住友ゴム工業株式会社(ダンロップ) 代表取締役 社長 山本 悟氏
PROFILE
山本 悟 [やまもと・さとる]
1958年埼玉県生まれ。1982年、住友ゴム工業入社。2001年に同社タイヤ営業本部販売部長、2010年に執行役員、2011年にダンロップタイヤ営業本部長、2013年に常務執行役員、2015年に取締役常務執行役員を経て、2019年から現職。
新発明のゴムと最新のセンシング技術で未来のモビリティ社会を切り開く
「CASE 」や「MaaS 」の時代にタイヤに求められる価値が変化
当社は、1909年の創業以来、各種タイヤやスポーツ用品などを製造販売しています。タイヤ事業では、「DUNLOP(ダンロップ)」と「FALKEN(ファルケン)」のブランドでグローバルにビジネス展開し、国産第1号タイヤや日本初のチューブレスタイヤ、世界初の特殊吸音スポンジ搭載タイヤや100%石油外天然資源タイヤを世に送り出してきました。
タイヤメーカーとして、革新的なタイヤを開発し、量産ラインに乗せ、新しい価値としてお客様にお届けすることに挑戦し、モビリティ社会に貢献したいという思いを大切にしています。
今、そのモビリティ社会が大きな変革期を迎えています。サステナビリティや脱炭素はもちろん、技術面の新潮流として注目を浴びる通信機能、自動運転、カーシェアリング、EV(電気自動車)の4つの領域を表す「CASE(Connected/Autonomous/Shared & Services/Electric)」という言葉が生まれ、また、モビリティ全体をサービスと捉える「MaaS(Mobility as a Service)」といった考え方も一般的になりつつあります。
こうした流れの中、タイヤに求められる価値も変化しており、当社もこの変革期の到来を、未来のタイヤのあるべき姿、提供すべき価値を改めて見直すきっかけと捉えています。
自動車におけるタイヤの役割として重要なポイントとなるのは、唯一路面と接しているという点です。1本のタイヤが路面と接する面積はほぼハガキ1枚、つまりわずかハガキ4枚分の面積で車の重量を支え、ドライバーの安全安心を守っているわけです。

EVや自動運転の時代になると、この安全安心に加え、様々な要素が求められます。航続距離を最大化するための低電費性能、静粛性に加え、EVはバッテリー搭載により車体重量が増えるため耐荷重性能や耐摩耗性能も必要になります。さらには原材料調達から廃棄・リサイクルまでを含めたライフサイクルアセスメントを織り込んだ製品作りも求められます。
当社は現在、こうした要素を満たすEVタイヤに注力し、EV化が急速に進んでいる中国や欧州で市販用EVタイヤを投入して、高い評価を頂いています。今後は、販売店様を通してEVタイヤの認知度を高めるほか、自動車メーカー様と連携しながら新車装着も順次拡大していきたいと考えています。
新発明のゴムとデータ活用が成長戦略の両輪
「CASE」や「MaaS」の時代においてタイヤに何ができるのかを、これからのタイヤメーカーは真摯に向き合う必要があります。
2023年2月に発表した当社の新中期計画では、2025年までを既存事業の選択と集中、および成長事業の基盤づくりの期間、2026年以降は事業ポートフォリオ最適化、成長事業拡大による再成長期間と位置付けています。中でも成長戦略推進の核となるのが、あらゆる道にシンクロするゴム「アクティブトレッド」と、DWS(間接式空気圧警報装置)で培った解析技術をベースとする独自のセンサーレスのセンシング技術「センシングコア」です。
いずれも当社が2017年に発表した技術開発コンセプト「スマートタイヤコンセプト」で示されており、新たなモビリティ社会に対応する両輪の技術として開発を進めてきました。
アクティブトレッドは、路面の状況に応じてゴムの性質自体が変化する、革新的な新発明のゴムです。
タイヤにとって濡れた路面や凍った路面が滑りやすいというのは誰もが知る常識です。ところがアクティブトレッドでは、水や低温でゴムが自動的に軟らかく変化し、路面に密着することでグリップ性能が向上するため、雨の中や冬の氷上でも安心して走ることができます。
