三井住友海上が本気で挑むDX戦略の未来図

三井住友海上火災保険 執行役員 ビジネスデザイン部長 本山 智之 氏 × A.T. カーニー日本法人会長 CIC Japan 会長 梅澤 高明 氏

MS&ADインシュアランスグループホールディングスの傘下で損害保険事業を営む三井住友海上火災保険。
同社でDXを推進してきた執行役員ビジネスデザイン部長の本山智之氏と、
コンサル会社A.T. カーニーの日本法人会長であり、イノベーション創出の拠点・CIC Japan会長の梅澤高明氏が語り合う。
三井住友海上が2022年3月までの4カ年の中期経営計画で取り組んだDXの成果を踏まえ、保険業界の未来図を展望する。(前編はこちら)

《後編》

培ったデータと事業資産で
社会に貢献する

全社員がDXに取り組む
デジタルイノベーションチャレンジ
プログラムの本気度

本山当社の自動車保険のお客様にはドライブレコーダーをつけていただいています。もともとは事故時の証明のため、さらにドライブレコーダーが衝撃を感知して当社のコールセンターに自動で電話がかかるという緊急対応サービスのためでした。ただ、走行中のデータは事故がなくても延々と記録される。これは何も起きなければ捨ててしまうデータです。しかし、これを捨てずに有効活用しようということになりました。これは、お客様にデータ提供に同意していただかなければいけないため、今は法人のお客様に限ってご提供をお願いしていますが、例えば道路に空いた穴とか傷、橋梁の亀裂といった情報が記録されています。その情報をAIの画像分析で解析させれば、修理が必要な箇所を探り出せるのです。

梅澤それは危険防止につながるので、公共的にも価値がある貴重なデータですね。

本山これを自治体に情報として提供し、AIの道路点検サービス的な事業を進めています。自治体の職員の方は道路調査で目視で点検するというとても大変な作業をされています。最終的には目視も必要でしょうが、危険箇所の疑いありという情報提供だけでも、相当な効率化につながるはずです。

梅澤自動運転の普及にも寄与できるし、事故を起こしにくい街づくり、システムづくりにも寄与できるということですね。

梅澤 高明 氏

A.T. カーニー日本法人会長 / CIC Japan 会長

梅澤 高明 氏

東京大学法学部卒、MIT経営学修士。A.T. カーニー(日本・米国オフィス)で25年にわたり、戦略・イノベーション・都市開発などのテーマで企業を支援。国内最大級の都心型イノベーション拠点「CIC Tokyo」で、スタートアップコミュニティを構築中。
インバウンド観光、知財戦略、クールジャパンなどのテーマで政府委員会に参加し政策立案に関与。民間専門家チーム「NEXTOKYO Project」や観光庁・文化庁のプロジェクトを通じて、街づくり、文化創造、観光立国の融合を目指す。一橋ICS特任教授。

本山ドライブレコーダーの録画データを活用するアイディアは、当社が2019年に開始した社内のアイディアコンテスト「デジタルイノベーションチャレンジプログラム」から生まれたものです。これはモビリティ、医療、エネルギー、AI、ドローンといった成長分野のテーマをあらかじめ指定し、社員から新しいビジネスを募集する仕組みです。狙いは、アイディアを出す中で否応なしにデジタル技術について学ぶことになる。つまり、社員がDXを学ぶためのツールとして作ったものなのです。

梅澤それは単なるデジタルの人材育成ではないのですね。入口はデジタルを学ぶことですが、結果的には事業環境を再整理し、それから様々なテクノロジーの勉強をした上で、ビジネスイノベーションを考えるという流れですね。それを広範に、ほぼ全社員を対象にしているという。

本山本社の偉い人が審査して大賞を決めるという形式もあると思いますが、それでは面白くない。事業化できるものは、一緒に参画してくれているスタートアップの方に入ってもらって、事業化していきます。そのプロセスには、提案者とそれに関心がある人たちに一緒に入ってもらって事業化を目指す形にしています。ドライブレコーダーの件はこのプログラムが発端で、今は実装されて社会への提供が始まっていますよ。

梅澤一部の限られた人たちがデジタルトランスフォーメーションに取り組むのではなく、「自分の仕事なのだから、みなさん自分自身で考えてください」と進めている。その結果として、自身の業務が大きく変わるという進化をする人もいれば、潜在ニーズに気が付いて、新しいテクノロジーとの組み合わせでビジネスイノベーションを起こす人がいるかもしれない。様々なパターンがあると思いますが、全社員を巻き込むというところに、私は御社の本気度を感じました。

本山 智之 氏

三井住友海上火災保険  執行役員 ビジネスデザイン部長

本山 智之 氏

1989年4月三井海上(旧大正海上)火災保険株式会社に入社。営業や営業推進、人事を経て、2019年4月にデジタル戦略部長に就任。2021年4月から執行役員デジタル戦略部長。前中期経営計画の重点戦略であるデジタライゼーション推進を統括。2022年4月、執行役員ビジネスデザイン部長。三井住友海上のビジネスモデル変革・創造の実現に向けた各種取組を推進。

