日経ビジネス電子版 SPECIAL

表層だけの差異化戦略が陥る罠アイデンティティなきビジネスに未来はない

世代や性別、年収といった属性でユーザー層を切り分ける生活者分析や、表層的なトレンドを追いかけただけの商品企画、顕在化したニーズを刈り取るだけのものづくりやサービス開発など…。従来行われてきたマーケティング手法を基にしたビジネスが限界に差しかかっている。
業種・業界を問わず、カスタマー・エクスペリエンス(顧客体験・CX)を重視した、新しいビジネスやマーケティングの仕組みを構築する時代が到来している。しかし実は顧客が真に求める体験を提供できている企業はまだ少ない。なぜなら、上記のような古い手法にとらわれ、他社との本質的な差異化戦略を立てられず、似通ったCXしか提供できない企業がほとんどだからだ。
今後企業が成長を続けるためには、顧客が「本当に大切にしている価値観」が何かを見極め、企業の文化やアイデンティティと、その顧客の価値観とをすり合わせながら真のニーズを見極め、製品やサービスを提供することが不可欠となる。
顧客がその製品やサービスを使って成し遂げたいこと、いわゆる「カスタマーサクセス」を実現しながら、同時に共感や驚きや感動を湧き起こし、顧客をファンに変える。そんな本質的なCXを実現するためにはどうすればいいのか。企業のDXを支援するRidgelinezのコンサルタントが、成功するCXの秘訣を解説する。

chapter 01

「価値観」を理解しないと安売りになる

市場の成熟化、そして製品・サービスのコモディティ化が進む日本では、顧客から選ばれ続ける商品・サービスを提供し続けるのは難しくなっている。またコロナ禍によって、人々の価値観や行動様式はますます大きく変化し、ライフスタイルの多様化も加速した。

そうした状況で商品・サービスを選ぶ場合、それが顧客の価値観に合うものか、より快適な生活や自分らしいライフスタイルをもたらしてくれるのかがますます重視されるようになっている。あらゆるビジネスにおいて、カスタマー・エクスペリエンス(顧客体験・CX)の注目度が増している大きな理由である(図1)。

図1:市場環境に対する差別化戦略の観点
図1:市場環境に対する差別化戦略の観点
製品・サービスの内容に差がなくなり、市場が飽和するほど、体験面の価値が企業にとっての競争力の源泉となる。他社との差別化を図るためには、CXの向上が不可欠だ。

「当社の調査によると、71.8%の生活者が企業に対して、『自身の価値観/ライフスタイルにマッチした商品を提供してほしい』と回答しています。しかし皮肉なことに、CXの重要度が高いデジタルを活用したサービスが提供する体験ほど、むしろ同質化、均一化が進んでいるように感じます」と語るのは、企業のDXを支援するRidgelinezにおいて、CX領域のプリンシパルを務める平山将氏だ。

提供するサービス・体験の均質化が進み、その結果顧客に支持される独自のCXを提示できていない例として平山氏が挙げるのが、様々な分野で見られる平準化したオンラインショップだ。

「提供するサービスは、ショップごとに様々な個性があっていいはずです。プラットフォームサービス等が成長しオンラインショップ立ち上げのハードルが低くなっている一方、どのサイトもUI(ユーザー・インターフェース)/UX(ユーザー体験)の差異がなくなり、似たような体験しか提供できなくなっています。結果的として、ポイント還元やクーポン等のインセンティブや、知名度向上のための広告投資での競争に終始しているのが実態ではないでしょうか」(平山氏)

デジタル化に伴い、顧客の属性情報や販売情報が手に入りやすくなり、また他社のサービスの動向もすぐに分かるようになった。業界内のベストプラクティスに基づいた機能やサービスがサイトに容易に実装できるため、模倣性も高まった。結果的に、どのサイトも同質化が極まり、他社との差別化が実質的な価格競争しかなくなるというわけだ。生き残れるのは、その価格競争に生き残れる資本力の高いリーディング企業のみという状態になる。

「顧客体験を高めて、高い価値を維持しながら他社との差異化を進めるためには、製品・サービスを入手するまでのプロセスに簡略化や利便性向上に加えて、入手後にどんな情報や、経済面以外での価値を提供するか、といったことに企業の独自性を打ち出していくべきだと思います」と語るのは、Ridgelinezのディレクターを務める村瀬馨人氏だ。「その手段としては、例えばロイヤルティプログラム等がありますが、企業が顧客の価値観を理解できないでいると、製品・サービスを利用する際の感動的な体験の演出ではなく、結果的に『ポイント還元』のような価格訴求の囲い込み施策しかできなくなるのです」。