米国ではすでにオールシーズンタイヤが主流であり、欧州でも3割から4割を占めています。しかし日本ではわずか数%にすぎません。冬の長い期間、雪が大量に降る地域であれば、スタッドレスタイヤに交換するのが安全かつ合理的ですが、年に数日しか雪が降らないような地域であれば、必ずオールシーズンタイヤはお役に立てるはずだと考えています。
アクティブトレッドを初めて搭載した次世代オールシーズンタイヤは、2024年秋の発売に向けて開発の最終段階に入っていますが、世の中のタイヤの概念を大きく変えるようなインパクトになると楽しみにしています。
天気や気温の変化による様々な路面状況に応じて、最適なグリップ性能にスイッチするゴム「アクティブトレッド」。水や低温などタイヤの弱点になるような要素を、逆転の発想で味方につけてゴムの性質を変えるまさに革新的な新技術だ。今後はEVタイヤとしての活用に期待がかかる
センシングコアは、路面と接しているタイヤを通して、空気圧や荷重、路面状態、摩耗などを検知できる技術です。ベースとなっているDWSはすでに5000万台以上の採用実績があります。
センシングコアの大きな特徴として、ハードウエアを一切使わないという点が挙げられます。当技術はソフトウエアでデータ検知ができるため、ハードウエアのメンテナンスをする必要がありません。車載コンピュータにインストールすれば、車種やタイヤを問わず対応し、ソフトウエアのアップデートにより検知機能の拡張も可能です。
実はこれまでも、自動車本体から得られるデータは活用されてきましたが、自動車メーカーではタイヤを内製していないため、タイヤから得られるデータはブラックボックス状態でした。ここを当社が提供できるのは、ビジネスとして大きな可能性を秘めています。
取得したデータは、ドライバーに通知されるだけでなく、行きつけのタイヤショップやガソリンスタンドに共有することもできるため、異常検知の点で安全にも寄与します。現在、大きな問題となっているトラックの車輪脱落についても、センシングコアを活用した脱落予兆検知は有効性があると判断いただき、実装に向け提案を進めています。
センシングコアの実証実験は2022年からスタートし、空気圧検知はすでにサービス展開を開始しています。本格事業化はアクティブトレッド同様、2024年となりますが、現在はセンシングコアを核にしたビジネスの協業先を模索している状況です。
新中期計画では2025年にターニングポイントを置いていますが、核となる両技術のビジネスが2024年にスタートすることで、万全の状態で成長戦略を描けると考えています。
オープンイノベーションや地の利で研究開発が加速
新たな技術を開発し、実用化するには多くの壁があり、また時間もかかります。アクティブトレッドとセンシングコアも例外ではありませんでした。
「スマートタイヤコンセプト」を発表した2017年は、私が社長に就任する前でしたが、水や温度で性能が変わるタイヤを開発するという構想を初めて耳にしたとき、にわかに信じ難かったことを記憶しています。
また、センシングコアの原点は、私が商品開発室に所属していた35年ほど前にまでさかのぼります。当時、ソフトウエアで空気圧を検知できる技術が英国ダンロップにあると聞き、当時の技術部長と視察に行きました。それがDWSとなり、センシングコアという最新技術へと結実しました。開発当初から膨大なデータを集めてきたことで、不要なデータをリジェクトする技術が確立していることも強みとなっています。
JAPAN MOBILITY SHOW 2023にアクティブトレッドとセンシングコア、そしてサステナブルタイヤへの取り組みを出展。10月26日のプレス発表では山本社長自らがプレゼンテーションを担当
当社でこうした困難な開発を可能としている背景の一つに、部門間の壁をなくし、協力し合いながら解決に向かう土壌づくりがあります。
