桔梗原 未来予測を正しく行うには、企業が将来の自社のあるべき姿を想定し、そこからバックキャストするといった方法が有効なのでしょうか。
磯貝 もちろんそれは有効です。ただ多くの経営者が、バックキャスティングした内容と現在の事業ポートフォリオが全く合致していないことに気付いて驚くはずです。本当の仕事はそこからで、SXとは未来から逆算した自社の姿に現実をマッチングさせる作業といえます。
坂野 先ほど磯貝が未来予測に関わる3つの変数をご紹介しました。それに応じて各企業のあるべき未来像も変更を迫られます。そのため「規制とソフトロー」「社会の価値観」「テクノロジー」の変化にいかに柔軟に対応できるかは、SXの成否を握るポイントになると思います。
なお、環境、社会、経済の要求をすべて同時に満たすのは難しいので、短期的にどれを優先し、長期的に何を目指すのかはトップダウンで決める必要があります。その意味で、SXは完全に経営マターです。「CSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)」を置く企業も増えていますが、単に形だけの役職とせず、経営判断に関わる権限を持たせることが不可欠です。
磯貝 PwC Japanグループは、そのような体制づくりや取り組みの推進を支援しています。これまで多くの企業のSXを支援してきた経験から、未来の財務インパクトを数値化してシミュレーションする方法論を持っており、それを基に「未来の稼ぐ力」をどう獲得するかをご支援することができます。
また、SX推進に向けた「How(どうすべきか)」は、前述の書籍『SXの時代』にもまとめました。読んだ経営者からは「全役員の必読書にした」などの反響もいただいており、企業のSXへの関心の高さを感じています。
さらにこの度、新たに『2030年のSX戦略』を刊行しました。そこでは、2030年までのサステナビリティに関する未来の見方を示した上で、より具体的な投資判断の方法を業界別に紹介しています。例えば、外部不経済を取り込むことで発生するコストや投資、リスク要件から、持続的成長に必要な利益を算出する「SXの方程式」はその一例です。
桔梗原 この方程式に当てはめることで、企業は自らSX戦略を描けるようになるということですね。そのほか、PwC Japanグループが提供するSX支援策についても教えてください。
坂野 戦略策定に関わる「ストラテジー」、事業・オペレーションを変革する「トランスフォーメーション」、報告・情報開示などに関する「レポーティング」の3分野で様々な支援サービスを提供しています。同時に「気候変動」や「生物多様性」「人権」といったテーマごとの取り組み支援も行っています。
桔梗原 企業にとってはDX(デジタルトランスフォーメーション)も経営アジェンダになっています。DXとSXの関係はどう考えればよいでしょうか。
坂野 SXは企業の存続を懸けた究極の生き残り戦略であり、DXはそれを実現するためのイネーブラー(目的の達成を可能にするもの)です。環境・社会課題の解決にはテクノロジーが不可欠なので、両者は車の両輪のように切り離せない関係にあります。DXに取り組むことが、SXを促進するドライバーにもなるのです。
桔梗原 最後に、SXに取り組む日本企業の経営者にメッセージをお願いします。
磯貝 日本企業は、なかなか世界市場でリーダーシップを発揮できずにいるといわれていますが、サステナビリティの分野でのリードが期待されています。それに向けて、SXの推進によって先進性を発揮できるよう、より一層の支援を行っていくつもりです。
また同時に、私たち自身もSXに関わる活動を一層強化していきます。PwCは、G20ビジネスサミット(B20)
※のナレッジパートナーを務めています。そのような場を通じて、サステナビリティに関するグローバルなルールメイキングに積極的にかかわりながら、国際社会における日本やアジアのプレゼンスを高めていきたいと考えています。
坂野 ステークホルダーの期待に応えようとしてSXに着手する企業は少なくありません。しかし、より本質的な問題は、“親亀こけたら皆こける”の責任の一端は自らの事業活動にあるということです。これをしっかり認識し、内発的な動機に基づいて取り組んでいただければと思います。またその際は、未来の収益拡大といったSXのポジティブな側面にぜひ目を向けてもらいたいですね。ひいてはそれが、実効力のあるSXにつながるのです。
※ 政府間会合「G20」をサポートするグローバルビジネスリーダー企業の会合