では、どうすれば、同質化を防ぎ、価格競争の悪循環から抜け出すことができるのだろうか。

chapter 02

価値観の共有が「対話」につながる

1つは、従来の指標に基づいた「属性」ベースのマーケティング手法からの脱却である。「性別や世代、表層的なニーズからといった情報からは測れない、生活者が人生の様々な場面で行動や意思決定に大きな影響を与えている『価値観』をまず理解し、自分たちがターゲットとする顧客が何を重視し、どのようなライフスタイルなのか、その本質から理解をするということが重要になります」(平山氏)。

平山 将氏
Profile
平山 将
Ridgelinez株式会社
Principal
リテール、メーカー、金融・保険、サービスなど幅広い業界にて300件を超えるCX・デジタルマーケティング・CRM戦略立案や新規サービス企画開発プロジェクトに従事。富士通においてデジタルマーケティング等の新規事業を主導し、新規領域の開拓で3000億円を超えるビジネスを創出。富士通の経営戦略部門でのDX戦略立案・実践経験を経て現職。

同時に、そうしたユーザーの価値観やニーズに応えるべく、企業側が独自性を打ち出していくべきなのか。その整理も必要となる。「かつては日本企業もそれぞれの個性や価値観を持っていて、顧客側もそれを認識していました。『あの会社の製品だから、買いたい』という意識は、今以上に強かったはずです。そうした個性や価値が、デジタル化によって薄れてしまった。アイデンティティ(自分らしさ)の消滅と言ってもいいでしょう」(平山氏)。

顧客は、アイデンティティを体現できるライフスタイルを深く追求するようになっているが、それと逆行するように、企業の「自分たちらしさ」はどんどん失われている。そうした状況の中で、企業側が原点に立ち返り、自らのアイデンティティを再認識することが「差別化に向けての第一歩になります」と平山氏は提言する。

顧客と企業が、それぞれのアイデンティティに共感できる関係性をまず作る。そしてその関係性が生まれると可能になるのが「相互のインタラクティブな関係性を通じて製品・サービスや体験をアップデートしていくこと」。村瀬氏によれば、この関係が自分たちにしか提供できない価値、つまり本物のCXにつながっていくのだという。

顧客とのインタラクティブな関係性によってCXを向上させた例として、村瀬氏が挙げるのが、月額制ファッションレンタルサービスを提供するエアークローゼットの取り組みだ。

同社のサービス「airCloset」は、ユーザーが自身の体型やファッションの好みなどをサイト上で入力すると、プロのスタイリストが選んだコーディネートを提案するサービスを提供。そのままレンタルできるということで、サービス開始から7年余りで60万人以上の会員を獲得した。

「会員数が大きく増えたのは、ユーザーの声を取り込みながら常にサービスの大幅なアップデートを続けたからです。例えば、ユーザーが『普段は着ないが、一度は挑戦してみたい』と思った服をスタイリストにリクエストすれば、それに合わせてコーディネートを考えてくれるサービスも開始しています。ユーザーとのインタラクティブなコミュニケーションを通じて、より個性や価値観に寄り添った体験を提供できるように、サービスが洗練されてきています」(村瀬氏)

村瀬 馨人氏
Profile
村瀬 馨人
Ridgelinez株式会社
Director
新事業/サービスの創出やデジタルチャネルの立ち上げに加え、CRM/ロイヤルティマーケティング領域のコンサルティング案件を主導。企画構想からシステム、オペレーション、プロモーション&コミュニケーション、マネジメントへの落とし込みまでトータルプロデュースできることを強みとし、リテール、金融・保険、情報通信等の業界で実績多数。

このように、顧客とのコミュニケーションを重ねながら新たなサービスを生み出していくことは、企業側が「自分たちらしさ」を見つめ直すことにもつながるという。

施策を打ちながら、常に「この取り組みは『自分たちらしい』のか? 『らしくない』のか?」ということを問い、行動を通じて自らのアイデンティティを固め、それに沿った施策のあり方を追求していくのである。

chapter 03

ユーザーとの対話を重ねながら、体験価値を高める

企業のアイデンティティと顧客の価値観とをすり合わせ、その関係性を生かしながらインタラクティブにCX改革を行って新たな商品やサービスを生む。そのモデルに基づいて、RidgelinezがCX変革を支援した実績が化粧品通販大手、オルビスだ。

オルビスには、「肌本来の持つ力を引き出す」という同社のブランドアイデンティティがある。この考えを基に、季節やライフスタイルによって変化する肌の状態に合わせたケアをしたいというユーザーの潜在的なニーズを掘り起こし、他社のスキンケア製品とは一線を画したサービスモデルのあり方を検討。「cocktail graphy(カクテルグラフィー)」というパーソナライズスキンケアサービスを開発した。

