企業がDXに取り組む上では、様々な情報を分析・活用し迅速な意思決定を下せる仕組みが不可欠だ。しかし、その実行を阻む壁となっているのが、旧態化したレガシーシステムである。「ブラックボックス化したレガシーシステムでは、最新技術の導入や柔軟なデータ連携を実現することが困難なため、新しい顧客体験を求めるニーズにも十分に応えられません」とMuleSoftの平山惠子氏は話す。
加えて、もう1つの大きな課題が、データとプロセスの著しい分断化だ。新しい顧客体験を実現するためのデータは、企業内の様々なシステムに散在しており、1つのカスタマージャーニーを提供するにも、平均35のシステムを経由するという。これに伴い、システムの複雑性も増す一方だ。
「これらの課題を解決すべく、データの解放・民主化に取り組んでいるIT部門も少なくありません。しかし、個々のシステムをカスタムコードで連携したのでは、保守性の低下や柔軟性の欠如、安定性不足など、多くの問題を抱え込むことになります」と平山氏は続ける。
さらにIT部門は、もう1つ別の課題に直面している。それはキャパシティを超えるITニーズの増大だ。ユーザー部門からは、新規サービスの創出や既存アプリケーションの改修など、日々多くの要望が寄せられる。限られた人的・時間的リソースで、これらすべてに対応するのは不可能に近い。
このような状況を乗り越えるためには、一刻も早くレガシーモダナイゼーションに取り組むことが必要だ。とはいえ、既存システムを一気に刷新するとなると、膨大なコストと時間を投じなくてはならない。また、新規Webシステムとの連携も、後々の保守などに懸念が残る。
こうした問題を解決すべく、同社が提供するのが「MuleSoft Anypoint Platform」だ。「企業内のITを組み立てブロックのように簡単に再利用できるようにするのがMuleSoftのアプローチです。データやプロセス、顧客など、企業内の様々なアセットをデジタル化し、安全に検索・アクセス・再利用して新しい製品やサービスを組み立てられるようになります」と平山氏は説明する。
このアプローチにより、IT部門の役割も従来とは大きく変化する。様々なプロジェクトに個別対応するのではなく、再利用可能なアセットを構築してマーケットプレイス経由でユーザーに提供する形になる。その結果、時間とリソースに余裕が生まれ、新たなビジネスニーズへの対応や新技術の導入などに注力できるという。「マーケットプレイスは、いわば図書館のようなものです。図書館には多くの蔵書が置かれており、ユーザーは必要に応じて目的の資料を取りに行きます。MuleSoftのアプローチでは、これと同じようなセルフサービス型のIT活用が実現。そしてこのことが、迅速なイノベーションの根幹となります」と平山氏は話す。
MuleSoftが言う組み立てブロックの実体はAPIだ。在庫などのデータや注文ステータスなどの業務機能を再利用可能なAPI化し、これをつなぎ合わせることで新たな顧客体験を実現する。「当然、ゼロから作り上げるよりもスピーディーに取り組みを進められますし、環境変化への即応という面でも大きな利点があります」と平山氏は話す。
このアプローチは、最終的にはシステムAPI、プロセスAPI、エクスペリエンスAPIの三層構造で構成されており、ユーザーはその中から必要なデータや機能を選んでインテグレーションを行う(図1)。「保守や再構築の手間がかからないのはもちろん、何か変更を加えたい場合の影響範囲も最小限にとどめられます。このため、従来は困難だったビジネスの再定義も容易に行えます」と平山氏は話す。さらに大きいのが、APIをベースとした広範なエコシステムを実現できる点だ。社内で利用しているAPIを外部に公開すれば、社外の関係者も巻き込んだ形でイノベーションを加速できるようになる。
MuleSoftで作成したAPIは、最終的に「システムAPI」「プロセスAPI」「エクスペリエンスAPI」と3階層に分けて実際に 運用していく。業務ニーズに応じてこれらを自由に組み合わせることで、必要な機能を素早く実装することが可能になる
もっとも、こうしたメリットを最大限に享受するためには、少し気を付けておくべきポイントもある。それは、ユーザーへの教育やトレーニングを併せて実施することだ。再利用可能なAPIを設計してマーケットプレイスに提供しても、実際に利活用されなければ宝の持ち腐れになってしまう。逆に小さな成功を積み重ねれば、サイクルがうまく回り出し、新たな価値を効果的に生み出せるようになるという。
「こうしたアプローチをとることで、テクノロジーだけでなく企業文化の変革も促せます。そして、その推進役を担うのが、『センターフォーイネーブルメント(C4E)』です」と平山氏は説く。C4Eは部門横断のチームであり、全社的なアセットの管理やコラボレーションの促進、セルフサービス型利用の推進をサポートする(図2)。ちなみにMuleSoftでは、世界中の企業との協業に基づく「C4Eプレイブック」も用意しているという。「これを有効に活用することで、多くのお客様の成功をご支援できます」と平山氏。実際にITデリバリーのスピードを約60%、市場投入までの時間を約78%、保守コストを約74%も改善するなど、数多くの成果が上がっているという。
IT 部門がマーケットプレイスに提供したAPIを、ユーザー部門が利活用することでセルフサービス型のIT 利用を実現。このサイクルをサポートする役割を担うのが、部門横断チームによるセンターフォーイネーブルメント(C4E)だ
中でもユニリーバでは、買収したEC企業の立ち上げを6カ月で実施。インテグレーションプロジェクトの展開も3~4倍速くなり、従来は数カ月かかっていた作業が数日で行えるようになった。また、マクドナルドでも、新規ビジネスイニシアチブの導入期間を3カ月から4週間に短縮し、開発生産性も250%向上させている。再利用可能なAPIの活用により、イノベーティブなユーザー体験を、素早く提供することが可能になったわけだ。今後はこうした取り組みが日本企業にも広がっていくだろう。
※社名は講演時のものです。