのためには「日本はじり貧である」という現実を直視することが必要です。1990年代に世界第3位だった日本の1人当たりGDPは、直近では20位圏外に下がり、OECD諸国の中でも下位の方です。一人ひとりが危機感を持ち、その状況を打開するため、新しい価値を生み出す能力の向上が重要という認識を共有してほしいと思います。

企業も学校も国自体も、既存の枠にとどまらず、タコツボ化することなく、外に開き、異質なものに触れ、多様性を取り込むことが重要です。財団はそういう変化を後押しし、日本社会に貢献したいのです。

Information

静嘉堂文庫
静嘉堂は1892(明治25)年、岩崎彌之助(1851~1908 岩崎彌太郎の弟、三菱第二代社長)によって創設された。息子の岩崎小彌太(1879~1945 三菱第四代社長)によって拡充され、父子2代によるコレクションは、私立美術館の中でも屈指の質と量を誇る。2022年10月には、展示ギャラリーを東京・丸の内の重要文化財、明治生命館(東京都千代田区)1階に移転・オープンする。
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