「スキンミラー」という、洗面所という日常のスキンケア空間に溶け込む小型デバイスで、毎日の肌の状態をAIが測定する仕組みを開発。数百という組み合わせの中から月々の肌の調子に合わせた3種類の美容液が定期的に送られてくるというものだ。

「従来の商品ラインアップや販売方法では、変化し続けるお客様の肌の状態にきめ細かく対応しきれないという課題が起点となりました。今の自身の肌に合ったより良い化粧品を使いたいというユーザーの潜在的な思いと、オルビス自身が大切にしてきたアイデンティティとの融合点を企画段階では重視し、その結果としてこれまでにない新しいサービスを生み出せました」と平山氏は説明する。

興味深いのは、2021年4月の提供開始以来、サービス内容がどんどん進化を遂げていることだ。専用アプリでは毎日の肌の変化を記録。季節に応じた肌質の傾向などを把握できる。そのときの状態に合わせたスキンケアの方法などの情報も配信される。

「サービスを開始してみると、女性のお客様はもちろんのこと、男性からも反響が多かったのが本サービスの特徴です。美容への高い意識や日々の肌の変化を把握したいという思いは、今の時代の男性も同じように持っています。ただ、いろんな化粧品を自ら試す手間まではかけられない。現在は男女問わず、自らを磨いて向上させたいという思いを持っており、生活者が持つこうした価値観を捉えられたことが、属性を超えて現代の人のライフスタイルにマッチしたサービスを生み出せたのです」(平山氏)

性別・世代やライフスタイルなどでカテゴリー分けを行うこれまでのマーケティング手法に基づいた商品・サービス設計からスタートしていたら、おそらくこうした層は取り込めなかっただろう。今後は反響の分析やユーザーとの対話などを重ねながら、継続的に体験価値を高める工夫を行い、ユーザーのさらなる拡大を目指すという。

季節ごとに新しい商品が発表される化粧品は、半年足らずで別の商品に乗り換えられるほど固定客の確保が難しい。なおさら、他社とは異なるアイデンティティの明確化が不可欠だと言えるが、オルビスはそれに成功したと言える。

村瀬氏は、「多くの経営者は、CXの重要性には気づいておられますが、それをどう実践すべきなのかということについては、答えを見つけられずにいるのではないでしょうか。繰り返しになりますが、自社のアイデンティティを見つめ直し、それを顧客のアイデンティティと重ね合わせながら製品・サービスや体験の改善を図っていかなければ、成功にはたどり着けません。まずは、『自分たちらしさ』とは何なのかを探るところから始めてみてはいかがでしょうか」とアドバイスする(図2)。

図2:これからのCXに求められる考え方
図2:これからのCXに求められる考え方
同質化が進む市場の中で差別化され、選ばれ続けるCXを提供し続けるために、人の価値観/ライフスタイルへの洞察と、企業自身のアイデンティティの再発見に改めて取り組む必要がある。
chapter 04

「売って終わり」のビジネスは先細る

企業と生活者の価値観を一致させ、その関係性から生まれる綿密なコミュニケーションを通じて商品とサービスのCXをブラッシュアップしていく今回のような事業モデル。大切なのは、従来のような「売って終わり」というスタイルからの脱却だ。

行わなくてはいけないのは、事業のゴールをどこに置くのかの整理。これまでは「商品を買ってもらう」という契約までがゴールだった。これを「契約後に、顧客に良い体験を提供できたか」へとシフトさせる必要がある。つまり企業の評価指標の軸を売り上げから、その先にある顧客満足度へと置き換えていかなくてはならないのだ。

顧客がそのサービスやプロダクトを使って何を実現したいのか。その実現を目指すことをカスタマーサクセスと呼ぶ。カスタマーサクセスを快適に、時に感動をもって演出していくのがCX。この感動を生んでそこまでユーザーのジャーニーを捉え、サービス/プロダクトを企画/改善する段階から一連のものとして検討し、顧客に寄り添っていくことが求められる。「そのためには企画段階やアジャイルでの開発段階から企業とユーザーが融合した新たな事業デザインプロセスが必要となるのです」(平山氏)。

Ridgelinezでは時代に合わせて非対面でのデジタルリサーチツールを活用して構想検討の段階から顧客の意見を取り込み、開発段階ではプロトタイプのユーザーフィードバックを獲得しながら検討を進めるコミュニティ化を基軸としたアプローチを行っている。次回は、アイデンティティを起点としたCX変革の成功例、失敗例をさらに紹介し、その実践方法について深掘りしていこう。

vol.2
Ridgelinez株式会社