技術開発というのは、担当者の責任感が強ければ強いほど、「自分でやり切ろう」と考えてしまうものです。私自身も現場を経験しているので、この気持ちは理解できますし頼もしいとも思うのですが、1人でできることには限界があるのも確かです。
大きなブレークスルーには自分が持っていない知見に頼ることが成果に結びつくこともあります。実際、アクティブトレッドの開発にあたっては、タイヤにとって邪魔ものでしかない水や低温を排除するのではなく、なんとか味方につけることはできないかという逆転の発想が出発点でした。
こういうときに重要なのが、社内の仲間と協力し、知見を集めることです。困ったときには手を挙げ、柔軟な議論を通して解決策を探る。当社は2019年11月から組織体質と利益基盤の強化活動「Be the Change」プロジェクトをスタートさせましたが、これも部門間の壁を取り払ってオープンイノベーションを起こすための方策です。アクティブトレッドもセンシングコアも、部門を超えて大きなプロジェクトになったことで社内での位置づけが上がり、それが開発をさらに加速させることとなりました。
さらに、オープンイノベーションとして見落とせないのは、社内のみならず社外の協力も重要だという点です。これについては、当社が兵庫県に拠点を置く企業であることが、地の利として有利に働いています。
アクティブトレッドは、分子レベルでのゴム素材の研究が必須でした。そこで協力を頂いたのが、兵庫県 播磨科学公園都市の「SPring-8」に代表される放射光施設です。また、ゴム材料のシミュレーションにあたっては、通常のコンピュータでは解析に時間がかかりすぎることから、県内の理化学研究所が保有するスーパーコンピュータ「富岳」の産業利用枠を活用して開発を進めました。活用事例としてご紹介いただいたり、アワードをいただいたり、こうした地元機関と良い関係を築かせていただいていることが、当社の技術力にとって強い後ろ盾となっています。
安全安心や環境に加えて喜びの実現にも貢献したい
アクティブトレッドとセンシングコアは、新中期計画の中核に位置づけられているという点で、今後の展望も重要になってきます。
アクティブトレッドの次の展開として期待しているのは、EVタイヤや自動運転、カーシェアリングへの活用です。タイヤの転がり抵抗を減らせば電費性能は上がりますが、背反してグリップ性能が落ちてしまうというのが課題でした。しかし、路面に合わせてゴムが自動で性質を変えられるアクティブトレッドは、どのような環境でも同じ性能を引き出すことができ、自動運転やカーシェアリングでの安全性に大きく寄与できると期待しています。また、オールシーズン対応でタイヤの履き替えを減らすことができれば、地球環境負荷を低減し、サステナブルな社会の実現にも貢献できると自負しています。
センシングコアについては、タイヤからしか得られない情報を生かして道路管理など社会インフラの保守にも活用が可能ですし、他企業が持つアセットと連携することで、様々なソリューションサービスを創出できると考えています。2023年3月に発表した循環型ビジネス(サーキュラーエコノミー)構想「TOWANOWA(トワノワ)」でもセンシングコアは重要な位置づけとなっており、海外ベンチャーとの協業も進めています。
当社の企業理念「Our Philosophy」では、「未来をひらくイノベーションで最高の安心とヨロコビをつくる。」というパーパスを掲げています。自動車の価値やユーザーのカーライフが多様化する中、安全安心や環境だけでなく、ヨロコビの部分にもどう関わっていくのか、道路と唯一接するタイヤだからこそ、役割は重大だと感じます。
アクティブトレッドとセンシングコアは、CASEやMaaSを前提とした新しいモビリティ社会に貢献するための大きなマイルストーンです。両技術の2024年の本格事業化にご期待ください。これから進化していくEVや自動運転のニーズにしっかり応えられるよう取り組んでまいります。
住友ゴム工業株式会社
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