海外の拠点は
オープンイノベーションの考え方や
技術を学べる場

梅澤御社は海外にオープンイノベーション推進の拠点を構えていますね。

本山海外拠点は保険を販売するためではなく、オープンイノベーションの考え方や技術を学び、自由にものを吸収できる拠点だと捉えています。当社はアジアのビジネスが大きいので、シンガポールに拠点を作り、次はロンドンに設けました。ロンドンのほうがサイエンス分野に精通した人材が多く、データ分析はロンドンでやるのが最善だと。その後、設置したのはイスラエルのテルアビブやアメリカのシリコンバレーです。イスラエルやシリコンバレーには多数の先進的技術を持つスタートアップが集まっています。それら優れた技術を、お客様や社会課題の解決につながるところまで見通せないと意味がありません。そこで、イスラエルでは現地の保険会社と提携しました。結果、同国の多くのスタートアップが集まってくるようになり、「グローバルデジタルハブ」というオフィスを彼らと共同で作りました。そこでイスラエルのスタートアップが実験を重ね、保険会社で様々なことにトライした結果、うまくいきそうなものを日本に持ってくる、という流れを想定しています。

グローバルデジタルハブ テルアビブ

海外施策の拠点として東京、シリコンバレー、シンガポール、ロンドン、テルアビブの世界5カ所にデジタル拠点「グローバルデジタルハブ」を整備(写真はグローバルデジタルハブ テルアビブ)

梅澤イノベーションを量産するためのプラットフォームという意味では、我々CICもお役に立てるかもしれません。CICは日本最大規模の都市型イノベーション拠点として、要素技術と産業セクターの両軸で広い品ぞろえを持っています。要素技術の人たちだけだと、こういうことができるかもという技術発想でアイディア自体は出てきても、使う場所が見つけられないケースも多い。だから潜在的な活用機会を持っている人が大勢かつ幅広くいればいるほど、掛け算のマス目が増える。要素技術が横軸、産業セクターが縦軸で、横×縦のマス目がたくさんあるほどイノベーションの発想余地が大きくなります。そういう場を我々は提供しようとしているのです。
CICには、実に様々なドメイン事業者がいますから、リスク低減のソリューションを持っている御社のような企業に入ってきてくださると、今まで気が付かなかった新たな顧客群の潜在ニーズにあたる確率は高いかもしれないと思いながら、本山さんのお話を伺っていました。シリコンバレーで新しいソリューションのネタを探し、テルアビブでは新技術の保険事業への実装にもトライするというお話でしたが、CICはまた別の役割を担い得るかと思います。すなわち、今まで気が付いていなかった、新たな顧客群の潜在ニーズを探す場としての活用です。これは三井住友海上さんだけの話ではなくて、実は多くの大企業にとっても同様に使っていただける拠点であると考えています。

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー内 CIC Tokyoにて撮影

社会のサステナビリティを高める意味で、
保険はCSVを実現しやすい

本山登ってきた山の後ろにもっと高い山が見えてきたと言いましたが、社会課題の本当の解決に我々のビジネスがつながっているのだと、ビジネスパートナーである代理店の方々も含めてみなさんが実感できるようにならないといけない。DXを推進する部門だけがサステナブルだ、レジリエンスだと掲げても、本当に実感できる仕事にならないといけないなと感じます。そこで、4月からはデジタル戦略部をビジネスデザイン部として、ビジネスモデルの変革と創造を担う組織に衣替えします。当社は日本国内に約3万6000の代理店とのお取引があり、約100万人の販売スタッフの方々とお付き合いがあります。保険会社が保有する開示可能なデータなどを産学官のみなさんと一緒に協業・分析することで、新たなビジネスモデルの開発や、社会課題の解決に自分たちも一役買えるはずです。地方に雇用が生まれるかもしれないし、地方創生やデジタル田園都市構想にも貢献できるでしょう。
弊社には「MS1 Brain」というAIを活用した損保業界初の代理店の営業支援システムがあり、お客様に本当にベストなプランをAIが分析するので、代理店の皆さんにも自信を持って提案していただけていると思います。これらも活用し、当社の保険のご契約者様に保険以外の付加価値もきちんとお勧めできるようになってくると、さらに大きな価値を生み出せるようになると確信しています。

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー内 CIC Tokyoにて撮影

虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー内 CIC Tokyoにて撮影

梅澤そもそも保険の本質は、リスクに対して企業や産業、社会のレジリエンスを高める手段ということだと思います。社会のサステナビリティを高めるという意味で、CSV(本業を通じた社会貢献)を最も実現しやすい業種の一つでしょう。保険ビジネスの先に大きな山があるよというお話は、確かにその通りだなと思いました。三井住友海上さんがお持ちのデータや事業資産を使って、どう社会に貢献する事業を作れるかというところが重要だと思いますが、自社で気が付いてないことも多いはずです。そこで、自社が所有するデータや技術などの概要を開示し、外部の視点やアイディアを取り入れ、外部パートナーとの協業を通じて新たな事業を創っていく。CICをそんな活動の場として使っていただければ、我々としてもやりがいがありますね。

本山そうですね。今後も、外部の意見を取り入れ、コラボレーションしながらますます変革を進めていきたいです。将来の環境変化を踏まえ、中長期的な成長を実現するための将来構想を掲げ、三井住友海上としての強みを伸ばし勝ち抜いていきます。4月から、当社の新たな中期経営計画が始まりました。これまでの「デジタル化」を推進するための立場から、今後は「ビジネスモデルそのものの変革・創造」を推進する組織として、そこで掲げる姿の実現に向けてビジネスモデルイノベーションを実現します。

三井住友海上火災保険株式会社

〒101-8011 東京都千代田区神田駿河台3-9