組織変革の要となるのは、リーダーだ。人事は、どういう人物をリーダーに選び社員にどのような成長を求めるのかの議論をリードする。その基準とプロセスが明確にされれば、組織の方向性は明らかになる。基準が定まれば人の成長の方向が決まり、人事の透明性が高まれば社内に活気が出てくる。「人起点の変革」に挑む電通グループは、「人の可能性を本気で信じ、人を育てる会社になる」というビジョンのもと、リーダーの基準を定めて透明性を高めようとしている。2023年1月にグローバルを含めたグループ全体のグローバルCHRO(最高人事責任者)に就任した谷本美穂氏に、電通グループが進める人事変革について訊いた。
聞き手 日経ビジネス発行人 松井健
谷本氏は20年以上、人事畑を歩んできた。「真面目なリーダーほど、人のことで悩んでいます。そのようなリーダーに寄り添い、社員のやる気と活力に貢献できることが、この仕事の最大の魅力です」と述べる。

(株)電通グループ グローバルCHRO
谷本 美穂 氏
谷本氏はGE(ゼネラル・エレクトリック)で18年間、採用や組織開発に関わり、「戦略人事」を実践。米国本社では、グローバルリーダーを育てる人財育成プログラムの責任者を務めた。2019年からはグーグルで人事本部長を務め、組織カルチャーを重んじるIT企業の組織開発と人財マネジメントに携わった。
そして2023年1月、電通グループに入社。主な理由は2つある。企業変革への本気度に共感したことと、電通グループが挑戦しているワングローバルマネジメントに貢献したいと考えたことだ。
谷本氏は入社したその日から、社員との対話を続けてきた。「自分で考え、主体的に動くことが電通グループの良き伝統です。優秀な人はチャレンジと成長を求めていますが、当社も例外ではありません。事業を取り巻く環境も大きな変革を迎えている今、そして電通グループ全体で更なるグローバル化へとチャレンジしようとしている今、社員自らが変革と成長の機会を求めることを促すような人事の仕組みを入れたいと感じました」(谷本氏)。
対話の中から、「人の可能性を本気で信じ、人を育てる会社になる」という新たな人事戦略を打ち立てた。管理するのではなく、社員のやる気と熱意を引き出す人事を目指す。
組織カルチャーを変革するには、まずリーダーの基準と選定プロセスを変える必要がある。社員と話す中で、従来の人事についての課題が見えてきた。
1つは「たくさん稼ぎ、長時間働いている人が昇進しやすい文化」だ。稼ぐことは重要だが、それが皆がついていきたいと思える人物なのか。中長期的な視点で事業と組織を伸ばせる人物は限られた時間を何に使い、何にフォーカスして行動しているのか。事業もチームをも成長させているリーダーなのか。これらがリーダーの基準を考える上で重要になるはずだ。
まずはリーダーが果たすべき価値を改めて明確化した。それが「dentsu Leadership Attributes」だ。「変革を起こす」「イノベーションを培う」「人と組織文化を育てる」「顧客と社会に最適なソリューションを提供する」「様々な仲間と新たな価値を生み出す」の5つを掲げる。そのうえで、社員を仕事の業績とリーダーとしての行動の体現の2つの軸で評価する。両軸を強く体現している人にはチャレンジを与え、さらなる成長を促す。

dentsu Japanの佐野CEOと一緒にタウンホールミーティングを開き、
dentsu Leadership Attributesについて社員に直接伝えた
この基準をグローバル役員評価に入れ、役員になっても絶えず成長し続けることを意識づけた。また組織全体で人財議論の時間を圧倒的に増やした。その結果のひとつとして、日本を含むグローバルで選抜した40人の次世代リーダーを東京に集め、1週間のトレーニングを実施した。「日本が先行して取り組んでいる『Integrated Growth Partner』をグローバルのメンバーにも見てもらい、多様性から学び合う交流も実現しました」(谷本氏)。
今後は選抜人財を国内外のストレッチアサインメントへ積極的に送り、キャリアの成長を加速させていく体系を入れていく。また、dentsu Leadership Attributesをマネージャーサーベイに組み込み、マネージャーが部下から自身のリーダーシップの体現についてフィードバックをもらう仕組みを入れた。「フィードバックは評価ではない、パフォーマンスの高いチームへと成長するための対話の機会です」と谷本氏は強調した。
もう1つはリーダー選定のプロセスにおける透明性と公平性の課題だ。どのようにリーダーが選定されるのかが見えていないと、過剰な憶測やウワサを呼び、リーダー職へのモチベーションも下がる。 誰もがリーダー職に挑戦したいと思えるような組織に生まれ変わるためには一体どうしたらいいのか。
「人事施策を打ち出すときに、私は社員にその目的と達成したいことを直接ストーリーで伝えるようにしています。dentsu Japanの佐野CEOと一緒にタウンホールミーティングを開き、dentsu Leadership Attributesの目指すことに加えて、どのようにエグゼクティブマネジメントメンバーたちが選ばれているのかも社員に伝えました。そうすることによって、 dentsu Leadership Attributesが確かな選抜基準であることを伝えるとともに、もっと多様な社員にリーダー職を目指してほしいと考えたからです」(谷本氏)
人財の育成と成長は、電通グループにとって重要なテーマだ。谷本氏がこだわっている点は3つある。
1つ目は「グローバルな観点からの育成」だ。電通グループは世界に約7万1000人の社員がいる。日本の売り上げは全体の約40%というグローバル企業だ。ワングローバルマネジメントを目指す以上、あらゆるリーダー職には、国籍や性別などに関係なく、最もふさわしい人物が就く仕組みが要る。そうしなければ、グローバルに勝っていくことはできない。そのうえで、日本発のグローバル企業だからこそ、より多くの人財を日本から出したいと考えている。
2つ目は「変化を推進できる人財の育成」だ。広告会社から顧客と社会の成長を統合的に支援する「真の Integrated Growth Partner」へ変革するには、サービスメニューを拡大し、データ活用やテクノロジーの変化に対応していく必要がある。社員の学びと成長は、そこでも重要になる。
3つ目は「エンゲージメント視点の成長」だ。エンゲージメントとは「この会社にもっと貢献したい」という気持ちだ。「電通にいれば、自分を高めていける」という成長実感がエンゲージメントにつながると考えている。
「人は誰でも貢献したいと思っていると信じています。そういった力を引き出すためには、それぞれの人が持つ強みが活かせるような風土をつくることが大切です。社員が自らの貢献を考え、もっと活躍したいと思える環境を整備することを目指します。そうすれば誰もが仕事が楽しく、夢中になれるのでは」(谷本氏)
「人事の醍醐味は、人のやる気に貢献すること。私は人の心が動く瞬間を見るのが好き」という谷本氏。電通グループが持つ本来の強みを何倍にも活かせる組織にしたいと語った。
谷本氏は、日本の人事界ではよく知られた有名人であり、彼女がGEやグーグルの次に電通に入ったという話は1つのニュースになった。人事からも変革を起こし、「人起点の変革」に挑む電通グループの本気度が伝わってくる。「人の可能性を本気で信じる人事」というのは、どういう姿をしているのか。誰も見たことのない景色を見せてくれることに期待している。
日経ビジネス発行人松井 健